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色街の聖女×少年吸血鬼

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 一緒に暮らして、一緒にご飯を食べて。時折、吸血をさせてあげて、その流れで彼を快楽でどろどろに溶かして。

 そんな日々は、あっという間に過ぎて行ってしまった。こんなにも一年という時間が早く感じたのは、今が初めてかもしれない。

 ライールの目的であるゴルトアウルム号が夜灯の国にやってきたのは、つい、半月ほど前のこと。名残惜しくはあったけれど、わたしはライールを見送った。
 彼は本来、ゴルトアウルム号の為に、ここに滞在していたのであって、他の観光客のように性欲を満たす為にここにいたわけじゃない。

 だから、わたしも彼を見送ったし、ライールもまた、本来の目的を果たすため、夜灯の国を後にした。

 いつかまた来ると約束して別れたから、永遠の別れじゃない。

 それは分かっているけれど、この一年近く、すごく充実していたから、今、一人になってしまったのがものすごくさみしい。

 それに――約一年を『あっという間』なんて言った彼のことだ。次、この国に来てくれるのが、十年後とか、もっと先のことだったらどうしよう。……流石に、わたしが生きている間には来てくれるとは思いたいけど……。たった半月ですでにこんなにも会いたいのだから、そんなに長い間、待っていられない。かといって、今更、他の誰かをライールの代わりにすることも、考えられないけど。

 夜灯の国には、男娼や陰間が、男性向け、女性向け、両方に存在している。癒しの巡回は決められた順番で回らないといけないから、聖女として勝手に店を訪れることはできないが、客としてなら別。他の人と比べて、多少制限はあるものの、決められた範囲内なら自由に客として遊んでもいい。

 でも、そんなの、駄目だ。だって、ライールは、性欲を満たすためだけの相手じゃないから。

 ライールの作ったご飯が食べたいし、作った料理を自慢げに説明する彼の笑顔が見たい。二人で寝ると寝台が狭くなってしまうけど、同時に、温かくなるのだ。

 彼の代わりなんて、探したってどこにもいない。

 ――一人は、さみしい。

「はぁ……」

 わたしは深いため息を吐く。
 寒さで白くなった息を見て、ライールがここに留まっていた間には、雪が降らなかったな、と、そんなことを思った。今、ライールがいたら、一緒に雪遊びするのに。

 今頃、ゴルトアウルム号で知り合いに再会して、そのまま賭け事でもしてるのかな、なんて思いながら、わたしは今日も帰路につく。まあ、賭け事に興じるライールが想像つかないんだけど。ゴルトアウルム号と言えば賭博だから、ついそう思ってしまっただけだけど、夜灯の国並みに、いや、それ以上にライールには合わなそう。
 彼のことだから、すぐに顔にでてカモにされていそうだ。

 誰かに勧められて始めたものの、全然勝てなくて、半泣きになりながら賭け事をしているライールの方は簡単に想像できてしまって、くすっと笑ってしまった。――その直後に、どうしようもないさみしさがこみあげてきて、笑い声は溜息に変わってしまったけれど。

 まあでも、ライールが騙されないように性的なものから遠ざけようとしていたダリルさんとやらがいる場所だ。賭け事なんて、させないか。

 土産話を期待してるね、と送り出したけど、そんなこと、どうでもいいから帰ってきてほしい、と思うくらいには、ライールが恋しい。
 外の世界にずっと憧れていたけれど――わたしの世界にライールがいてくれたら、その気持ちさえ、忘れて、満足できそうなほど、ライールへの感情が募っていく。

「ただいまー」

 半月前から、変わらず、ずっと言い続けている言葉。言えば、ひょっこりとライールが顔を出して、「今日のご飯はここの国にした!」なんて、浅鍋片手に現れそうな気がして。
 ライールが来る前は、ただいまなんて、言ってこの部屋に帰ってくることはなかったのに。

 そうやって、彼の影を望んだところで――今日も部屋は暗いまま。

 わたしは買ってきた持ち帰りの弁当を、机の上に置く。ひとりぼっちの部屋でご飯を食べるのは非常にさみしいが、でも、外でご飯を食べると、同伴で食事をしている人たちに出くわす。そんな中で、一人でご飯を食べる方がもっとさみしい。
 前までは、そんなの、気にしたこともなかったのに。一人で生活するのが当たり前だったから。

 随分と重症だな、と袋から弁当を出して、夕食の準備をしていると、扉を叩く音が聞こえてきた。

 ――こんな時間に来客?

