10 / 30
☆酒好き追放聖女×俺様系伝説の吸血鬼
10
しおりを挟む
――一年後。
「温泉サイコー! お酒サイコー!」
わたしは昼間から露天風呂につかっていた。片手には酒。夢のような生活だ。
しかもこれ、自宅の風呂なのである。
なんでこんなものを持っているか、といえば、一重に、わたしがつい一か月前くらいまで、ドーンベルク公国の聖女として、後代を育てていたので、その礼にと、国から貰ったのだ。
わたしがノアト王国からシルムと一緒に逃げ込んだ一年前、丁度、ドーンベルクお抱えの聖女が急逝した、少し後だった。
亡くなった聖女は老婆だったので、後代を育ててはいたものの、育ち切る前に老衰で死んでしまい、困っていたのだという。
そんなところにわたしがやってきたので、どうか力を貸してください、とお願いされたのである。
最初は、細々と、カントラ公国の田舎町と同じように、その日暮らしをしていたのだが、わたしの噂が王の耳にまで届いたらしい。
もともとは別の国の出身の聖女だし、そもそもノアト王国とは聖女の勤務形態も全然違う。今回亡くなったというのは、数いる聖女を束ねる筆頭聖女という立場の方で、わたし一人でどうにかしていたノアト王国とは違い、この国の聖女たちは、【黒】の浄化、人々の治癒、人外種への対応、と三部署に分かれ、完全に組織化していた。しかも、筆頭聖女以外は王城直属ではなく、冒険者ギルドにも籍があったり、副業をしていたり。
そんな状況で、わたしが筆頭聖女になったところで役に立てるのか、疑問ではあったが――逆に、貴族家の後ろ盾を持ち、完全な王城勤務の経験がある聖女が今は一人もいないため、わたしに頼りたい、と言われてしまったのだ。
ちなみに、わたしが元々王城勤務であることが知られてしまったのは、ドーンベルクに来たとき、カントラ公国の通貨と、まだ換金していなかったノアト王国時代の硬貨をごそっと両替したことがきっかけである。カントラ公国のものはまだしも、ノアト王国の硬貨が王族関係者、もしくはそれに準ずる人間にしか手に入らないものだったらしく、そこから素性がばれた。
恐ろしい情報収集能力である。ちょっとした情報から全てをつなげるなんて。というか、そんなレアな硬貨を退職金としてよこしていたなんて……。知っていたらコレクターとかに売りつけていたのに。
閑話休題。
ここまでされれば、わたしだって引き受けるしかない。それに、これからこの国で生活することになるのだ。国の情勢が悪くなるのも嫌だし。
不安もあったが、無事に中継ぎと教育係を務めあげることができた。ノアト王国にいるよりも、ずっと平和に職務を全うできた気がする。人が多いから、割り振られる仕事も馬鹿みたいに多い、なんてことはなし、聖花ちゃんへ仕事の引継ぎをしていたときみたいに周りがギスギスしていることもない。
やっぱり人って大事。
それに、頑張れたのは――わたしと一緒に、この国へと来てくれた、シルムの存在も大きいかも。
「血を飲みたいから」と言って度々わたしのところに顔を出しに来てくれていたけれど、最終的には、わたしが借りていた王城近くの家に一緒に住み、わたしの代わりに家事をしてくれるようになったので、多分、血だけが目的じゃないのだろう。
そして――筆頭聖女の中継ぎと、次代の筆頭聖女の教育係を務めあげた報酬に、この一軒家を貰ったのである。
見た目は結構質素ではあるけれど、広さは二人で住むには十分だし、むしろ部屋が余っているくらい。露天風呂付きという点では、かなり豪華な部類だと思う。むしろ、見た目が質素な分、品がある。変にごてごてしていないというか。
しかも、露天風呂から見える景色がこれまたいい。ほぼ一年中冬みたいな国なので、ほとんどの日が雪景色ではあるけれど、まるで絵画のよう。いつでも雪見風呂が楽しめる。
立地は山の中だけれど、一応、ふもとの街までの道は整備されているからそこまで困ることもない。一年中雪が降っているような土地なので、家の玄関回りの雪かきは大変だけど。でも、北がいい、と言ったのはわたしなので、そこはせっせと頑張るのみだ。シルムだって手伝ってくれるし。
