ヒノキの棒と布の服

とめきち

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第十六話 帰路②

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 夜明け前、空は星とオレンジの地平と.

  草いきれの中それは聞こえてきた。

「ヤベえ!ユフラテを起こせミシェル!」
 見張り当番のマルソーの声だ。
「はい!し、師匠!たいへんです。」
「どうした、大声で話すんじゃない。魔物か?」
 俺は、声を潜めてミシェルを叱った。
「はい、まだこっちに気づいてないと思いますが、大きな足音がします。」

 どすんどすんと、無遠慮な足音が響き渡っている。
「なんだこのでかい足音は?」
「マルソーさんは、トロールじゃないかと言ってます。」
「トロールか…緑色のカバじゃないんだな…」

 いかん、まだ寝ぼけているのか。
 岸田今日子さんの声が聞こえる。

「みんなを、そっと起こせ。大声は出すな、出させるな。」
「了解」
 ミシェルがみんなをおこしに言っている間に、サーチをかける。
「なるほど、かなりでかいな、三メートルはゆうにある。」
「そんなにか。」
「マルソー、槍は持ってるな。」
「もちろんだ。」

「こいつは、小僧どもには荷が勝ちすぎる。一気にやらないと、こっちがヤバい。」
「ジャックは?」
「後方支援、レミーと子供たちを守らせる。下手したらお供がいるかもしれん。」
「ゴブリンか。」
 俺は無言でうなずいた。

「いいか、俺があいつの足を止める。できる限り踏み込んで、一気に喉に突き立てろ。」
「わ・わかった。」
「合図は俺が出す、今度ばっかりは無傷でいけるかどうかは運しだいと思え。」
「ぐ…」
 マルソーの顔色が一気に青くなる。

「俺も、無傷とはいえないかもな。まあいい。」
「ユフラテ。」
 ジャックが来た。
「ジャック、お前は後方の警戒だ。レミーと一緒に、ガキどもの世話を頼む。マソプもいるしな。」
「おれなら大丈夫だ、槍も使える。」
 マソプが袋から組み立て式の槍を取り出している。
 薄暗い中で、みんな緊張している。

「幸い、こちらは風下だ、においは届かない。」
 話している間にも、どん!どん!と言うクソ重たそうな音が近寄ってくる。
「マソプ、後ろからお客さんが繰るかもしれん、頼めるか?」
「任せておけ。」

 俺は、ジャックとレミーにうなずいた。
 二人も、槍をぎゅっと握り締める。
「ミシェル、マレーネだけは死んでも守れ。」
「ががが、がってんだぃ。」

「よし、いい子だ。」
 俺は、背中のブロードソードをすらりと抜いた。
 チグリスが鍛えに鍛えた逸品だ。
 昼間に見ると、波紋が散って吸い込まれるように蒼い。

 盗賊が持っていた剣を鋳潰して、鍛えなおしてもらった。
 さすがに、金貨一枚払ったわ。
 それだけの価値はある。
「トロールなんかに初陣では、ちともったいないがな。」

「す、すげえ剣だ。」
 マルソーがごくりと喉を鳴らした。
 暗闇の木々の間をするすると進む。
 デカブツは、目の前にある木を、無造作にヘチ折りながら進んでいるようだ。
 時折めきめきと言う、いやな音が聞こえてくる。

 出た、安彦先生の描くような、単眼のバケモノだ。

 腕が六本もある。
 ドズル=ザビのような厳つい顔に、単眼がぎらりと光る。
「でかい目だな…そうか!」
 俺は、トロールの前に飛び出すと、魔力を練る。
「いくぞ~!マルソー、目をつぶれ!ライト!」

 強力に魔力をこめたライトは、トロールの目の前で一メートルもある光り玉になった。
「ごわ~!!!」
 いきなりの巨大な光り玉に、トロールの目が焼ける。
「いくぞ!」
 俺は、トロールの後ろに回りこんで、左のアキレス腱に、一気に剣を振るった。

 ざくり!
「切れた!」
 すぐに後ろに下がる。
 いま俺のいた辺りに、トロールの二メートルはありそうな棍棒が振り落とされる。

 しかし、だれもいない。

 棍棒は、むなしく地面をえぐった。
 やがて、ささえがなくなり、トロールは膝を突く。
 俺は、念のためもう一方のアキレス腱にも剣を叩き付けた。
「ごーわあああああああああ!」
 ひひひ、ざまあみろ。

 トロールの両膝が地面についた。

「いまだ!マルソー!」
「おう!」
 だだだと走りこんで、マルソーの槍があごの下から鼻に抜けて差し込まれた。
「ごおおおお!」
 痛いだろうな、今、楽にしてやる。
 棍棒を振ろうとしても、肘に切れ込みを入れられて、手が挙がらない。
 俺は、かなりあちこちきって後、延髄に剣を差し込んだ。
「!」
 もう、悲鳴を上げることもできず、トロールは沈黙した。

「こ・こえ~!」

 心からの叫びだ。

「えあはんまー!」
 パーン!
 マレーネのエアハンマーが炸裂した。

「来た!ゴブリンだ!」
 ミシェル大声出すな。

「おし!みんな対閃光防御!」
 言いざまに、後ろに向けて光り球を放り出す。
 ぱーっと光って消える。
 まともに見たゴブリンは、動きを止める。

「いまだ!切り裂け!」
「「「「おう」」」」
 二〇匹あまりのゴブリンは、ことごとくクビを切られて沈黙する。
 俺は、ブロードソードを鞘に納め、着火の魔法をおこす。

