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第三十一話 レジオ潜入 その②
しおりを挟む俺とラルは、レジオの城門を見下ろす丘の上に来た。
なるほど、ほぼ四角く見えるレジオの街は、こぢんまりとした田舎町っぽい。
町の中央にオシリス教会の尖塔が見える。
少し北側に、丘になっていて、男爵邸がある。
そこにも、尖塔がある。
城壁の四隅には、見張り塔がある。
とんがり屋根の、かわいらしい外観だが、その実戦闘施設そのものだ。
東から西に向けてがメインストリート。
東門は、大型魔獣が壊したのか、城門がなくなっている。
瓦礫の山だ。
東地区は、多くの家が壊れ、残骸がちらばり平地のようになっている。
どれほどの魔物が入って来たのやら。
なるほど、魔物が一万匹以上と言っていたのは、あながち誇大妄想でもないな。
あのヘルム爺さん、なかなか鋭い。
さすがに、西地区の村長だけのことはある。
「にいちゃん、魔物だ。」
ラルが小声で言った。
「どこだ?」
「あそこの城門の影。」
「おお、いるいる。でかいな、オークか。」
「そうだな。」
俺の肩に置いたラルの手が、小刻みに震えている。
やはり、恐かった記憶が、体に染みついているのか?
「さて、どうするか…」
「どうするんだ?」
「お前は、この辺で待ってろ。」
「ええ?なんかきたらどうするんだよ。」
「それもそうか、ほれこいつを持ってろ。」
俺は、短刀を鞘ごと渡した。
「すげえ。」
「なくすなよ、高かったんだから。」
「うん。」
「そいつはお前にやるから、自分の身くれえ自分で守れ。」
「う・うん。」
「帰ったら、剣の扱いも教えてやる。今は、まっすぐ突き出すことだけ考えろ。」
「わかった。」
俺たちは、草原の背の高い草に紛れて、ゆっくりと城門に近づく。
街道以外はあんんまり整備されないのは、どこも同じだな。
ソンヌ川までは三百メートルほど離れている。
そこに注ぐ支流が何本か、レジオの街を流れている。
俺は、ギルドカードを出してみた。
「なんだよ?」
「ああ、けっこうカウンターが上がってる。」
「どれどれ?」
ギルドカードは魔法のカードだ、魔力を通すと討伐数が出る。
「すげえな、オークが八十匹?」
「昨日だけでな。」
「すげえ。」
「ゴブなんか、一五〇匹越えてるぞ。」
「兄ちゃんすげえなあ。」
「まあな、尊敬しろ。」
基本、魔物は本能優先の行動をする。
腹が減ったら獲物を取る。
女を見たら姦る。
眠くなったら寝る。
今は、腹がふくれて寝る時間のようだ。
起きて歩いている奴なんかは少ない。
だが、一匹でも悲鳴を上げたら、その限りではないな。
「ちょっと待てよ。」
俺は、革袋から手帳を出した。
「えっと…」
「なんだよ兄ちゃん。」
「魔法の使い方を忘れたから、見直してる。」
「はあ?覚えてねえのかよ。」
「使ったことはあるが、長く使ってねえと、忘れるじゃん。」
「信じらんねえ。」
ラルは呆れたように俺の手元を見た。
「あったあった、さすがにルイラはすげえなあ。」
「ルイラ?」
「俺の師匠さ。」
俺は、ラルに構わず、さっそく前に覚えた魔法を練り始めた。
「なにするんだ?」
「黙ってろ。」
俺の魔力が練り上がるにつれて、まわりに精霊の粒が集まってくる。
直径三センチから五センチの、まん丸な奴だ。
色とりどりの玉は、その属性によって変わるらしい。
火の属性なら赤い玉、風の属性なら白い球。
今練っているのはスリープ。
黒い精霊がほとんどだ。
でも、俺の魔力に魅かれて、ほかの精霊もやってくる。
「うわ、なんだこれ。」
「恐がるな、ただの精霊だ。」
「こ、これが精霊?」
「行け。」
俺の低い声に乗って、スリープの魔法がレジオに迫る。
「アンチョコねえと、ホンマに役に立たねえな。」
「兄ちゃんカッコ悪い。」
「ホットケ。」
城門を中心に、黒い精霊が走り、飛び、その場にたむろする魔物たちにまとわりついて行く。
「これが精霊魔法だ。」
「すげえ。」
城門に忍び寄って、中をのぞくと酔っ払いの集団のように、死屍累々と言った感じで魔物が寝転がっている。
「うひひ、いい感じだ。」
「それで?どうするんだ?」
「ああ、見てろ。」
ちゅいん
俺の右手の人差指から、あの極悪な赤い線が延びる。
訓練で、五メートル以上伸びるようになったんだぜ。
その赤いレーザーで、魔物の首を一気に刈る。
「うげ…」
ラルがうめく。
魔物は、自分の命がなくなったことにも気付かないうちに、ころりと首が離れた。
「この手でいくしかねえな。」
刃物は、物音がして危険だ。
スリープにかかっているとはいえ、大きな音には起きるかもしれない。
(実を言うと、ユフラテのスリープはかなり強いので、簡単には起きません。)
「ラル、片っぱしからこの袋に詰めろ。」
「え~?」
「がたがたぬかすな、着いてきたならそれくれいやれ。」
「へ~い。」
ラルに魔法の革袋を持たせ、片っぱしから収納する。
ちょんと切る、革袋に詰める。
この繰り返しで、一〇〇〇匹くらいのゴブリンを収納した。
「うへえ、兄ちゃんよく気持ち悪くねえなあ。」
「気持ち悪いよ。でもまあ、それも慣れだ。」
「うへえ。」
意外とばらけて居るのは、やはり西門から避難民を追いかけて出たからかもしれん。
一〇〇匹ごとに固まっているカンジだが、とにかくゴブが多い。
「一度、城壁に上がるぞ。」
「うん。」
城壁の上にも、ゴブやオークがごろごろ寝ていた。
「ちくしょう、意外と居やがるな。」
「やるのか?」
「おうともさ。」
城壁の上だけでも、五〇〇匹は寝ている。
「兄ちゃん、入らねえ。」
ラルが、こっちを見て言う。
「ああ、満杯になったか。じゃあこれに交換だ。」
もう一枚の革袋を出す。
「兄ちゃん金持ちだな~。」
「ふふふ、まあな。」
俺は、満杯になった革袋を、鞄にしまった。
西川きよし師匠ではないが、小さなことからコツコツと~と言うやつだ。
「千里の道も一歩からってやつだ。」
「なんだそりゃ。」
「一匹ずつ、コツコツやるのが重要なのだ。」
「なんかよくわからん。」
ちゅいんちゅいん
ちゅいんちゅいん
まとめて首を切る。
四隅の見張り塔から見ると、丘の周りにオークが集中しているようだ。
「兄ちゃん、あれなんだろう?」
「男爵の館の庭か。どうやら…人間のようだな。」
中庭には、人間の山ができていた。
それを引っ張り出して、オークが齧っている。
「ちくしょう…」
「にいちゃん、やっちまおうぜ。」
「ああ、許せんな。」
俺は、男爵邸の中庭を睨みつけた。
町の真ん中に向けて、さっきより濃いスリープをまき散らす。
「こう、が~っと一気に殲滅できるような魔法はないものかなあ?」
アンチョコをペラペラとめくる。
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