美しき吸血鬼は聖女に跪く

ゴルゴンゾーラ三国

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色街の聖女×少年吸血鬼

04

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 日付が変わった深夜。わたしたちは入国審査へと向かっていた。ライールが落ち着くまで待っていたら、結局こんな時間になってしまった。仕方ないと言えば、仕方ないけど。

 とはいえ、問題ない。この国の入国審査は二十四時間対応なのである。あまり長時間不法入国のライールを放置するのは気が引けるし、この時間は空いているのだ。なにせ、皆、今営業中の店が目的でくるのだから。こぞって風俗や遊郭の開店の少し前くらいに入国しようとするので、昼過ぎから夕方前までが一番混雑する。

 最初は、ライールを預けたらさっさと帰って寝よう、と思っていたのに、ライールはしっかりとわたしの服の袖を掴んで離さない。
 見た目は幼いので、どうしても振り払う気になれなくて、仕方なくわたしも付き添うことに。ここまで来たら、最後まで面倒見ようじゃないか。

 入国審査場へ入ると、わたしは迷いなく受付に行く。入国審査を受けずに入った人外種を保護した、と言って。
 入国審査の審査官の露出が多いことを知っていたから、本当は一度入国審査場に行っていたんだろうけど、こっそりと、飛行していたから直接不時着してしまい、空腹でついさっきまで行き倒れていた、ということにしておいた。適当に嘘をついて、あれこれしてしまった詫びと言えば詫びである。

 審査官はわたしの言葉を信じ、次からは気を付けるようライールに注意してから、入国審査を始める。ここでも、ライールは不安そうにわたしの服の裾を離さないものだから、一緒に行ってあげた。

「――それでは、良い夜を」

 審査官のお兄さんがにっこりと笑って、ライールに手を振った。ライールはほとんどわたしの後ろに隠れていたけれど。
 女性の審査官を痴女と呼んでいたくらいだから、男性の方がいいかと思ってわざわざ男性の審査官の列を使用したのだが、結局、露出が多いのは男でも駄目らしい。お兄さんもお兄さんで、外国の審査官に比べたら露出あるもんね……。

 無事に入国審査を終えて、ライールは晴れて自由になる。流石にもう、ここまで付き添えばいいだろう、と別れようとしたが――。

「す、すまない。あの、宿、とかって……どこにあるんだ?」

「……」

 ライールの質問にわたしは非常にどう答えるか迷っていた。

 そりゃあ、泊まれる宿なんて、その辺にいくらでもある。ここは入国審査場で、国の入口。一番客の出入りが激しいところ。
 入国審査を行う施設の周辺はほとんどが国営の遊郭ばかり。民営の娼館だって、国に認められた優良店しかない。だから、施設周辺の、部屋が空いている適当な店に行けばいい。

 金額設定はやや高めだけれど、それに対して余すほどのもてなしが受けられる。最高級の店に比べると流石に劣るけれど、費用対効果は非常にいい。国の入口にあるだけあって、国が勧める良店ばかりが並んでいる。

 これがちょっと奥に行くと、ぼったくりでは? と言いたくなるくらい、提供される娼婦と金額が釣り合っていない店や、老舗とは名ばかりの古くてぼろぼろな店も出てくるのだ。

 だから、入国審査場を出て、近場で気に入った外見の宿にでも入ればいいよ――と言いたいところだが、ライールの場合、これらの店は使えないだろう。

 なにせ、彼は性的なものを嫌っているのだから。

 そして、それを考慮した上で言うなら、ライールが泊まれる宿なんてないのだ。
 だってここは性風俗の国。性的なおもてなしの存在しない宿屋なんて一件もない。

 脱衣や本格的な性行為をしない、初心者向けの店だって、かなりきわどい服を着ているし、おさわりは自由。入国審査場の審査官の制服を見て痴女だと騒ぐライールに勧められない。服を着ている、って言ったって、あれより露出高いもの。

 そもそも、張見世が並ぶ場所もあるから、落ち着いて宿を探すこと自体が難しいかもしれない。……いや、張見世に並ぶ遊女自体は露出が少ないから、露出で卑猥度を測っているのなら、逆に大丈夫なのかな……?

