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色街の聖女×少年吸血鬼
08
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最初は、ためらうかのように、じっとわたしの腕を見ているだけのライールだったが、ごくり、と唾を飲み込んで、わたしの腕にかぶりつく。
「――、ふ」
一度、二度、と彼の喉が上下すると、ライールが、声とも吐息とも区別ができない音を漏らした。
最初のときはともかく、二度、三度、と血を与えるごとに、聖女の血には催淫効果があって、飲むと性的に興奮してしまう、ということが分かっていたから、最初からライールの一物を触りながら血を与えるようになっていた。
そのせいもあってか、余計に、吸血という行為が、ライールの体は性的快楽を得られるようなものだと紐づけてしまったのだろう。本人は、ついさっきまで、手淫が性的なものだとは知らなかったわけだが。
「く――」
悩ましげな声と共に、ライールが少し震える。いつもはわたしが抱きかかえるようにして血を与えているが、今日は座るわたしが腕を伸ばし、四つん這いになったライールがそれに噛みついているからか、腰が揺れている様子がよく見える。
代わりに、彼の一物がどうなっているのかは分からないが――いつものように、固く、熱くなっているのだろう。
「おいで」
わたしが声をかけると、ライールは、わたしの腕から口を離し、顔を上げる。随分と、とろけた顔をしていた。
「うん……」
ライールがにじり寄ってきて、わたしの前に座る。いつもの、背中を預けるような体制になりながらも、ライールが、わたしにすり寄る。まるで猫が相手に匂いをこすりつけるかのように、すりすりと。
「あ――」
わたしが、ライールのズボンに手を伸ばすと、彼が小さく声をこぼす。その声は、すっかり期待に満ちていて、わたしの行動を止めることはない。
それどころか――。
「は、はやく――」
掠れるような声で、ライールが催促をする。はやく、というのは、この状況が恥ずかしいから早く済ませて欲しい、というものなのか、それとも、はやく快楽が欲しい、という意味なのか。
ついさっきまで、性的に手を出されて泣いていた少年とは思えないほど、『先』を求めている。
ああ――本当に、わたしだったら、許してくれるんだ。
たまらなくなって、わたしはライールの腰に手を回し、彼を抱き寄せる。ぴったりと、わたしの前面と、ライールの背中がくっついて、寸分の隙間もない。
「――すき」
思わず、想いがわたしの口から、形となってこぼれた。言うつもりはなかったけど――これだけくっついていたら、どれだけ小さい声でも、ライールに届いているだろう。
「きよか……?」
ふ、と、ライールの頭が動く気配がした。
あ、振り返るだろうな。
そう感じて、わたしは、たとえライールが振り返ったところで、彼にわたしの顔が見えないように、頭を伏せて、ぎゅ、と、抱きしめる力を強くした。
「何言ってんだ、って、思うよね……」
彼を騙したのはわたしだ。
そして、それがばれて、素直に謝れなくて、ライールを怒らせて。
ライールからしたら、わたしは全然いい女じゃない。
でも――まだ、触ることは許されているみたいだから。
「――ッ」
わたしが手を動かすと、ライールは息を詰まらせた。
彼の言葉が怖いわたしは、つつ、と、その可愛らしい一物を撫でる。びく、とライールの腰が跳ねた。
とろとろと出てくる先走りの液を、塗りこむように、撫でつける。しつこく、何度も、何度も。
「き、よか、きよかぁ……っ」
ライールはわたしの名前を呼ぶ。ぎゅ、と、快楽に耐えるように目をつむっているからか、きっと、ライールが自ら腰を振り始めたことに、彼自身は気が付いていないだろう。
「……ここなでなでされるの、気持ちいいね?」
わたしがささやくと、ライールは、何度も頭を上下に振った。
しかし、何度もうなずいていたのに、ふと、はっとしたように、今度は首を横に振り始めた。
「あ、あぅ……ま、って、きよか、でちゃう、からぁ……っ」
