ヒノキの棒と布の服

とめきち

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サラリーマンは生き残れるか?その参

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 どうもその気候は、俺の感覚と合っているようだ。


「あ!ウサギだ!」
「なに!」
 畑の間を縫って、肉食ウサギがこちらに向けて走ってくるのが見えた。
「くそう、後をついてきたのか。」
「チグリスさん、まかせて。」
 俺は、毛皮を地面に落として、棍棒を正眼に構えた。
 さっきは動転していたから早く見えたが、落ち着いてみればたいしたことはない、師範のほうが数倍早い。
「ちぇええええ!」
 待ち構えて、思い切りメンを打ち込む。
「めえええええんんん!」
 ぼこっとアタマが変形して、ウサギは血反吐を吐いて昏倒した。

「な、なんというキレだ。おまえ、すごいなあ。」
「いやいや、相手が弱すぎるだけですよ~、ほら、一撃ですし、レベルが低いんじゃないですか?」
「そんなこたねえよ、こいつは油断すると成人の男でも喰われることがあるんだぞ、それを棍棒の一撃でアタマ割るなんて、ふつうはできねえって。」
 俺は首をひねって考える、が、どうせ知らずにやっていることだし、断片で判断しているにすぎない。
「ま、いいでしょう。お土産が増えました。」
 俺は、ウサギをかついで、町に向かった。
 町は高さ五メートルくらいの石壁に囲まれた二〇平方キロ程度の規模の町だった。

 城門はけっこう大きい。
 高さが一〇メートルくらいの石造りで、大きな馬車でも悠々とおれる。
 城門の内側に向けて、鉄の門扉が持ち上がっていて、有事にはこれが降りるんだろう。
 両脇に窓口があって、門番が立つようになっている。
 カウンターに二人立っている。
 門番は前後に二人、出入りのチェックは特に厳しいこともない。
「チグリス、早いな。」
「ああ、こいつとウサギ取りに行ってきたからな。」
「なんだ見たことないな。」
「ああ、俺の知り合いの息子で、ユフラテって言うんだ、こんど田舎から出てきたのさ。」
「よろしくお願いします。」
「ああ、よろしくな、ウサギが取れたのか。」
「ええ、自分から向かってくるのでありがたいですね。」
「あ?ありがたい…だって人食いだっているウサギだぜ、草食だったらまだしも、そいつは肉食…」
「こいつは、剣士だからな、ウサギごときにゃ遅れはとらんさ。」
 チグリスは俺の肩を叩きながら、兵士に笑って見せた。 

 門を抜けると一本道がずっと奥まで続いている。

 正面には大きな石の洋館。
 聞いたら領主の殿様の館だそうだ。
 さすがにメインストリートは石畳で敷き詰められていて、その両脇は商店がずらりと並ぶ。
「なるほど、賑わっているんだな。」
「ああ、周辺の小さい村なんかからも、市場に売りに来るしな。」
「へえ~。」
「職人街はこっちだ。」
 メインストリートから左に折れると、塀の外周に沿って煙の上がっている家が並んでいる。
「この辺が鍛冶屋のギルドが固まっているところだ。」
「なるほど。」
 そこそこいい家が並んでいる。

 つたないながらも、石垣がきれいに組まれて、庭には木が植えられている。
 刈り込まれた生垣なども張り巡らし、生活の基盤が高いことを示している。
 土の道の両脇に、広い庭があって、その奥に工房兼住家が立っているのだ。

 なにやら小さなガキどもが、棒を振り回しながら広場を駆けまわっている。
「ここが俺の家だ、まあ入れ。」
 広場に面した一角に、チグリスの家があった。
「いいのかい?こんな得体のしれない忘れ病を。」
「ばかだな、その気がなきゃ森の段階で捨ててる。」
「それもそうか。」
「おい、帰ったぞ。」
「おかえりーとうちゃん!」
 中から、チグリスよりもまだ小さい女の子が出てきた。

 家自体は、かなり大きい。それもそのはず、鍛冶場も中にあって、職場と住居が一体化しているのだ。
 裏にはロバと荷車がある。
 女の子は、生成りっぽいシャツに茶系統の上着、膝丈の半ズボン、自宅だからか足は素足でサンダルだ。
 親父譲りの赤毛を、両脇で三つ編みにしてたらしている。
 丸い顔は、人懐こくてかわいい。愛嬌のある、人好きのする顔だ。

 親父に似なくてよかったな。
「おまえいま、失礼なことかんがえただろう。」
「いやいや、そんなことは…」
「まあいい、チコ、客だ。こいつはユフラテって言うんだ。」
「…どうも。」
 俺のいいかげんなあいさつに、にこにこして答える。
「あ・はいチコです。いらっしゃい。」
「ほら、土産だ。こいつが獲ったウサギの肉だ。」
「あらまあ、ありがとう。今夜はシチューにしようか?」
「そうだな、ユフラテ、そこに座れ。」
 チグリスが示したのは、背もたれのないイス。でも、なんか背が小さい。座ってみると、足が余る。
「ありゃ?小さいな。」
 身長一七二センチの俺には若干小さい。テーブルも低い。
「まあ、イスなんて座れればいいさ。」

 チグリスは、鷹揚にうなずいて向かいのいすに座った。
「そうだな、酒でも飲むか。」
「さけ?俺は…」
 俺の逡巡をどう思ったのか、チグリスは続けた。
「ああ?おまえんとこはどうだか知らんが、この国では一五過ぎれば成人だ、酒ぐらい飲んでもだれも文句は言わんよ。」
 チグリスはがっはっはと笑った。
「ましてや、ウチはドワーフの家だぞ。ドワーフは八歳から酒を飲むもんだ。」
「へ~、そうなんだ。」
「おう、酒はじめって言ってな、八歳の正月から酒を飲んでもいいって、昔からのしきたりだ。」
「へ~、ドワーフって自由だなあ。」
「自由?それがなんだか知らんが、そういうしきたりなんだからシキタリに従うのがドワーフだ。」
「なるほど。」

