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色街の聖女×少年吸血鬼

05

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 図らずもライールと、約一年ほど一緒に暮らすことになってしまった。

 そうなれば、家事分担も必要になってくる――と思ったのだが、わたしが聖女としての仕事をしている間、ライールはほとんどの家事をしてくれるようになった。体格的に、高い場所は掃除しにくいかな、なんて思うこともあったが、そこは飛べる吸血鬼。暇を持て余しているのか、わたし以上に部屋を綺麗にしてくれる。料理だけでなく、掃除や洗濯も完璧だったのか……。

 この島で宿を探せないライールには、最適な職場もきっとない。性風俗店が国内の七割を占め、それに準ずる仕事ばかり。そうでなくたって、客に遊女や娼婦、男娼がやってくることを考えると、言わずもがなだ。別に彼女ら彼らが仕事以外でも露出の高い服を着ているとは限らないが、逆に、公私を分けて、きっちりとした衣類を身にまとう方も少ない。

 だから、お金はいいから代わりに家事をやって欲しいなー、と冗談半分に言ってみたら、本当にほとんど全部やってくれることになった。ライールと共に暮らすようになってからわたしがする家事と言えば、自分の下着を洗い、干して、そして箪笥にしまうことくらいである。

 別に自分が家事を嫌いだと思ったことはないが、聖女の仕事以外に何もしなくていいというのは、なかなか快適だ。あと、胃袋をつかまれてしまったので、ライールの手料理を食べられなくなるときのことを考えるだけで、今から憂鬱だ。……これを期に、わたしも料理を覚えた方がいいかしら。

 家事をしてくれることを対価に、わたしは彼が生活できる場所を提供しているのだが――なにも、わたしが彼に与えているものはそれだけではない。

「きよか、その……」

 わたしが夕食を食べ終わると、いつもならすぐに食器を片付けだすライールが、もじもじとしながら、わたしに声をかけてくる。

「ああ、はいはい」

 わたしは袖をまくり上げて腕を出す。
 ライールの食事の間隔は、大体三日に一度程だが、血が欲しい、と言い出すときはいつも気まずそうだ。

 それもそのはず、わたしの血を飲むと、ライールはいつも性的に興奮してしまうから。本人は気が付いていないようだけど。わたしの血を飲むと体が熱く、おかしくなるのには流石に気が付いているようだが、それが性的な興奮だとは、微塵も思っていないようだ。

 わたしが思うに、聖女の血には催淫効果のようなものがあるのだろう。今まで、こんなことにはならなかった、とライールが言うのだから、十中八九当たっているはず。
 最初のうちは、なんで血を飲んでいるだけなのに興奮しだすんだろう……と不思議に思っていたが、何度も回数を重ねるうちに、なんとなく察するものがあった。

 自分でぺろっと舐めてみる分には全然分からないから、吸血鬼特効なのかも。いや、人外種みんながそうなのかな?

「――ふ、ぅ」

 腕から、一口、二口と飲んだだけで、ライールは悩ましげな吐息を吐く。少年にしては、随分と色っぽい。流石実年齢は五百を超えるだけある……と言いたいところだが、ライールがこんなにも艶っぽく感じるのは、ここ最近のことである。本人が気が付いていないだけで、性的な処理をするようになってから、結構経っているので、そのせいかもしれない。

 それか、わたしが何度もそういうライールを見て、そう感じるようになってしまったか。

 そんなことを考えていると、あっという間に吸血が終わったらしい。最後にぺろっとわたしの腕をライールが舐める。こうすると、ライールが牙で開けた腕の穴から、血が出てくることがなくなるのだ。
 吸血鬼の唾液には、そういう効果があるのかもしれない。本には書いていなかったことを目の当たりにするのは、ちょっと面白い。

 ――そして、その後は、ぱく、とわたしの腕を食む。まったく歯も牙も当たらなくて、甘噛みとすら言えないくらい、優しく。でも、その表情は、焦燥感と興奮でぐちゃぐちゃになっていて、とても『少年』とは呼べないものである。
 ライール本人ではどうしようもできない、熱の高まりを何とかしてほしい、という、彼なりの懇願なのである。