 今は夜。予定もなく友人が尋ねてくるような時間ではない。もしかして、何か事件でも起きたのかな。聖女の力が必要になるようなことが起きていたら一大事である。
 わたしは弁当をそのままに、急いで扉を開けた。

「――うわ!」

 扉を開けた勢いに驚いているのは、求めてやまなかった、彼の顔。

 ――ライールだ。

 つい、この間、見送ったばかりのライールが立っていた。別れたとき、半月前と何も変わらない見た目で。
 え、どうして? ライールがゴルトアウルム号に乗っていったのを見たのは夢だった? いや、半月いなかったんだから、現実のはず。

 状況が追い付かなくて、きょとん、としてしまう。えっ、なんでここにいるの?

「どうして――」

「……とりあえず、中に入れてもらってもいい? 寒い」

 季節は冬。なんなら今日は雪が振った。歩くのが大変なほどではないものの、少し雪が積もったままだ。
 それなのに、ライールは今日も半ズボンを着ていて、半ズボンとひざ下の靴下の間に露出している膝が赤くなっている。いや、膝だけでなく、よく見れば、鼻も指先も赤い。
 なんでそんな、防寒のかけらもない格好をしてるの、絶対季節感間違えているって。

 ああ、でもゴルトアウルム号は魔法で、船内が快適な温度で保たれているって聞いたから、こんな格好でも寒くないのか。
 それにこの国、下着やは驚くほどあるのに、服屋はあまりない。下着は客と選んで買うことがあるので、そのために店が並ぶが、服は各店に商人が訪問販売をするのが一般的なので、ライールは、夜灯の国で防寒具を買えなかったのか。性風俗の職種についていない人のための、数少ない服屋は、観光客からは分かりにくい場所にある。

 ゴルトアウルム号に乗る少し前までは、わたしの冬外套を貸していたけれど、船に乗る際に返してもらっていたから、冬服がないのだろう。……わたしの部屋に住むようになってから買った衣類も、全部置いていったし。

 わたしはライールを招き入れる。帰ってきたばかりで、暖房の準備なんて何一つしていないから、室内もそれなりに寒いけれど、まあ、外よりはずっといいだろう。
 ライールはわたしに招き入れられると、慣れたように部屋へと入っていた。そりゃあ、半月前まではここで暮らしているから慣れたものだろうけど。

 なんの違和感も抱かせない動きの滑らかさにわたしはあっけに取られる。わたしなんか、現状を受け入れられなくて、何も彼に、問うことすらできていないのに。

「あっ、ちゃんと自炊してないな!」

 ライールのその言葉に、わたしの意識が戻ってくる。そう言えば、お弁当、机の上に置いてそのままだったっけ。
 わたしは慌てて部屋に戻った。ライールが、お弁当を置きっぱなしにしていた机の前に座って、こちらを見ていた。

「お弁当ばかり食べていたら駄目だって言っただろ」

 もう、とでも言いたげなライールに、またわたしは呆然としそうになった。あまりにも、夢見た光景のようで、わたしは軽く頬をつねった。……痛い。

「――……な、なんでいるの」

 頬をつねった軽い痛みに、わたしはようやく現状を受け入れられて、その言葉を絞りだした。
 ライールはゴルトアウルム号を探していて、ましてや知り合いがいる、と言っていたから、すぐにやってくるとは思わなかったのに。

 半月でさみしい、早く会いたい、と思っていたけれど、そんなにすぐ来られると、困惑の方が勝つ。お腹空かせて不時着して大変な目に合うくらい飛行し続けて、ゴルトアウルム号を探していたはずなのに、もういいの、って。
 というか、そもそもゴルトアウルム号からどうやってここまで来たんだ。この間夜灯の国に停泊したから、しばらくはどこの港にも泊まらず、航海を続けているはずなのに。

