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お酒は生涯の友達です(バイ:ドワーフ族)
しおりを挟む朝チュンで目が覚めると言う、すっげえスローライフな朝を迎え、俺の目は天井を見た。
「見知らぬ天井だ…」
いっぺんやってみたかったんだよ!
見知らぬもなにも、ほかの天井なんか覚えていない。
記憶が阻害されている感じで、思い出そうとしても無理なようだ。
どっかの植木屋のおっさんじゃないが、「忘れようとしても思い出せないのだ~!」である。
自然と戻ってくる記憶もあることだし、時間をかけて断片を拾おうと思う。
なにかきっかけがあるたびに、少しずつ思い出している。
それまでは、忘れ病のユフラテで過ごすしかない。
「ユフラテー、起きたー?」
ドアを開けて覗き込むチコに、半身をおこして返事を返した。
「起きてる、よく寝たわー。」
「おう?それはよかった。あさごはん食べるでしょ。」
「ああうん、起きるよ。」
俺は、せまいベッドから起き上がった。」
ドワーフは全体的に背が低いので、天井も二メートルくらいしかない。
ベッドも高さが三〇センチぐらいしかないので、普通のベッドマットレスの高さぐらいしかない。
簡素な木のベッドに、藁を詰め込んでシーツで押さえている。
都会人から見たら、うらやましくなるようなものだろう。
草のにおいがする。
思わずおんじを探してしまいそうだ。
とりあえず、立ってあくびとともに伸びをすると、手が天井に閊える。
「いてえ。」
「あらまあ。」
ちんまいチコは、くすくす笑いながらひっこんだ。
「ちぇ、しょうがないな。」
俺は、きのうの服のままだ。ブルーのシャツ、半そでダンガリー、普通の黒いズボンに革の短靴。
黒い上着は脱いでベッドにかけてある。
貧乏くさいのはしょうがない。
職人街にも風呂はないから、なんかさっぱりしないな。
上着はそのままにして、部屋を出た。
出たところに、四角いテーブルとイスが四客。
ベンチが一個。
チグリスはいない。
「とうちゃんは?」
「もう鍛冶場に行ったよ。ドワーフは朝が早いんだ。」
すでに日は高くなりつつあるようだ。
「あれだけ呑んでか?さすがドワーフ。」
あいかわらずチコは、楽しそうに笑っている。
今日は赤いシャツにジャンパースカートで、白い前掛けをしている。
朝食は、黒パンにヤギのミルクにチーズ、わお、アルプスの少女だ!
いいな~、チーズがあるだけで、食卓が豪華になる。
「お、なんかうまい。」
「お茶は?」
「もらうよ、とうちゃんは今日はなにやるって?」
「昨日の続きらしいわよ、難しい顔してたわ。」
「じゃあ、手伝いしてこよう。」
なんだかなー、チコの声が『杉山佳寿子さん』のお声に聞こえてくるよ。
かんこんかんこんと槌音が響いてくる鍛冶場で、チグリスが金づちをふるっている。
俺が声をかけると、チグリスは顔をあげた。
「鍋はこんなもんでどうだ?」
銅のきれいな色の乗った、美しい鍋。
ふたの部分はうまくひっかけるように固定されて、楽のみのように口が伸びている。
「すごいよ、あの図面でここまできれいに作れるなんて。」
「おう、これが受けだ。」
銅のコップのようなものができた。
「これだけ管が長ければ、水で冷やさなくてもいけそうだね。」
「そうか?作りにくいから長くなっちまった。」
「いや、かえってうれしいよ。これでいこう。」
俺は、昨日の酒の残りを運んできた。鍋のほうを洗って、酒を注ぐ。
約一リットルくらいは入るか。
蒸留するとどれだけ減るのかな?
チグリスも興味津々で覗き込んでいる。
作業台に乗せた鍋の下には、火のついた炭を小さなフライパンのようなものに入れて差し込んだ。
やがてこぽこぽと鍋はささやくような音を立てる。
「おっと、温度が上がりすぎだな。」
俺は火を小さくした。
「熱いとだめなのか?」
「ああ、温度が上がりすぎると、水まで蒸気になって上がってしまう。そしたら、元の木阿弥だ。」
「もとのもくあみ?」
「ああ…うちの国の言葉で、だめだってことさ。」
なんでこんなこと知ってるんだろうな?