 ちゅいん!ちゅいん!
 小さな音がするたびに、ゴブリンの首が、手足が、胴体から離れていく。
「エゲツな~!」
 ジャックが悲鳴を上げる。

「数が多いんだ!手加減無用!」
「おうさ!せい!せい!」
「やああ!」
「とう!」
 ギルドの精鋭になってきたジャックやレミーは、数いるゴブリンを物ともせず、日が昇るころには殲滅した。

「ふう、マソプ、大丈夫のようだな。」
「おう、うまくやったな。」
「ああ、おかげさまで。」
 みんなでゴブリンの討伐証明部位、右耳を切り取って集めた。
 俺は、草を編んで、大き目のかごを作ってそこに入れた。

「器用なヤツだ。」
 だれだよ?
 右耳は二十二枚あった。
「穴掘るか…」
 面倒くさいので、近くに穴を掘ってゴブリンを放り込む。

「着火。」
 着火の魔法を開放して、二メートルの火炎を出すと、あまりいい匂いでないが燃えていく。
「全部放り込んでくれ。」
 ジャックとマルソーが、ゴブリンを引きずってきて穴に入れる。
 俺は、次々に焼いていく。
 全部片付いた頃には、すっかり日が昇っていた。

「さすがにこのままじゃ、馬車に乗らないな。」
 俺は、改めてトロールの大きさにあきれた。
 マルソーが、寄ってきた。
「足、ぶった切ろうぜ、そうすりゃ乗るし。」
「そうか?」
「ああ、トロールの皮は、防具の材料になるから高いしな。」
「わかった、さっそくやろう。」
 トロールの足をはずして、馬車に乗せる。
 言うのは簡単だが、くそおもてえ。
 三メートルのトロールの足は、一本一〇〇キロくらいあるんだよ!
 当然胴体は二〇〇キロくらいあるし。

 みんなで苦労して載せたさ。
 まあ、なんとか半日持てば、マゼランの城門だ。
 俺たちは、必死になって馬車を後ろから押して、帰路を急いだ。
 ロバだけじゃ、とても前に進まなかったんだ。

 なんせ、街道とはいえこんな城壁に近くなってからトロールが出るなんておかしい。
 どうなってるんだ?
 こんな魔物は、森の中に居るもんだろうが。
 マソプも頭をひねってる。
 とにかく、まだ何か出たらいやだから、急いで戻ったのだ。

 城門ではひと騒動起こった。

 兵士だけでなく、旅の行商人なども見に来て、さかんに値踏みしている。
 キン●マだけでも、金貨一枚半はするんだってさ!
 しかも、成体になって十年ほども経っているやつで、かなり上モノらしい。
 そのうえ、傷が極端に少ない。
 ギルドも、高く買ってくれるだろう。
 今回のお出かけは、大成功に終わったようだ。


 城門にはチコが見に来ていた。
 人ごみの間を、ぴょんぴょんはねてこっちを確認している。

「ユフラテ!おかえり!」
 チコが俺の首に飛びついてきた。
「おお!ただいまチコ!」
「よかったよ~、今日来なかったらどうしようかと思った!」
「おまえ、チコか、大きくなったな。」
「マソプのおじさん!」
 マソプは、チコの頭をなぜた。

 改めて、荷台に乗る単眼のトロールを見て、チコは仰天した。

「なななな!」
「でかいだろう?」
「すっごいね!」
「今朝、襲ってきたから、返り討ちにしてやった。」
「すげえぞユフラテは、見事にトロールの足首切っちまった。」
 マルソーが、うんうんとうなずきながら、チコに説明する。

 チコも馬車に寄り添って、一緒にギルドに向かった。
「マソプ、どうする?直接職人街に行くか?」
「そうだな、チコ、冒険者ギルドでは時間もかかるだろう、一緒に行こう。」
「はい、マソプのおじさん。ユフラテ、また後でね。」
「おう、楽しみにしてな。マソプ、また後で。」
 二人は手を振って路地を曲がっていった。

 巨大なトロールは、メインストリートでも目を引いて、次々にマゼランの街の衆が集まって見にくる。

「なんだかみんな物見高いって言うか、野次馬だなあ。」
 俺がぼやくと、マルソーも苦笑いする。
「まあな、トロールなんて、一年ぶりくらいの獲物だぜ、めったにお目にかかれないシロモノなんだから、見に来るのはあたりまえだ。」
「へえ~、そうなんだ。」
「しかも、こいつは極端に傷が少ない。」
「ああ、そうだな。」
「だから、いくらになるかわからんくらいいいものなんだ。」

「へ~、そらけっこう。」
 うわさを聞きつけたのか、ギルドの前には冒険者が集まっている。

 マリエとマルコが先頭に居た。
「ユフラテ!よくやったな。」
「ユフラテ、おめでとう。」
「なんだよ、みんなガン首並べて。」
「だって、ぴったり一年ぶりなんだよ、トロールなんて。」

「へえ、そうなんだ。あ、どさくさでなくなるといけないから、手下のゴブリンはこっちね。」
「まあ!こんなにいたの?」
「ああ、二十二匹いた。」
「それだけでもすごいわね。マルコさん、やっぱり昇進の手続きを早めないと。」
「そうだな、ユフラテ馬車は倉庫に付けてくれ。」
「あいよ。」

 マレーネは、巧みにロバを誘導した。
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