 わたしの呆然とした様子に、ライールが小首をかしげた。

「……嬉しくなかった?」

「嬉しい! 嬉しい、けど……もっと、船に乗ってるつもりだと思って……」

 一年とか、それよりもっと長い期間会えなかったらどうしよう、ということは一杯考えたけれど、逆に、こんなにも早く再会することができるとは、一度も想像したことはなかった。

「本当は、こんなに早く戻ってくるつもりはなかったんだけど――でも、あそこには、きよかがいないから」

「――……っ」

「面白いものを見つけても教えられないし、きよかが好きそうだなって料理を見つけても、食べさせてあげられないし。……つまんなくて、戻ってきちゃった」

「ライール……」

 彼もまた、わたしと同じようなことを考えていたようだ。
 日常の、なんてことないようなことを共有できないのが、つまらなくて――さみしい。

「……ちなみに、船からはここまでどうやって戻ってきたの?」

「ゴルトアウルム号が、ちょうど、肉眼でも船から陸地が見えるくらい、近くに寄って航行しているときがあったから。そのときに、その見えている土地まで飛んで、そこからは普通に、夜灯の国行きの船に乗ってきた」

 夜灯の国行きの交通網は結構発達しているから、むやみに海上を飛行するよりはずっと確実だろう。よかった、また、疲れ切るまで飛び続けるようなことをしていなくて。
 ……でも、どこの国から来たのかは知らないけど、正規の交通手段をつかったのなら、結構早くこっちに戻ってくることを決意したのかな。一番近い港からでも、一般船で丸々二日はかかる。他の国からだったら、もっとかかるだろう。空路は個人が使うような手段ばかりだし……。

 もしかして、船に乗って一週間くらいで、こっちに戻ってくることを決めたんだろうか? ……流石にそれはないか。

「じゃあ、ちゃんと入国審査を受けてきたのね?」

「それは……まあ、一応」

 ライールが、顔を赤らめて、少し目線をわたしから逸らす。嘘ではない様子だが、わたしにあんなことをされて、それでもなお、慣れていない風というのは、なんだかぐっとくるものがある。
 わたしは、よこしまな考えを見抜かれないように、せっせと火鉢の準備をする。いくら雪が積もる外よりは室内の方が温かいとはいえ、寒いものは寒い。

 わたしが火鉢の準備をしている隣に、ライールが寄ってきた。

「あ、ダリルにはちゃんと会ってきたよ。元気そうだったし――……それに」

 ライールが、言葉を区切って手招きをする。不思議に思いつつも、彼の方に少し近寄る。
 すると、ライールが、わたしの耳に両手を添え、ぽそぽそと、小声で言った。

「――ばれなかったよ」

 ばれなかった。
 いたずらが成功したように、少しからかうような色があるその言葉。何が――なんて、聞かなくても分かる。
 わたしと、そういうことをしていると、性的なものへの接触を、ライールに禁じたダリルさんに気がつかれなかった、という話。
 ライールは、くすくすと、楽しそうに笑っている。

「ダリルはさ、いい奴なんだけど、心配性なところがあるから。ボクに有害そうなものは、先回りして、あれこれ禁止してきたんだけど――言いつけを破っても。意外とばれないもんなんだね」

 「善意で言ってるのが分かるから、素直に従ってたんだけど」とライールは続けて言った。
 確かに、いくら友人とはいえ、あれこれ禁止してくるのを、黙って受け入れなければならないというわけでもない。親でもあるまいし、仮に親だったとしても、過干渉はやり過ぎだ。
 それでも、ライールがダリルさんの言うとおりにしているのは、彼なりの友情みたいなものなんだろう。

「いつもダリルの言うことを聞いて生きてきて、彼の言葉を疑うことすらしてこなかったけど、たまには逆らってみるのも、悪くないのかもね」

 言いながら、ライールは、わたしの手を取り――。

「でも――きよか以外に触られるのは嫌だし、きよか以外の誰かが、そういう相手になっているのは想像できなかったから、ダリルは、間違ってなかったのかも」

 ――そして、はむ、とわたしの親指の付け根あたりを、甘噛みした。ライールが口をつけた部分から、熱が広がっていくような感覚がする。

 それは、吸血後、わたしに『処理』して欲しいとねだる、ライールの合図だったから。

 せっかく火鉢の用意をしたのに、すぐに要らなくなりそうだ。
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