「ふむ、そうか…水の湯気が上がると、薄くなってしまうのか?」
「よくわかったな、そのとおりだ。だから、酒精が湯気になる温度ぎりぎりがいいんだ。」
「むずかしいもんだな。」
「こればっかりは、やってみないとわからんからな。」
やがて、下を向いた管の先からぽつりぽつりとしずくが落ち始める。
「ほう、出てきたな。あち!」
しずくに指をつっこんだチグリスが、悲鳴を上げる。
「当たり前だろう、相手は湯気だぞ。」
「まったくだ、むっちゃ熱かった!」
といいながら指を口にくわえると、にまりと笑った。
「おい、いいじゃねえか!かなり濃いぞこれ。」
うれしそうにカップを覗き込む。
「おいおい、あんま顔を出すと、また熱いぞ。」
「おう、そうだった。」
火加減が微妙で、なかなか作業が進まないが、チグリスの作った蒸留器は、かなり精度が高いらしく蒸気漏れも少ない。
手作りなんだから、多少のもれはしょうがないさ。精密機械ってわけじゃあないしな。
それよりも、手曲げでここまでできるチグリスの技術のほうが、何倍もすごいことだと気が付く。
俺は小さい桶を持ってきて、受けの側の器を桶に入れて水を張った。
「こうすれば早く冷えるだろう。」
「なるほど。」
チグリスが、納得したようにうなずいた。
もちろん、目は受けの器に釘付けだ。わくわくしているのが、その肩の揺れ方からよくわかる。
こう期待されると、失敗できない。
俺は、鍋の奏でる音に集中して、ひと時も聞き漏らすまいと、耳を澄ませた。
受けの器に三〇〇ミリリットルくらいたまるまでに、なんだかんだで一時間を要した。
「うわ~、すっげえ手間だったなあ。」
気が付けば時刻は十時半。
「なんか小腹がへったわ~。」
「そうだな、それよりそれでできあがりなのか?」
「うん、どうだろう?チグリス、試してみてよ。」
器の中身をコップに移して、チグリスに見せた。
中には、ほとんど透明な、何とも言えないシロモノが入っている。
「よし!」
チグリスは、ぐっとコップをあけた。
「んま!」
チグリスの細い目が、かっと開いた。
「なんだかわからんが、ブドウの味はせん。しかし、この酒精はどうだ!これは、百年寝かせた酒のようだ!」
「じゃあ、成功だな。こいつをたくさん作って、松の樽に詰めて寝かせると、いい酒になるんだ。」
「何年くらいだ?」
「最低五年!でも、すぐ飲みたい奴は、果汁をしぼったりして、味を調えるんだ。」
「なるほどなー、ドワーフならこの酒ヒトタルに金貨一枚つけるぞ。」
「そんなに気に入ったかい?」
「ああ!酒がなくなったな、もっと買い込んでこよう。」
「そうだな、せめてあと五樽ほしいな。」
「五樽か…」
俺が言うと、チグリスは腕を組んで下を向いた。
なるほど、そこまで金の余裕はないか。
「ああ、昨日の稼ぎで余裕がある、俺が買ってくるよ。」
「いいのか?」
チグリスの顔がぱっと明るくなる。
「あったりまえだ、チコ!」
「はーい。」
「これ呑んでみてくれ。」
チグリスの手からコップを受けて、チコに渡す。
「これ?」
軽くコップをかたげてみる。
「あら!」
「うまいか?」
「うまいかって聞かれると、あんまり味はないよ。ただ酒精がきついので、のどがうれしい。」
「なるほど、これをたくさん作ろうと思うんだが、どう思う?」
「う~ん、こんな味のないの、つまんなくない?」
「酸っぱい果物の汁とかを入れてみたらどうだ?」
「ああ、それならおいしいかも。」
「よし、チコ、馬車を出してくれ、酒を買いに行ってこよう。」
「あいよっ!」
チコは勢いよく外に駆け出して行った。
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