ぎゅう、とライールが、わたしの服をつかむ。少し動きにくくなったが、そんなことは関係ない。
そろそろかな、と、わたしは少し、強めにライールの好きなところを刺激する。
「あ、あぁ、あ――っ!」
今までにないくらい、まるで女のような声を上げながら、ライールは果てた。
あまりにも可愛らしいライールに、つい、手が止まらない。
……もう少し、駄目かな。
息も絶えだえなライールに、ちょっと調子に乗り始めてしまう。それに――あの言葉を、全部うやむやにしてしまいたい。
――と。
「――、くっ」
「い、ったぁ!?」
ライールが息を飲んだかと思うと、次の瞬間、思い切りわたしの腕に噛みついてきた。
ライールに牙を立てられるのは慣れたけれど、まさか、今、思い切り噛んでくるとは思わなくて、驚いて大声を上げてしまう。びっくりした方のが大きくて、実際にはそこまで痛くないのに、酷い痛がり方をしてしまった。
実際は、力をセーブしてくれたようで、吸血跡のような、大きな穴はない。多少、血は出てるけど……。それでも、今噛まれた場所と、さっき飲むために開けた場所を比べれば、今の方が手加減されていたのは一目瞭然である。
わたしが大げさに痛がったせいか、ライールが「ま、待ってって、言った……」とつぶやく声に、どことなく、責任を感じているような色が混じっていた。言葉とは裏腹に、やり過ぎた、と思ったのかもしれない。
「待ってって、でも――」
と、途中まで言って、わたしは口を閉じる。こういうので、さっき喧嘩したばかりじゃないか。
本当に待ってほしいときの声音じゃなかったからいいかな、と思って手を進めてしまったのだが、駄目だったらしい。
「そ、それはそれ、これはこれ!」
わたしが最後まで言わなくても言いたいことが分かってしまったようで、ライールが少し声を張り上げた。
「その――さっきの……」
そして、打って変わって、声が小さくなる。
さっきの。
わたしだって、最後まで言われなくたって分かってしまった。
思わず言ってしまった――あの言葉。
「もしかして――……嘘、だった?」
わたしが黙っていたからだろうか。それとも、そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
どちらかは分からないけれど、ライールが気を使うように言うものだから、わたしは、反射的に「嘘じゃない!」と叫んでいた。
「嘘じゃない……けど、わたしが言っていいような言葉じゃないから……」
だんだんと、語気が弱まるのが分かる。最後の方は、ほとんど自分の口の中で溶けてしまって、ライールに届いたかどうかすら分からない。
気まずくなって、わたしは袴で軽く、ライールの白濁で汚れたばかりの手をふく。どうせ安物だし、後で洗濯すればいい。
「どうして?」
「どうして、って! わたし、ライールが嫌がることを、嘘ついてずっとしてたんだよ。それなのに、今更、都合がよすぎ、る……」
再び声を荒げるわたしを、ライールは、穏やかな笑顔で、見せていた。わたしは思わず、口を閉じる。
――ときどき、感じていた。
一年をあっという間と言ったり。
いろんな国の料理を作っている横顔とか。
そして、今も。
見た目通りの年齢なんかじゃなくて、長いこと生きてきたんだな、って思わせるような表情。
「あーあ、ボクは好きって言ってもらえて嬉しかったのになー」
ぽす、とライールが、わたしに体重を預けてくる――いや、抱き着いてくる。
そして、ライールが、わたしの手を取り、手の甲、それも手首に近いところを、彼自身の首筋に当てた。わたしの手が汚れているからだろうけど、どうして急に、と思ったのも一瞬。
手の甲からでも分かるくらい、ライールの脈拍は早くなっていた。
事後ならこんなもの、と言えるだろうが、それでも、それだけが、彼の心拍を速めている原因だとは思えない。ライールが、こんなにも、期待に満ちた表情をしているから。
ずっと、手探りで、ライールの反応を見てきたから、わたしには、分かる。
「不誠実だと思うなら――誠実になるように、今後、努力するべきだとは思わない?」
「……うん」
「最初は、国を出て行ってやろうって、思ったけど、多分、ボクも頭に血が上ってた。……勢いで、出てかなくてよかったよ」