 わたしが胡坐をかくように座ると、その間にライールが腰をおろした。胡坐なのは少しはしたないな、と思わないでもないのだが、この体勢が一番やりやすい。
 ライールがわたしの体に、椅子の背もたれに体を預けるように体重をかけると、わたしは彼のズボンの前をはだけさせる。

 最初はぎこちなかった手淫だが、今はもう慣れたものである。周りにバレないように、こっそりと潤滑剤まで買ってきた。
 今までの生活からして、そう簡単に男を連れ込むことがないので、必要ないと買ってこなかったものだが、これからしばらくライールがここに住んで、こうして必要になるというのなら、一つくらいあってもいいかな、と思って。

 潤滑剤を手に垂らし、少し温めてからライールのものに触る。結構手のひらで温めたつもりの潤滑剤が、まだ少し冷たかっただろうか、と思うほど、ライールの熱は、熱く、硬い。

「……ん、んんッ」

 ちゅくちゅくとライールの一物をしごいていると、ライールの息が分かりやすく荒くなる。

「痛い? 大丈夫?」

「へ、へんな、感じはする、が……い、っ、ン、痛くは、ない……」

 変な感じ。いつまで経ってもライールはそう言う。
 それは気持ちいいっていうんだよ、と教えてあげたいが、あまり知識を与えすぎると、そのうち今の行為が性的なことであると気が付きそうで、ちょっとためらわれる。

 手淫が性行為の一つであると知ってしまったら、多分、こうしてやらせてくれることはなくなってしまうだろうから。

 良くないことだと思いつつも、やめられない。外の人が言う、性欲に溺れる馬鹿ってこういうことを言うのかしら、なんてことを考えてしまう。

 ここでの体験を忘れられなくて、借金をしてまでこの夜灯の国にやってくる、という人はたまにいる。支払い能力のある金持ちから長く搾取するのがこの国のやり方なので、今にも破産しそうな人間は入国審査で弾かれることが多いのだが、最初の一、二回は借金をしていても入れてしまう。

 わたしも、この国の聖女でなかったら、もしかしたらそういう未来もあったのかな、なんて考えると、この国の聖女で良かったわ、と思ってしまう。
 そういう人間のことを、夜灯の国の人間はなんとも思わない――それどころか、人によってはそんなにも喜んでくれたのか、と嬉しくなるくらいだけど、外の常識だと、下品だの、はしたないだの、そういう悪い印象になってしまうらしいから。

 ということは、きっと、ライールからも、下品ではしたない女、と思われるということだ。それはとても……嫌だ。

「き、きよか……?」

「ああ、ごめんごめん」

 気が付けば手が止まっていたらしい。ライールに声をかけられてハッとなる。ライールは、切なそうに、もじもじとしている。

 慣れたお姉さん方は、客を相手にしても別のことを考えられるらしいが、わたしはまだその域に達していないらしい。まあ、お姉さん方が全員、そういうわけじゃないけど。
 別のことを考えながら仕事するのは、中流店くらいまでの娼婦のお姉さんに多い。次の客のことやご飯のことを考えるそうだ。
 考えごとをしたら、すぐに手が止まってしまうわたしからしたら、信じられない。

「じゃあ、また動かすから……」

 わたしは慌てて手を動かすと、「ひぅ!」と、ひと際高い声が部屋に響いた。
 計らずとも焦らしてしまう形になったらしい。ライールの体が分かりやすく揺れた。手に、潤滑油とは違う、粘っこい感触が広がる。吐精してしまったみたいだ。

 わたしのつたない手淫でも、十二分に気持ちよくなってくれているけれど、でも、もう少し別のことをしてみたいな、と思ってしまうのは、聖女とは言えわたしが夜灯の女だからだろうか。

「お疲れ様」

 わたしは、そんなことを考えながら、汚れていない方の手で、ライールの頭を撫でた。ライールは、ぎこちなく、わたしの手に頭を擦りつける。……本当に猫みたいだな。

 ――なんて、ライールとの、とある一晩を、根ほり葉ほり聞かれ、薄情する羽目になってしまった。

「えーやだなにそれ楽しそぉー! うみもやりたぁーい」

 とある娼館での、癒しのための巡回。

 控室で、一人ひとり、怪我や病気の癒しを行っていたら、そのうちの一人が、この間、わたしが潤滑油を買っていたのを見かけていたらしい。その娼婦のお姉さんが、わたしに「いい人でもできたの?」と声をかけてきたのだ。