「――そう言えば、ノアト王国が大変らしいぞ。まあ、一年もよく持った方だとは思うが」
わたしと一緒に露天風呂に入っていたシルムが、ふと、思い出したように言った。
わたしはグラスに二杯目のお酒を注ぎながら、「ついに王政が終わったの?」と問う。
「そこまでではないが……ストラン帝国と同盟を結んだらしい」
「終わったようなもんじゃない」
王政が終わる、なんて、半分冗談で言ったようなものだったのだが、ほとんど正解のようだった。
ストラン帝国はノアト王国の隣にある大国。様々な民族を束ね上げ成り立っている国家だが――もともとは、様々な『民族』ではなく、複数の『国』だった場所だ。
同盟を結ぶ、という名目の元、じわじわと水面下で支配を進め、最終的には『民族』として他国を吸収する国。少し歴史を学べば、ストラン帝国がしてきたのは侵略であるというのは知れることだ。
わたしの生きている間はまだノアト王国でいられるかもしれないが、ストラン帝国自体が滅びない限り、百年、二百年後くらいには、ノアト王国は、ノアト族、という名称に変わっていることだろう。
とはいえ、ストラン帝国は様々な民族、人種、人外種が入り混じる国なだけあって、人外種関連の法律は世界トップクラスで整備されている。今のノアト王国の国民からしたら、ストラン帝国を参考に法律がガンガン決まっていくのは、悪いことではないのかもしれない。不幸中の幸い、と言うべきか、吸収された国家が、ストラン帝国おの支配下に置かれたとて、悪く扱われるわけではないみたいだし。虐殺されるとか、奴隷として売られるとか、そういう話は聞かない。
愛国心的な問題では最悪ではあるものの、今日明日を生きる心配をしなければならないほど人外種の被害にあっている人たちからすれば、人外種に対する法律がドンドン決まっていくというのは、再び安心して過ごせるようになることなのだから。
その結果がノアト王国のある種の崩壊だとしても――理想をご飯に人間は生きていけない。
まあ、王族は相当困るでしょうけど。
聖花ちゃんたちはどうなることやら。一代で王族が途絶える、とは思えないけど、わたしを逃した第二王子は何かしらの責任を取らされていることだろう。
「よくそんな情報が入ってくるわね」
「街では結構話題になっていたぞ。さすがにドーンベルクくらい離れていても、ストラン帝国が、また新たに同盟を結んだ、というのはニュースになるようだな」
食品の買い出しに行くついでに、情報を仕入れてきたようだ。顔がよく、魅了を使える彼のことだ。さぞかし情報を集めやすかったことだろう。
「――ま、あそこが同盟を結ぶって、そういうこと、だものねえ」
ここまでくれば、本格的にノアト王国の人間に再び声をかけられることを心配しなくてもいいだろう。目まぐるしく変わる政治に、聖女の一人を追う体力も資金力もないはずだ。
もちろん、シルムが、ノアトがもう追ってこれない場所、としてこのドーンベルクを選んだのだ。いつまた来るか、と不安になったことはあまりなかったが、一切心配してなかった、というのは嘘になる。
そのささやかな心配も、今日まで、ということか。
「もう、二、三年したら、きっとノアトもある程度落ち着くだろうし――一度カントラ公国に行ってみるか?」
「ああ、それもいいわね」
ノアトから逃げるようにしてドーンベルクにまで来たけれど、カントラに戻ることは一度もなかった。あの町の住民や、フレインが元気にしているか、気にしなかったわけじゃない。
ほとんど何も言わずに来ちゃったし。フレインたちには、一度ノアトに戻る、と言っているから、多分、彼女たちはいまだにわたしがノアトにいると思っていて、まさかドーンベルクにいるとは思っていもいないだろう。
あの国で過ごした日々も、今に負けないくらい楽しかった。また、フレインたちに会いたいな。
――でも、こうして、今、のどかな生活を送れるのは、あの晩、シルムがわたしを逃がしてくれたから。
わたしは、浴槽の近くに置いた盆の上に酒の入ったグラスを置いて、つつ、と指で下唇を撫でた。ぷつ、と血が滲む。その匂いに、ぴくりとシルムが反応する。
「――……マシバ?」