 そう言っている間に、チコは酒の入った大きいジョッキを持ってきた。木でできた、中ジョッキくらいの代物だ。
「三つ?」
「チコは十二だと言ったろう?呑んでもいい年だ。」
「そうか…」
 小学生低学年にしか見えないチコが、中ジョッキをチグリスと俺に渡して、自分も持ち上げた。
「じゃあ、ユフラテの来訪を祝してカンパイ。」
 チコも軽くジョッキを持ち上げてカンパイする。
 中身は、薄いワインのような味がする。うちで呑んだやつよりかなり水っぽい。
「ふむ、去年は雨が多かったせいか、酒が水っぽいな。」
「ああ、やっぱりそうなんだ。」

「酒精が少なくて水みたいだ。」
 チグリスは、残念そうな顔でジョッキを見つめた。
「ふうん、蒸留すれば濃くなるのにな。」
「じょうりゅう?」
「ああ、酒は蒸留するとむちゃくちゃ濃くなるんだよ。」
「へえ、その蒸留ってどうするんだ?」
「えっと、下から火であぶって、出てきた湯気を集めると、酒精のほうが水より早く湯気になるから、水が置いてきぼりになるんだ。」
「へえ!そりゃすげえ!いっちょこいつをやってくれよ。薄くってものたりねーんだよ。」
「いいのか?失敗すると損だぞ。」
「しっぱいするのか?」
「わからん、なにせ道具をこれから作らなきゃならんからな。」
「作るのか?」

「そうだ、チグリスは鍋が作れるか?」
「か?とか、だろうってのは、人を疑ってる言葉だぞ。作れるに決まってる、俺はドワーフの鍛冶屋だぜ。」
「そうか、じゃあ…」
 俺は、蒸留装置の概略図を地面に木の枝で描いた。
「ほえ~、なかなか難しいものを描くじゃねえか。」
「この細い管の部分が大事なんだ、湯気を運んで冷やすと、こっちの口からしずくが出てくる。それを器で受けると濃い酒になってると言うわけだ。」
「するってえと、ここに水を入れるのか?」
「そうだ、できるだけ冷やしたい。」
「ふうん、鍋の蓋はしっかり閉じないと湯気が逃げるな。」
「そうだな、なに、重りでも乗せれば逃げるのを止められるんじゃないか?蓋を木にしても使えるけどな。」
「うーん、まあだいたいわかった、やってみよう。」

「蓋から管にかけては、ものすごく薄いのがいいな。」
「そうか、じゃあ柔らかい銅のほうがいいかもしれんな。」
 チグリスは、鍛冶場に入ってふいごを操作し始めた。
 それを見ていて、俺はすることがないことに気が付いた。
「なあチコちゃん、このウサギを売りたいんだが、どこに行けば売れるかな?」
 俺は、ウサギを持ち上げて、チコに聞いた。
「ウサギですか?冒険者ギルドか商業者ギルドで買い取ってくれますけど。」
「へえ~、ギルドなんてあるんだ。」
「この町は、交易路の真ん中にありますからね、わりとそういうのはそろっているんですよ。」
「よし、じゃあ冒険者ギルドに行ってみよう。ウサギ、もったいないもんな。」
「じゃあ案内します、ここからだと分かりにくいかもしれないので。」
「いいのかい?」
「ええ、いいですよ。」
 チコはにこりと笑うと、三つ編みを揺らしながら、玄関を出た。

 土の道と言うとなんだが、両脇には木が植えてあって、その向こうに家が建つと言う木陰が涼しいいい感じの道だ。
 意外と広々とした感じで、街路樹の向こうに前庭があって、その奥が住居と言うビバリーヒルズのようなしつらえ。
「職人街は、わりと優遇されているんです、生活にかかせない地域ですから。」
 だから大きい道は石畳で舗装されているのか。
「ふうん、じゃあ商人たちは?」
「ご主人なんかは大きな家に住んでいますよ、使用人は集合住宅か小さな家が集まった居住区ですね。六割はそんな感じですよ。」
「なるほど、ここの町長さんは?」
「町長?地区ごとに責任者はいます。大きな屋形は、ご領主様ですね。王国のご領主さまは伯爵さまで、マゼラン様と言います。この町の一等真ん中にすごい大きなお屋敷を持っていますよ。」
「ふうん、石畳が敷いてあって、立派な道だよね。」
「あそこの真ん中を通っていいのはご領主様か、王様だけですね。みんな端っこを歩きます。荷馬車もそんな感じです。」

「ふうん、さすがに差し渡し三〇メートルはあるもんな、それでも余裕か。」
「よゆうですねえ。」
 冒険者ギルドはそのメインストリートをはさんだ向かい側にあった。
 昼間だからか、あまり人の出入りは見られない。
 一階は石造りで、二階は木造だ。
 結構大きいぞ。
 その他の商店にはいろいろな人が出入りして、かなり商業的に発達した様子が見て取れる。
「この向こうの広場には、毎日市が立ちます。ほとんど昼ごろには売れてしまうので、遅くまでやっているのは立ち食いの屋台ばかりですね。」
「なるほど、煙が見える。」
「ええ、ケバブーとか、焼き鳥とかおいしいですよ。」
「へ~、金ができたら食べてみたいな。」
「そうですね、あとでのぞいてみましょう。」
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