 かといって、野宿させるのもなあ……それはそれで、たちんぼのいい餌食である。あとは、まあ……公園に見えて、実は店の敷地、とかあるし。野外での行為が好きな人のための店があるのだ。一見すると普通の公園にしか見えないから、何も知らないで間違える観光客は多いし、なんなら、わたしも、店の場所を覚える前に間違えていた。
 流石にその店は、入国審査場の近くにはないけれど、あの宿は駄目、ここも嫌、と歩いていたら、十分に流れ着く範囲にはあると思う。

 つまり、性的なものが苦手な彼が安心して眠れる場所などこの国にはおそらくない。

 でも、折角入国審査までして、ましてやこんな夜中に「寝る場所ないから帰れば?」と言うのも忍びない。ついさっきまで、空腹で行き倒れていたのは事実だし……。
 二十四時間体制で入国審査をしているとはいえ、深夜は深夜だ。こんな時間にここへ入ってくる船や飛行機は自家用がほとんどで、交通機関としてのものは、ほとんど動いていない。

「――……またわたしの家、来る?」

 たっぷり考えた後、わたしは仕方なくその言葉を口にしていた。

 ――と、まあ、仏心を出して一日くらいは、と思っての発言だったのだが、ライールがわたしの家に居候するようになって数週間――そう、数週間が経ってしまった。
 こんな国だし、てっきりある程度休んだらとっとと出ていくものだと思っていたのだ。

 わたしは別に困ってないからいい。どころか、料理ができないわたしの代わりに、ライールが食事を用意してくれるので助かっている。彼は伊達に長く生きていないようで、料理の腕がいい。わたしは安く美味しい手作り料理を楽しめていた。
 ライール曰く、友人や恋人など、特定の深い関係の者がいない吸血鬼は、旅をしてあちこちの国を周ることが多いのだという。だから、ライールが作る料理は多国籍だ。

「今日の夕食はノアト王国で有名なオムレツだ」

 そう言って出される、だし巻き卵とは少し違う、不思議な卵料理。中にはそぼろ肉のようなものが入っている。だし巻きにネギやホウレンソウを入れる店はあるけれど、肉を入れるというのは驚きだ。この国の人間にはない発想。そぼろ肉をだし巻きに入れたら、巻きにくそうだもの。
 わたしはパクパクとそれを食べる。今日はノアト王国の気分なのか、出される料理は全部ノアトのものだ。

 あれも美味しい、これも好きな味、と思い食べ進めつつも、うらやましい、という感情がわたしの中でわいてくる。

 ――……ライールは、全部、本場でこれを食べたことがあるんだよね。

 わたしは夜灯の国の聖女。それに不満を持ったことはないし、辞めたいだとか、夜灯の国が嫌いだと考えたことはない。

 でも、外の国に憧れがないか、と言えば、全然そんなことはない。

 この国は、非常に観光客は多い。そんな人たちが、耳馴染みのない言葉で会話していたり、この国の常識に驚いたところを見るたびに、外の世界って、どんな風なのだろう、と考えてしまう。
 外の国で出版された本や、旅の特集が組まれる雑誌なんかで、その欲を解消してきたけれど、こうして目の前に、世界を自由に旅してきた人がいると、どうしても、うらやましく感じてしまう。

 わたしも、もう少し早く生まれていれば、他の聖女のように、島の外で生活する選択肢もあったのかな、とか。

 わたしがここに残らざるを得ないのは、ひとえに、島在住の聖女がわたししかいないから。他にもいれば、きっとわたしも、国の外に出て、通いの聖女になったかもしれない。
 一周回って、やっぱり夜灯の国がいいと戻ってくるかもしれないけど――それだって、一度は外に出てみないとできない判断だ。

 行き倒れの吸血鬼だなんて、思わぬ拾いものだったけど、もっと外の国のことを教えてくれないかな、なんて思ったり、思わなかったり。

 ――……でも、それはそれとして、ライールはここにいて、大丈夫なんだろうか?