シルムの声は、期待の色を孕んでいた。
唇を切って血をあげるのは、後で手入れが大変なので好ましくないのだが、どうやらシルムはキスをしながら、唇で血を摂取するのが気に入ったらしいから、つい、ご褒美を、と思うと、唇を切ってしまうのだ。
だからか、わたしが唇を意図的に切るのは、ご褒美の合図だと、シルムも覚えてしまったようで――随分と、熱っぽく、こっちを見ている。
わたしはシルムに近づく。ちゃぷ、と湯が波打った。
この生活をくれた、あの場から助けてくれたシルムにお礼をするために、わたしはシルムの膝の上に載って、彼の口に血が入るよう意識しながら、血に濡れた唇で口づけた。
一年もすれば、唇の傷からシルムに直接血を飲ませるのもうまくなったものだ。
びくり、と肩を揺らして、最初はされるがままだったシルムも、ほんの数秒で持ち直したように、わたしの唇を食む。
きゅう、と目をつむって、わたしの下唇に食らいつくのがなんともかわいらしい。……多分、シルムは、キスをするときに、わたしが目を開けていることを知らない。シルムは律儀に毎回目を閉じているので。
「ん――っ」
シルムが甘えたような声を出す。するり、と腰にシルムの腕が周ったのを感じて、秘部で、ぐり、とシルムの欲を刺激すれば、バッと肩を掴まれ、引きはがされた。ざぱ、とお湯が大きな音を出して揺れる。
「わあ」
驚いた、というよりは、余りの素早さに感嘆の声が出る。いつもわたしにされるがままなのに、こういうときは早いのね。
「な、な――」
顔が赤いのは、のぼせたからじゃないだろう。目を丸くして、顔を真っ赤にして、言葉を失っていた。なんなら、少しばかり涙目である。よっぽど驚いたらしい。
まあ、なんだかんだ、こうしてシルムと裸(と言っても、体は今のようにタオルで隠していることがほとんどだが)の付き合いをしたり、途中までならば、もう数えきれないくらいだが――出会ってから一度も、最後まで致したことはなかった。
別にしたくなかったわけじゃないけど、タイミングがなかったというか。血を飲む度に、なんとなくそういう雰囲気にはなるのだが、わたしがつい、ちょっかいを出してしまい、いや、出し過ぎてしまい、シルムは体力と気力がなくなって、くったりとするのだ。
それを見るのが楽しいから、つい、手を出してしまうのだが。女を常にひんひん言わせていたであろうシルムが、指一本動かしたくない、と言わんばかりに快楽に溺れ切って弛緩しているのを見るのは、なかなかいい。
「いつも言ってるでしょ? 嫌なら嫌って言いなさい、って」
わたしはシルムの唇を触る。少しだけ、わたしの血が滲んでいるように見えた。彼の唇が、やけに赤くて色っぽい。
「やめる?」
「――マシバは、本当に酷い奴だな」
恥ずかしさを堪えられないように、シルムはわたしから目をそらす。
それでも、彼はわたしを押し飛ばしたりはしなかった。押しのけることすらしない。
まあ、風呂場だから下手に暴れると危ない、ということなのかもしれないが――それでも、彼が本気になれば、わたしをどかすことなんて造作もない。
わたしが聖女の力を使って彼を押し込めているのだと思い込んでいるのか、それとも――。
「無言は肯定とみなすわよ」
シルムにしなだれ、耳元でささやく。きゅ、と目を強くつぶっているのが、少しだけ見えた。
かりかりとあご下を撫でてやれば、「ぐっ」とくぐもった声が、シルムの口から漏れる。つい、可愛くて、シルムのあご下をよく撫でるものだから、性感帯に近しいものになってしまったのかもしれない。
もごもごと口ごもったのち、ようやく、シルムは言葉を吐き出した。
「だ、から――いつも、言っている。このオレを、こうした責任を取れ、と」
「ふふ、そうだったね」
今はこれがシルムの精一杯なんだろう。素直に愛をねだる彼も見てみたいが、これはこれで可愛いので、いいと思う。
――今は、まだ。
「大丈夫、死ぬまでちゃんと、責任、取ってあげるわよ」
そう言って、わたしはシルムの頭を引き寄せ、血を飲ませるためじゃない、愛しい者へ送るためのキスをした。
「温泉サイコー! お酒サイコー!」
わたしは昼間から露天風呂につかっていた。片手には酒。夢のような生活だ。
