ヒノキの棒と布の服

とめきち

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第八十五話 シュバルツバルト(参)

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 とある兵士の述懐

 俺たちは斥候としてフランクフルトに先乗りした。
 馬を並べて五人での任務だ。
 遥か昔日、立派な城塞に守られた古い都は、いまやその姿をなくしていた。
 マイン川に沿って、積み上げられた石積みも所々で崩れ、痛々しい姿になっている。
「こりゃあひどいな。」
 だれともなく口にする。
「わかっていたとはいえ、見るに忍びねえな。」
「まったくだ。」

 気心の知れている仲間は、口に蓋がない。

 固い四角い橋、帝国らしい建造物だ。
 それを渡ると、護岸沿いに石づくりの手すりが並ぶ。
 地震で崩れたがれきは、そこかしこに転がっていて、歩くのも大変だ。
「おい、なんで死体が一つもないんだ?」
「そんなことわかるもんか。」
「それを調べるのも斥候の仕事だろう。」
「そこまで斥候にわかるものかよ。」

 見回してみても、住民の死体は一つも見当たらない。
 それどころか、瓦礫すらない場所がある。
 なにやら不気味な気分だ。
 フランクフルトはどうなってしまったんだろう。
 まさかここまで、シュバルツバルトの魔物が入り込んだのだろうか?
 それなら、俺たちだけでは心もとない。


「ありゃあなんだ?」
 同僚のハウルが指をさした。
「どれだ?」
「カル、あそこだ。なにやらとがった物が見える。」
「ほう、本当だな。なんだろう?」

「いや、煙も上がっているぞ。」
 カブは鷹の目ほどではないが、視力は好い。
「みんな気を付けろ。」
「いや、難民じゃねえ?」
 カルが、肩をすくめた。
「ああ、そうか…」
 俺も、持ち上げた槍を立てた。

 それでも警戒しながら近づくと、たしかに煙が上がり、その後ろには教会があった。

 俺たちは、馬から降りてその手綱を引いて歩く。

「教会?なあ・フランクフルトにあんな教会があったか?」
「いや、初めて見る。」
 俺たちは近郊の村出身だ、ここにはモノ売りに来たりもした。
 こんなところに教会なんてなかった。

「だよなあ、俺も見たことがない建物だ。」
「ああ、むしろ王国の教会のようだ。」
 カブは、派遣で王国に行ったことがあるのだ。
「わからんな。」

 教会の周りには、人が群がっている。
「な、なんだあれは?」
 カルが指さす先には、なんと黒い帆船が立っている。
「帆船?」
「こんな内陸に?」
 疑問符ばかりが俺たちを襲う。

 それでも、近づくにつれ竃の鍋からは、好い匂いがしてくる。

「はああ?」
 全員のアゴが、がくんと落ちた。
 確かにぼろを着ているのは難民だろう。
 それが、かまどにかけられた鍋を囲んで笑っている。
 まともそうな服を着ているのは、教会のシスターだろうか?
 ふくよかな頬が優しそうだ。

「あのう…」
「あら、兵隊さん、おなか空いていませんか?」
 俺の声に、痩せたシスターが返答した。
「あ、まあ、ええ…」
「さ、お粥しかありませんが、おひとついかがですか?」
「あ、うう。」
 シスターは、素焼の器に麦粥をよそってくれた。
「さ、どうぞ。」

 麦粥には、野菜や干し肉のモドシが入っている。それだけでうまそうだ。
 カボチャの黄色もあざやかだ。
「う、うまい。」
 あ、カルの奴ちゃっかり喰ってやがる。
「ほんとうだ、うまい。」
 カブもありついたようだ。
「どれ…」
 木のスプーンですくって喰う。
「うまい…」

「お口に合えばよろしおすな。」
 金髪のシスターがほほ笑む。
 なんと言う美しい人だろう。
 輝く金髪、澄んだ碧い目。
 白と黒のローブが、豪華なドレスにも負けぬ。
「お?兵隊さんがどないしたん?」

 黒い立て襟の、軍服のような服装の若い男がやってきた。
 赤い服を着た娘を連れている。
「あ、いや、我々は帝国の兵士です。」
「おお、兵隊さんは帝国の兵士か、それで?どないしてここに?」
「はあ、災害救助に…」
「おお!それはすばらしい!みんな!帝国の兵隊さんが助けに来てくれはったぞ。」
「「「おおお~」」」

 難民がみな顔を上げた。

 その男は難民の中にあって、異質なほど整った身なりをしている。

「俺たちは、すぐに報告に戻るよ。」
 俺は、その男に声をかけた。
「おお、本隊はまだ来てないのか?」
 男は驚いた。
「ああ、向こうで待ってる。」
 本隊は、橋の向こう側に居る。
「ほな待ってるわ。」
「おう。」

 なにやら王国なまりのひどいやつだ、しゃべる言葉がほにゃほにゃしてやがる。

 俺たちは、すぐに本隊に引き返した。

「報告!」
 本隊に戻って、すぐに報告に上がった。
「どうだ?」
「は、橋の向こうは瓦礫しかありません。」
「そうか…」
「あと、なにやら立派な教会が建っております。」
「教会?」
「は、オシリス教会であります。」
「そうか。」

 きっと、小さな祠とかだと思ってるだろうな。
「あと、小規模な集落もできております。」
「わかった、難民はどうだ?」
「は、千人前後と思われます。」
「よく生きていたものだ。」
「はい。」
 小隊長は、うなずいてガイスラー将軍のテントに入って行った。
 俺たちの仕事は、これで終わった。
 あとは、部隊のケツについて行くだけだ。

 報告を受けたガイスラー将軍は、即座に立ちあがった。
「よし、全軍前進、出立する、馬引けーい。」
 従卒は一気に走りだし、将軍の馬を引きだした。
 せっかく休んでいたのに、いきなり引っ張り出されて、馬も機嫌が悪そうだ。
 ガイスラー将軍は、さっと馬にまたがると、勢いよく腕を振った。

「そういんおこーし!組ぐみ向きを変えぜんしーん!」

 将軍の声に、兵士が立ち上がり隊列を組みつつ橋を目指す。
 これで長い旅もひと段落か…
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