「……う、ん」
わたしの手の甲で、ライールの脈拍を測っているはずなのに。
わたしの心臓が、あまりにもバクバクしているものだから、この早鐘は、わたし自身のものなんじゃないかって、錯覚してしまう。
「どうせボクは、まだまだ生きるから。きよかが思うまま、ボクに色々教えてよ。きよかなら――本当に嫌なことは、見極めてくれるでしょ」
「うん……っ」
瞬きをすると、わたしの頬を涙が伝う。それを、ライールがふき取ってくれた。その後で、少しだけ、困ったように固まる。
「……ごめん、僕のシャツも汚かったかも」
「そんなことないよ」
わたしの手よりは綺麗だと思う。袖の部分だし。
流石に雰囲気がぶっ壊れるので、全部は言わなかった。「そう?」とライールが小首をかしげる。
わたしはライールに気がつかれないように、そっと彼の首筋から手を離し、背中に回した。ちら、と彼の首元を見るが……うん、汚れてはないみたい。セーフ。
「それにしても……ダリルに怒られちゃうな」
「ダリル?」
聞き覚えがないし、なじみのない響きの名前だ。わたしは思わず聞き直した。
「うん、ボクの友人。ほら、ゴルトアウルム号に乗ったらしいって言ったでしょ」
名前までは聞いていなかったけど、その話には覚えがある。ライールが、この国に不時着するまで、飛行し続けた原因になった人。
「ダリルも吸血鬼なんだけど――、ボクが『こう』だから。騙されないように、こういう奴には近づくな、って色々言われてたんだよね。……で、そのうちの一つが、破廉恥な人」
……確かに、その、ダリルさん、という人は正しいかも。実際に、うみお姉さんが在籍している店で被害にあってるわけだし……。
時折、実年齢相応の表情を見せるとはいえ、基本的には肉体年齢に引っ張られているように感じる。言いくるめられて、とんでもないことになりそうなのは、簡単に想像できる。
ライールのこの顔を見てしまったら、言いくるめて、悪いことの一つや二つ……と考えてしまう人が出てきてもおかしくはない。人身売買や奴隷関連に厳しいこの夜灯の国だから、誘拐に合わなかっただけで、治安が悪いところなら、攫われることも考えられる。
性風俗を生業にしている人間が、全員悪人だとは思わないけれど、全て善人だとも思わない。それはどんな世界でも共通していることだけれど、とりわけ、性風俗の世界は嘘が蔓延しているような気がする。
正直、ライールが騙されそう、というのにはわたしも同意だ。
そういう人たちをまとめて遠ざけることで自衛になるというのは、考え方としてはそう間違っていないんじゃないのだろうか。よく言えば夢を見させる、悪く言えば嘘をついて騙す、そういう不誠実が当たり前の世界だから。
もちろん、それが悪だとわたしは思わないけど――外の人が同じように考えるのかは知らない。
「……わたしはいいの?」
「きよかはもう、騙さないでしょ? それに……本当に好きな人なら、いいって、ダリルは言うから」
「うぐっ……」
純粋に言うものだから、わたしは思わず言葉を詰まらせた。
わたしがそのダリルさんに会う日が来るかは分からないけど、ライールが変な女にたぶらかされた、とか、思われないように今度から、絶対言動には気を付けよう。
そんなことを考えながら、わたしは立ち上がった。
「――さて、もう寝よう!」
我ながら唐突だとは思うけれど、もう時間も時間だし、寝てもおかしくはない。このままだと、絶対またろくでもないこと、やっちゃいそうだし。
「え……っと」
ライールを抱きかかえて寝台まで運ぼうとして、自分の手が汚いことを思い出す。さっき袴で軽くふいたけど、手が綺麗になったわけじゃない。床とかも掃除しないといけないし……。
「――……ごめん、自分で寝台に行ける? わたし、ここを片付けないと……」
「……おしまい?」
とろん、とした目で、こちらを見るライール。その表情がどこか物足りなげに見えるのは――わたしの欲目、だろうか。
言葉を詰まらせながらも、わたしは視線を泳がせ――再び、床に腰を下ろした。
「お、終わりにしたくないです」
「……うん」
くすくすと笑いながら、座るわたしに、ライールは抱き着いてきて。