しかもこれ、自宅の風呂なのである。
なんでこんなものを持っているか、といえば、一重に、わたしがつい一か月前くらいまで、ドーンベルク公国の聖女として、後代を育てていたので、その礼にと、国から貰ったのだ。
わたしがノアト王国からシルムと一緒に逃げ込んだ一年前、丁度、ドーンベルクお抱えの聖女が急逝した、少し後だった。
亡くなった聖女は老婆だったので、後代を育ててはいたものの、育ち切る前に老衰で死んでしまい、困っていたのだという。
そんなところにわたしがやってきたので、どうか力を貸してください、とお願いされたのである。
最初は、細々と、カントラ公国の田舎町と同じように、その日暮らしをしていたのだが、わたしの噂が王の耳にまで届いたらしい。
もともとは別の国の出身の聖女だし、そもそもノアト王国とは聖女の勤務形態も全然違う。今回亡くなったというのは、数いる聖女を束ねる筆頭聖女という立場の方で、わたし一人でどうにかしていたノアト王国とは違い、この国の聖女たちは、【黒】の浄化、人々の治癒、人外種への対応、と三部署に分かれ、完全に組織化していた。しかも、筆頭聖女以外は王城直属ではなく、冒険者ギルドにも籍があったり、副業をしていたり。
そんな状況で、わたしが筆頭聖女になったところで役に立てるのか、疑問ではあったが――逆に、貴族家の後ろ盾を持ち、完全な王城勤務の経験がある聖女が今は一人もいないため、わたしに頼りたい、と言われてしまったのだ。
ちなみに、わたしが元々王城勤務であることが知られてしまったのは、ドーンベルクに来たとき、カントラ公国の通貨と、まだ換金していなかったノアト王国時代の硬貨をごそっと両替したことがきっかけである。カントラ公国のものはまだしも、ノアト王国の硬貨が王族関係者、もしくはそれに準ずる人間にしか手に入らないものだったらしく、そこから素性がばれた。
恐ろしい情報収集能力である。ちょっとした情報から全てをつなげるなんて。というか、そんなレアな硬貨を退職金としてよこしていたなんて……。知っていたらコレクターとかに売りつけていたのに。
閑話休題。
ここまでされれば、わたしだって引き受けるしかない。それに、これからこの国で生活することになるのだ。国の情勢が悪くなるのも嫌だし。
不安もあったが、無事に中継ぎと教育係を務めあげることができた。ノアト王国にいるよりも、ずっと平和に職務を全うできた気がする。人が多いから、割り振られる仕事も馬鹿みたいに多い、なんてことはなし、聖花ちゃんへ仕事の引継ぎをしていたときみたいに周りがギスギスしていることもない。
やっぱり人って大事。
それに、頑張れたのは――わたしと一緒に、この国へと来てくれた、シルムの存在も大きいかも。
「血を飲みたいから」と言って度々わたしのところに顔を出しに来てくれていたけれど、最終的には、わたしが借りていた王城近くの家に一緒に住み、わたしの代わりに家事をしてくれるようになったので、多分、血だけが目的じゃないのだろう。
そして――筆頭聖女の中継ぎと、次代の筆頭聖女の教育係を務めあげた報酬に、この一軒家を貰ったのである。
見た目は結構質素ではあるけれど、広さは二人で住むには十分だし、むしろ部屋が余っているくらい。露天風呂付きという点では、かなり豪華な部類だと思う。むしろ、見た目が質素な分、品がある。変にごてごてしていないというか。
しかも、露天風呂から見える景色がこれまたいい。ほぼ一年中冬みたいな国なので、ほとんどの日が雪景色ではあるけれど、まるで絵画のよう。いつでも雪見風呂が楽しめる。
立地は山の中だけれど、一応、ふもとの街までの道は整備されているからそこまで困ることもない。一年中雪が降っているような土地なので、家の玄関回りの雪かきは大変だけど。でも、北がいい、と言ったのはわたしなので、そこはせっせと頑張るのみだ。シルムだって手伝ってくれるし。
「――そう言えば、ノアト王国が大変らしいぞ。まあ、一年もよく持った方だとは思うが」
わたしと一緒に露天風呂に入っていたシルムが、ふと、思い出したように言った。