 最初のうちはごまかしていたけれど、この押しの強いうみお姉さんには敵わなかった。流石に、不法入国関連のことはなんとか隠し通したものの、わたしとライールの行為については、ほとんど洗いざらい吐かされてしまったのだ。
 うう、ばれないつもりで買ったのに……。

 で、そうやって状況を説明すれば、なぜかうらやましがられた。

「でも仕事じゃないから給料でないよ?」

「うみは娼婦が好きで働いてるもーん。遊女よりいろんなことできるし」

 そう言う彼女の胸が、彼女の動きに合わせて、たゆん、と揺れた。……女も、性的なことに興味があった方が大きくなるんだろうか。
 お世辞にも大きいとは言えない自分のものと比べて、少しだけ落胆する。これはこれで需要がある、と知っているものの、あった方がいいに決まっているのだ。この年になったら、流石にうみお姉さんほどは大きくならないだろうけど、もう少し欲しい……。

「だからこんな給料安い店でも働いてるっていうかぁ」

 彼女がそんなことを言うと、近くで事務作業をしていたらしい店主が「聞こえてるぞー」と声をかける。まあ、店主の声はあっさりしたもので、聞こえてるという事実を述べただけ、という感じがする。怒りとか呆れのようなものは感じない。慣れっこなんだろう。

 うみお姉さんは初心者向けの安い娼館に勤めているが、見た目とついている客の人数を考えたら、もう少し上に行けそうなのも事実。喋りがちょっと甘ったるすぎるので、高級店ではお断りされそうだが。でも、こういう女性が意外と頭いいってこともあるから侮れない。
 少なくとも、今の給料の倍くらいは稼げそうなところに行けると思う。

 しかし、彼女がどれだけ実力を持て余していても、本人が「娼婦が好きで働いている」と言うのなら、質より量をよしとするこの店から移動することはないのだろう。

「でもさぁーあ、手だけだと飽きない? いろいろしたくならない?」

 からかうような声音で、うみお姉さんがわたしをつつく。
 それは――まあ、否定はしない、けど……。

「……いや手じゃなきゃ、性行為だってばれちゃうじゃん。そこまで馬鹿でも無知でもないよ」

 今はあくまで手淫だから、ライールは医療行為の延長線みたいに思っているかもしれないが、口淫にもなれば流石におかしいと思うだろう。それ以上は言わずもがな。
 手淫ならばまだ誤魔化すこともできるが、流石に口淫を上手いこと言いくるめる自信はない。

「その、ばれるかばれないかの緊張感が楽しいんじゃん」

「まだ、後何か月も一緒に住むんだから気まずさを考えて」

 まあ、ライールがわたしの家を飛び出したところで、なんか結局戻ってきそうなところはある。本当に、一般客が泊まるような場所はどこも性的接待がつきものなのだ。……わたしの部屋も、似たようなものだけど。

 ――でも、夜灯の国の外なら?

 この国は、広い海の中にぽつんとにあって、ここまで来るのはなかなか大変だ。空路でも海路でも、結構な時間がかかる。だから、隣の国に行くのも一苦労なのだが……。
 海上で、派手で大きいとはいえ、たった一隻を探そうとするくらいなら、ライールはかなり長時間飛行ができるのかもしれない。
 それなら、いっそ、外の国へ行って、ゴルトアウルム号が来る時期にだけ、夜灯の国に戻ってくることもできるだろう。

 そんなの、さみしいな。

 ライールに出て行って欲しくない、と思っている自分に気が付いてしまった。自分が自覚している以上に、今の生活を楽しいと思っているのかもしれない。
 まあ、どれだけ長く彼がいたとしても、何か月後にはまた一人の生活に戻ってしまうのだけど。

「あはは、じゃあ、うみがとっておきの手淫技術を伝授してあげよう」

「…………き、聞くだけ聞いておく」

 けらけらと笑う、うみお姉さんに、わたしはさっきまで考えていたことから目を逸らし、新しい手淫のやり方を教わった。

 ……まあ、露骨に前戯過ぎて、ライールにはできないものだったけれど。
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