わたしはごくり、と生唾を飲み込んだ。……多分、すごく大きく響いたんだと思う。
ライールが、声を出して笑ったから。
「――、ふ」
一度、二度、と彼の喉が上下すると、ライールが、声とも吐息とも区別ができない音を漏らした。
最初のときはともかく、二度、三度、と血を与えるごとに、聖女の血には催淫効果があって、飲むと性的に興奮してしまう、ということが分かっていたから、最初からライールの一物を触りながら血を与えるようになっていた。
そのせいもあってか、余計に、吸血という行為が、ライールの体は性的快楽を得られるようなものだと紐づけてしまったのだろう。本人は、ついさっきまで、手淫が性的なものだとは知らなかったわけだが。
「く――」
悩ましげな声と共に、ライールが少し震える。いつもはわたしが抱きかかえるようにして血を与えているが、今日は座るわたしが腕を伸ばし、四つん這いになったライールがそれに噛みついているからか、腰が揺れている様子がよく見える。
代わりに、彼の一物がどうなっているのかは分からないが――いつものように、固く、熱くなっているのだろう。
「おいで」
わたしが声をかけると、ライールは、わたしの腕から口を離し、顔を上げる。随分と、とろけた顔をしていた。
「うん……」
ライールがにじり寄ってきて、わたしの前に座る。いつもの、背中を預けるような体制になりながらも、ライールが、わたしにすり寄る。まるで猫が相手に匂いをこすりつけるかのように、すりすりと。
「あ――」
わたしが、ライールのズボンに手を伸ばすと、彼が小さく声をこぼす。その声は、すっかり期待に満ちていて、わたしの行動を止めることはない。
それどころか――。
「は、はやく――」
掠れるような声で、ライールが催促をする。はやく、というのは、この状況が恥ずかしいから早く済ませて欲しい、というものなのか、それとも、はやく快楽が欲しい、という意味なのか。
ついさっきまで、性的に手を出されて泣いていた少年とは思えないほど、『先』を求めている。
ああ――本当に、わたしだったら、許してくれるんだ。
たまらなくなって、わたしはライールの腰に手を回し、彼を抱き寄せる。ぴったりと、わたしの前面と、ライールの背中がくっついて、寸分の隙間もない。
「――すき」
思わず、想いがわたしの口から、形となってこぼれた。言うつもりはなかったけど――これだけくっついていたら、どれだけ小さい声でも、ライールに届いているだろう。
「きよか……?」
ふ、と、ライールの頭が動く気配がした。
あ、振り返るだろうな。
そう感じて、わたしは、たとえライールが振り返ったところで、彼にわたしの顔が見えないように、頭を伏せて、ぎゅ、と、抱きしめる力を強くした。
「何言ってんだ、って、思うよね……」
彼を騙したのはわたしだ。
そして、それがばれて、素直に謝れなくて、ライールを怒らせて。
ライールからしたら、わたしは全然いい女じゃない。
でも――まだ、触ることは許されているみたいだから。
「――ッ」
わたしが手を動かすと、ライールは息を詰まらせた。
彼の言葉が怖いわたしは、つつ、と、その可愛らしい一物を撫でる。びく、とライールの腰が跳ねた。
とろとろと出てくる先走りの液を、塗りこむように、撫でつける。しつこく、何度も、何度も。
「き、よか、きよかぁ……っ」
ライールはわたしの名前を呼ぶ。ぎゅ、と、快楽に耐えるように目をつむっているからか、きっと、ライールが自ら腰を振り始めたことに、彼自身は気が付いていないだろう。
「……ここなでなでされるの、気持ちいいね?」
わたしがささやくと、ライールは、何度も頭を上下に振った。
しかし、何度もうなずいていたのに、ふと、はっとしたように、今度は首を横に振り始めた。
「あ、あぅ……ま、って、きよか、でちゃう、からぁ……っ」
ぎゅう、とライールが、わたしの服をつかむ。少し動きにくくなったが、そんなことは関係ない。
そろそろかな、と、わたしは少し、強めにライールの好きなところを刺激する。
「あ、あぁ、あ――っ!」
今までにないくらい、まるで女のような声を上げながら、ライールは果てた。
あまりにも可愛らしいライールに、つい、手が止まらない。
……もう少し、駄目かな。
息も絶えだえなライールに、ちょっと調子に乗り始めてしまう。それに――あの言葉を、全部うやむやにしてしまいたい。
――と。
「――、くっ」
「い、ったぁ!?」
ライールが息を飲んだかと思うと、次の瞬間、思い切りわたしの腕に噛みついてきた。
ライールに牙を立てられるのは慣れたけれど、まさか、今、思い切り噛んでくるとは思わなくて、驚いて大声を上げてしまう。びっくりした方のが大きくて、実際にはそこまで痛くないのに、酷い痛がり方をしてしまった。
実際は、力をセーブしてくれたようで、吸血跡のような、大きな穴はない。多少、血は出てるけど……。それでも、今噛まれた場所と、さっき飲むために開けた場所を比べれば、今の方が手加減されていたのは一目瞭然である。
わたしが大げさに痛がったせいか、ライールが「ま、待ってって、言った……」とつぶやく声に、どことなく、責任を感じているような色が混じっていた。言葉とは裏腹に、やり過ぎた、と思ったのかもしれない。
「待ってって、でも――」
と、途中まで言って、わたしは口を閉じる。こういうので、さっき喧嘩したばかりじゃないか。
本当に待ってほしいときの声音じゃなかったからいいかな、と思って手を進めてしまったのだが、駄目だったらしい。
「そ、それはそれ、これはこれ!」
わたしが最後まで言わなくても言いたいことが分かってしまったようで、ライールが少し声を張り上げた。
「その――さっきの……」
そして、打って変わって、声が小さくなる。
さっきの。
わたしだって、最後まで言われなくたって分かってしまった。
思わず言ってしまった――あの言葉。
「もしかして――……嘘、だった?」
わたしが黙っていたからだろうか。それとも、そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
どちらかは分からないけれど、ライールが気を使うように言うものだから、わたしは、反射的に「嘘じゃない!」と叫んでいた。
「嘘じゃない……けど、わたしが言っていいような言葉じゃないから……」
だんだんと、語気が弱まるのが分かる。最後の方は、ほとんど自分の口の中で溶けてしまって、ライールに届いたかどうかすら分からない。
気まずくなって、わたしは袴で軽く、ライールの白濁で汚れたばかりの手をふく。どうせ安物だし、後で洗濯すればいい。
「どうして?」
「どうして、って! わたし、ライールが嫌がることを、嘘ついてずっとしてたんだよ。それなのに、今更、都合がよすぎ、る……」
再び声を荒げるわたしを、ライールは、穏やかな笑顔で、見せていた。わたしは思わず、口を閉じる。
――ときどき、感じていた。
一年をあっという間と言ったり。
いろんな国の料理を作っている横顔とか。
そして、今も。
見た目通りの年齢なんかじゃなくて、長いこと生きてきたんだな、って思わせるような表情。
「あーあ、ボクは好きって言ってもらえて嬉しかったのになー」
ぽす、とライールが、わたしに体重を預けてくる――いや、抱き着いてくる。
そして、ライールが、わたしの手を取り、手の甲、それも手首に近いところを、彼自身の首筋に当てた。わたしの手が汚れているからだろうけど、どうして急に、と思ったのも一瞬。
手の甲からでも分かるくらい、ライールの脈拍は早くなっていた。
事後ならこんなもの、と言えるだろうが、それでも、それだけが、彼の心拍を速めている原因だとは思えない。ライールが、こんなにも、期待に満ちた表情をしているから。
ずっと、手探りで、ライールの反応を見てきたから、わたしには、分かる。
「不誠実だと思うなら――誠実になるように、今後、努力するべきだとは思わない?」
「……うん」
「最初は、国を出て行ってやろうって、思ったけど、多分、ボクも頭に血が上ってた。……勢いで、出てかなくてよかったよ」
「……う、ん」
わたしの手の甲で、ライールの脈拍を測っているはずなのに。
わたしの心臓が、あまりにもバクバクしているものだから、この早鐘は、わたし自身のものなんじゃないかって、錯覚してしまう。