わたしはグラスに二杯目のお酒を注ぎながら、「ついに王政が終わったの?」と問う。
「そこまでではないが……ストラン帝国と同盟を結んだらしい」
「終わったようなもんじゃない」
王政が終わる、なんて、半分冗談で言ったようなものだったのだが、ほとんど正解のようだった。
ストラン帝国はノアト王国の隣にある大国。様々な民族を束ね上げ成り立っている国家だが――もともとは、様々な『民族』ではなく、複数の『国』だった場所だ。
同盟を結ぶ、という名目の元、じわじわと水面下で支配を進め、最終的には『民族』として他国を吸収する国。少し歴史を学べば、ストラン帝国がしてきたのは侵略であるというのは知れることだ。
わたしの生きている間はまだノアト王国でいられるかもしれないが、ストラン帝国自体が滅びない限り、百年、二百年後くらいには、ノアト王国は、ノアト族、という名称に変わっていることだろう。
とはいえ、ストラン帝国は様々な民族、人種、人外種が入り混じる国なだけあって、人外種関連の法律は世界トップクラスで整備されている。今のノアト王国の国民からしたら、ストラン帝国を参考に法律がガンガン決まっていくのは、悪いことではないのかもしれない。不幸中の幸い、と言うべきか、吸収された国家が、ストラン帝国おの支配下に置かれたとて、悪く扱われるわけではないみたいだし。虐殺されるとか、奴隷として売られるとか、そういう話は聞かない。
愛国心的な問題では最悪ではあるものの、今日明日を生きる心配をしなければならないほど人外種の被害にあっている人たちからすれば、人外種に対する法律がドンドン決まっていくというのは、再び安心して過ごせるようになることなのだから。
その結果がノアト王国のある種の崩壊だとしても――理想をご飯に人間は生きていけない。
まあ、王族は相当困るでしょうけど。
聖花ちゃんたちはどうなることやら。一代で王族が途絶える、とは思えないけど、わたしを逃した第二王子は何かしらの責任を取らされていることだろう。
「よくそんな情報が入ってくるわね」
「街では結構話題になっていたぞ。さすがにドーンベルクくらい離れていても、ストラン帝国が、また新たに同盟を結んだ、というのはニュースになるようだな」
食品の買い出しに行くついでに、情報を仕入れてきたようだ。顔がよく、魅了を使える彼のことだ。さぞかし情報を集めやすかったことだろう。
「――ま、あそこが同盟を結ぶって、そういうこと、だものねえ」
ここまでくれば、本格的にノアト王国の人間に再び声をかけられることを心配しなくてもいいだろう。目まぐるしく変わる政治に、聖女の一人を追う体力も資金力もないはずだ。
もちろん、シルムが、ノアトがもう追ってこれない場所、としてこのドーンベルクを選んだのだ。いつまた来るか、と不安になったことはあまりなかったが、一切心配してなかった、というのは嘘になる。
そのささやかな心配も、今日まで、ということか。
「もう、二、三年したら、きっとノアトもある程度落ち着くだろうし――一度カントラ公国に行ってみるか?」
「ああ、それもいいわね」
ノアトから逃げるようにしてドーンベルクにまで来たけれど、カントラに戻ることは一度もなかった。あの町の住民や、フレインが元気にしているか、気にしなかったわけじゃない。
ほとんど何も言わずに来ちゃったし。フレインたちには、一度ノアトに戻る、と言っているから、多分、彼女たちはいまだにわたしがノアトにいると思っていて、まさかドーンベルクにいるとは思っていもいないだろう。
あの国で過ごした日々も、今に負けないくらい楽しかった。また、フレインたちに会いたいな。
――でも、こうして、今、のどかな生活を送れるのは、あの晩、シルムがわたしを逃がしてくれたから。
わたしは、浴槽の近くに置いた盆の上に酒の入ったグラスを置いて、つつ、と指で下唇を撫でた。ぷつ、と血が滲む。その匂いに、ぴくりとシルムが反応する。
「――……マシバ?」
シルムの声は、期待の色を孕んでいた。
唇を切って血をあげるのは、後で手入れが大変なので好ましくないのだが、どうやらシルムはキスをしながら、唇で血を摂取するのが気に入ったらしいから、つい、ご褒美を、と思うと、唇を切ってしまうのだ。