 わたしはかまわないが、ライール自身、どこかに行く途中で、この夜灯の国に降り立ったんじゃないんだろうか。でも、わたしからその話題を切り出したら、暗に早く出ていけ、と言っているようにとられないだろうか。
 ライールに言われて買った調理器具も、彼のための着替えも雑品も、凄く増えた。彼がいる生活がもはや当たり前になりつつあるので、わたしから出ていってほしい、と願うことはない。とはいえ、聞き方を間違えてしまえば、ライールに、本意ではない印象を与えてしまうのは確かだろう。わたしがここの家主なのは、まぎれもない事実なので。

 でも、どこに行こうとしてたのかくらい、聞いてもいいかな。そのくらいなら大丈夫でしょ。

「……ライールは、この国に来る前、どこに行こうとしていたの?」

 ちょっとドキドキしながら、ライールに問う。
 ライールは、わたしのドキドキなんて気がつきもせずに、あっさりと「船を探していた」と言った。

 ……船?
 船は流石に分かる――分かるが。でも、船を探している、ってどういうことなんだろう?

 広い海で船を一隻探すって、なかなかに無謀では? 港で待っていた方が賢い気がするのだが。

「ゴルトアウルム号を探してるんだ」

「……! それ、知ってるわ!」

 ゴルトアウルム号。
 常に海の上で航海を続ける魔法じかけの豪華客船だ。
 港に停泊するのは年に一度か二度。領土を持っていないので、国とは正式に認められていないが、船内は独自の通貨が流通しているし、医療等必要な施設も全て揃っている。あそこで生まれ、そのまま育ち、死んでいく人も珍しくない。

 そして、この夜灯の国が性欲に支配された国だとするなら、あの船は射幸心に支配された船。
 さまざまな賭博が行われ、びっくりするくらいの金額が一日で動く。あの船内で生まる以外では、なかなか乗ることができず、この国以上に入る資格が厳しいと聞く。

 あの船での生活をつづった私小説や旅行記を何冊も読んだ。

「あの船に友人が乗船したという噂を聞いてな。顔を見に行ってやろうと思ったんだが……」

「流石のゴルトアウルム号でも、海上で見つけるのは難しいんじゃ……」

 ゴルトアウルム号は魔法でできていて、魔法で動く不思議な船。大きくて、派手で目立つけど、それは港から見たときの感想で、やっぱり海に出てしまえば、船の一つであることに変わりはない。
 確かにあの船を探しているのなら、港で待つのも難しいだろうけど。定期便のように、決まった港に、決まった日時で停泊するわけじゃない。
 ゴルトアウルム号って、すごく大きいらしいから、見つけられると思ったのかな? 豪華客船なら、きらきらしているだろうし……。それでも、無理じゃない? 海は広いんだから。

「あ、でも、夜灯の国に降り立ったのは、ある意味運がいいかも。確か今年はうちの国に停泊する年だよ」

 人間は非常に強欲な生き物であると同時に、金がある人間は本当に捨ててもなお余る程金がある。
 この夜灯の国は安い店から、なにかの冗談みたいに高い店が揃っていて、高級店で一泊二日すると諸外国の平民の平均年収になる、なんてのはよくあることだ。なんならもっと高い店もある。
 それでも客足は途絶えないし、お気に入りの遊女や娼婦とすぐ遊べるように、他の客を取らせないよう金を積む客もいる。

 そういう、金遣いのいい客をゴルトアウルム号は欲している。なので、何年かに一度、この国にやってくるのだ。と言っても、結構間隔が開くみたいだけど。

 以前、夜灯の国の港に停泊したのは、わたしがまだ本当に小さい頃らしく、わたしの記憶にはない。覚えてないのは残念だけど、流石に歩くのもやっとな年齢じゃ仕方がない。
 この国に来た若者が、ゴルトアウルム号を見て、いつか乗ってみたいと夢を見て、その後成長したら……という期間、時間を空けているのかな? と思わずにはいられない。ゴルトアウルム号に乗れるくらい成功するには、二、三年そこらじゃ足りないだろうし。

 今年は夜灯の国に停泊する、というわたしの言葉を聞いたライールは、目を輝かせ始めた。

「いつだ? いつ来るんだ?」

 輝かしい目をするライールに、わたしは少し、言葉を詰まらせる。非常に言いにくいが……ゴルトアウルム号がやってくるのは十か月は先である。今年が始まったばかりなのに対して、ゴルトアウルム号がやってくるのは年末なのだ。

「ほとんど一年後だよ」

 こればかりは、ごまかしたところですぐに嘘だとばれるだろうから、素直に伝えた。
 しかし、わたしのその発言を聞いてもなお、ライールの輝きは失われなかった。

「そのくらい、すぐではないか!」

 ……五百年以上生きている吸血鬼は時間感覚がこうも人間とは違うのかあ。
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