「どうせボクは、まだまだ生きるから。きよかが思うまま、ボクに色々教えてよ。きよかなら――本当に嫌なことは、見極めてくれるでしょ」
「うん……っ」
瞬きをすると、わたしの頬を涙が伝う。それを、ライールがふき取ってくれた。その後で、少しだけ、困ったように固まる。
「……ごめん、僕のシャツも汚かったかも」
「そんなことないよ」
わたしの手よりは綺麗だと思う。袖の部分だし。
流石に雰囲気がぶっ壊れるので、全部は言わなかった。「そう?」とライールが小首をかしげる。
わたしはライールに気がつかれないように、そっと彼の首筋から手を離し、背中に回した。ちら、と彼の首元を見るが……うん、汚れてはないみたい。セーフ。
「それにしても……ダリルに怒られちゃうな」
「ダリル?」
聞き覚えがないし、なじみのない響きの名前だ。わたしは思わず聞き直した。
「うん、ボクの友人。ほら、ゴルトアウルム号に乗ったらしいって言ったでしょ」
名前までは聞いていなかったけど、その話には覚えがある。ライールが、この国に不時着するまで、飛行し続けた原因になった人。
「ダリルも吸血鬼なんだけど――、ボクが『こう』だから。騙されないように、こういう奴には近づくな、って色々言われてたんだよね。……で、そのうちの一つが、破廉恥な人」
……確かに、その、ダリルさん、という人は正しいかも。実際に、うみお姉さんが在籍している店で被害にあってるわけだし……。
時折、実年齢相応の表情を見せるとはいえ、基本的には肉体年齢に引っ張られているように感じる。言いくるめられて、とんでもないことになりそうなのは、簡単に想像できる。
ライールのこの顔を見てしまったら、言いくるめて、悪いことの一つや二つ……と考えてしまう人が出てきてもおかしくはない。人身売買や奴隷関連に厳しいこの夜灯の国だから、誘拐に合わなかっただけで、治安が悪いところなら、攫われることも考えられる。
性風俗を生業にしている人間が、全員悪人だとは思わないけれど、全て善人だとも思わない。それはどんな世界でも共通していることだけれど、とりわけ、性風俗の世界は嘘が蔓延しているような気がする。
正直、ライールが騙されそう、というのにはわたしも同意だ。
そういう人たちをまとめて遠ざけることで自衛になるというのは、考え方としてはそう間違っていないんじゃないのだろうか。よく言えば夢を見させる、悪く言えば嘘をついて騙す、そういう不誠実が当たり前の世界だから。
もちろん、それが悪だとわたしは思わないけど――外の人が同じように考えるのかは知らない。
「……わたしはいいの?」
「きよかはもう、騙さないでしょ? それに……本当に好きな人なら、いいって、ダリルは言うから」
「うぐっ……」
純粋に言うものだから、わたしは思わず言葉を詰まらせた。
わたしがそのダリルさんに会う日が来るかは分からないけど、ライールが変な女にたぶらかされた、とか、思われないように今度から、絶対言動には気を付けよう。
そんなことを考えながら、わたしは立ち上がった。
「――さて、もう寝よう!」
我ながら唐突だとは思うけれど、もう時間も時間だし、寝てもおかしくはない。このままだと、絶対またろくでもないこと、やっちゃいそうだし。
「え……っと」
ライールを抱きかかえて寝台まで運ぼうとして、自分の手が汚いことを思い出す。さっき袴で軽くふいたけど、手が綺麗になったわけじゃない。床とかも掃除しないといけないし……。
「――……ごめん、自分で寝台に行ける? わたし、ここを片付けないと……」
「……おしまい?」
とろん、とした目で、こちらを見るライール。その表情がどこか物足りなげに見えるのは――わたしの欲目、だろうか。
言葉を詰まらせながらも、わたしは視線を泳がせ――再び、床に腰を下ろした。
「お、終わりにしたくないです」
「……うん」
くすくすと笑いながら、座るわたしに、ライールは抱き着いてきて。
わたしはごくり、と生唾を飲み込んだ。……多分、すごく大きく響いたんだと思う。
ライールが、声を出して笑ったから。
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