だからか、わたしが唇を意図的に切るのは、ご褒美の合図だと、シルムも覚えてしまったようで――随分と、熱っぽく、こっちを見ている。
わたしはシルムに近づく。ちゃぷ、と湯が波打った。
この生活をくれた、あの場から助けてくれたシルムにお礼をするために、わたしはシルムの膝の上に載って、彼の口に血が入るよう意識しながら、血に濡れた唇で口づけた。
一年もすれば、唇の傷からシルムに直接血を飲ませるのもうまくなったものだ。
びくり、と肩を揺らして、最初はされるがままだったシルムも、ほんの数秒で持ち直したように、わたしの唇を食む。
きゅう、と目をつむって、わたしの下唇に食らいつくのがなんともかわいらしい。……多分、シルムは、キスをするときに、わたしが目を開けていることを知らない。シルムは律儀に毎回目を閉じているので。
「ん――っ」
シルムが甘えたような声を出す。するり、と腰にシルムの腕が周ったのを感じて、秘部で、ぐり、とシルムの欲を刺激すれば、バッと肩を掴まれ、引きはがされた。ざぱ、とお湯が大きな音を出して揺れる。
「わあ」
驚いた、というよりは、余りの素早さに感嘆の声が出る。いつもわたしにされるがままなのに、こういうときは早いのね。
「な、な――」
顔が赤いのは、のぼせたからじゃないだろう。目を丸くして、顔を真っ赤にして、言葉を失っていた。なんなら、少しばかり涙目である。よっぽど驚いたらしい。
まあ、なんだかんだ、こうしてシルムと裸(と言っても、体は今のようにタオルで隠していることがほとんどだが)の付き合いをしたり、途中までならば、もう数えきれないくらいだが――出会ってから一度も、最後まで致したことはなかった。
別にしたくなかったわけじゃないけど、タイミングがなかったというか。血を飲む度に、なんとなくそういう雰囲気にはなるのだが、わたしがつい、ちょっかいを出してしまい、いや、出し過ぎてしまい、シルムは体力と気力がなくなって、くったりとするのだ。
それを見るのが楽しいから、つい、手を出してしまうのだが。女を常にひんひん言わせていたであろうシルムが、指一本動かしたくない、と言わんばかりに快楽に溺れ切って弛緩しているのを見るのは、なかなかいい。
「いつも言ってるでしょ? 嫌なら嫌って言いなさい、って」
わたしはシルムの唇を触る。少しだけ、わたしの血が滲んでいるように見えた。彼の唇が、やけに赤くて色っぽい。
「やめる?」
「――マシバは、本当に酷い奴だな」
恥ずかしさを堪えられないように、シルムはわたしから目をそらす。
それでも、彼はわたしを押し飛ばしたりはしなかった。押しのけることすらしない。
まあ、風呂場だから下手に暴れると危ない、ということなのかもしれないが――それでも、彼が本気になれば、わたしをどかすことなんて造作もない。
わたしが聖女の力を使って彼を押し込めているのだと思い込んでいるのか、それとも――。
「無言は肯定とみなすわよ」
シルムにしなだれ、耳元でささやく。きゅ、と目を強くつぶっているのが、少しだけ見えた。
かりかりとあご下を撫でてやれば、「ぐっ」とくぐもった声が、シルムの口から漏れる。つい、可愛くて、シルムのあご下をよく撫でるものだから、性感帯に近しいものになってしまったのかもしれない。
もごもごと口ごもったのち、ようやく、シルムは言葉を吐き出した。
「だ、から――いつも、言っている。このオレを、こうした責任を取れ、と」
「ふふ、そうだったね」
今はこれがシルムの精一杯なんだろう。素直に愛をねだる彼も見てみたいが、これはこれで可愛いので、いいと思う。
――今は、まだ。
「大丈夫、死ぬまでちゃんと、責任、取ってあげるわよ」
そう言って、わたしはシルムの頭を引き寄せ、血を飲ませるためじゃない、愛しい者へ送るためのキスをした。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【R-18】クリしつけ
蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる