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☆酒好き追放聖女×俺様系伝説の吸血鬼

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 シルムと過ごした一夜から一週間。
 わたしは楽しかったけれど、シルムはもう会いにこないかもしれないな、なんて、思いながら、公園のベンチでのんびり、屋台で買った焼肉串を食べていた。

 公園のそばでやっている屋台は、日によって違う。多分、何人かが、ローテーションで、使用許可が出ている場所を使っているのだろう。この焼肉串を売っている屋台は、あまり見かけないので、屋台がやっているとつい買ってしまう。甘辛くて、元の世界の照り焼きに似ているので、懐かしくて好きなのだ。元の世界で生活していたのはもう十年も前のことになるけれど、どうにも恋しくなることもあるのだ。

 焼肉串を堪能していると、地面を踏みしめる音が妙に響く。顔を上げると、シルムがそこにいた。走ってきたのか、息が上がっている。

「おま、お前! 今までどこに……っ!」

 わたしを指さすシルム。

「どこに、って言われても……」

 わたしは常にその辺をぷらぷらしている無職だ。特に、今日みたいに天気のいい日は、気ままに歩いて散歩をしている。文字通り、歩くことが目的の歩行。
 そうじゃなくたって、いつものわたしは気が向いたときに適当な酒場に入って、怪我や病気を治す。お金の心配はいらないし。

 王城から追い出されるときに『退職金』としてたんまり貰ったし、ここはノアトと違って物価が安いので、食べるだけ、泊まるだけ、という生活をしていれば、ノアト王国にいたときの何倍もお金がかからない。
 なので、こうして思いついたことを思いついたままに行動するだけの生活を送っていて、困ることはない。

 わたしは基本この国にいて、今いる町が拠点だが、別にシルムと初めて出会った料理屋を拠点にしているわけではない。宿が併設されていて便利だからよく使うものの、必ずしもあの場所にいるとは限らない。
 気が向いたときに酒場にいたり、街中を歩き回っていたり。パッと気分で乗り合い馬車に乗って隣町に行くこともある。

 このあたりの人間だったら、わたしがかなり適当な生活を送っていて、意外と捕まらないことを知っているはず――ああ、こいつ、旅人だから教えてくれるような人、いないのか。

「オ、オレがどんな思いであの店へまた行ったと……!」

「え、来てくれたの?」

 てっきりもうこないとばかり。あの晩、わたしは楽しんだけれど、シルムに気を遣った記憶はない。だいぶ一方的だったから、むしろ嫌われたのだと思っていた。

「う、うう、うるさい! お前の血を飲んで、もう、他の血なんか……っ」

 段々言葉が小さくなっていく。最後の方なんか、ごにょごにょと彼の口の中に納まってしまって、ほとんど聞こえなかった。
 でも、まあ、みなまで言わなくとも、言いたいことは分かる。
 聖女の血が美味しすぎて、他で満足できなくなったんだろう。

 あーあ、可哀想に。

 聖女は基本、誰かに囲われている。
 聖女としての能力が強いか、国全体に聖女の数が少ないと、ノアト王国のように王城に住まわせるところもあれば、神殿に閉じ込める場所もある。勿論そんな規模がでかい話ばかりでもなく、町の病院に勤務しているとか、冒険者パーティーに所属しているとか、そういうパターンも少なくない。

 でも、皆、共通して、常に誰かが傍にいて、守られているものなのである。同時に、【黒】を浄化でき、人の病気や怪我を癒し、あまつさえ人外種に対して物理的に強く出られるという便利な人間を逃がさないように、監視している。

 わたしはそう教えられてきたし、実際、わたしがこの世界に連れてこられてから、本当の意味で一人になったのは、ノアト王国を出た後のことである。
 ノアト王国の聖女時代、たまに、ノアト王国へ他国の聖女が足を運んできて、会談することもあったけれど、その彼女ら全員の隣に、誰かしらが存在した。
 こんな風に自堕落に、平日の昼間に公園で一人、屋台の焼肉串を食べている聖女なんて、そうそういないのである。

 少なくとも、この世界に来て十年弱、一切聞いたことがない。

 だから、本当に聖女の血しか飲めなくなったというのなら、わたしのところに来るしかない。他の聖女のところに行ったとして、手が出せないのだ。

「まあ、血くらい飲ませてもいいけど……」

 吸血鬼は非常に燃費がいいので、人間よりもずっと、飲み食いをしないで正常に活動出来る期間が長い。
 吸血鬼の腹がすぐ一杯になるからといって、毎日は流石に困るが、連日じゃなければ別に、血の提供くらい、構わない。彼に聖女の血を覚えさせてしまったの、わたしだし。
 わたしがそう言うと、シルムの顔が一瞬、パッと明るくなって、すぐに険しい表情に戻る。喜んでいる反応をわたしに見られたくないのかもしれないが、それは逆効果だと思うよ。

「とはいえ、今すぐは無理だけど」

 わたしがそう言うと、「何故だ!」とシルムが声を上げた。

「……昼間から、お盛んだね」

 前回、飲もうとしてどうなったか忘れたんだろうか、と思いながら、言ってしまう。すぐには言葉を理解できなかったのか、不思議そうな顔をしていたが、徐々に彼の顔が赤くなった。

「そ、そんなんじゃない!」

 彼の声が裏返る。肌の色が白いので、顔の赤さが酷く目立った。

「――……というか、話変わるけどさ、吸血鬼って、日光浴びて平気なの? それこそ、真昼間から普通に闊歩しちゃってさ」

 日光って吸血鬼の弱点じゃなかったっけ。

「いつの時代の話だ。吸血鬼が日光に弱いだなんて、人間と吸血鬼の交流が皆無だった時期の、人間側の勘違いだぞ。……確かに、多少能力に制限は出るが、普通にしている分には問題ない」

「そうなの? じゃあ、昼間から『活動的』なんだ?」

「お前な……」

「ま、そうじゃなくても、今からは無理だよ。これから仕事があるの」

 わたしは言ってから、焼肉串に刺さっている、最後の肉を横からかじった。

 仕事――そう、仕事。
 その日暮らしで、酒場や料理屋でサクッとその場の飲食代を稼ぐようなものがメインの収入源であるわたしがわざわざ『仕事』と称するのは、冒険者ギルドの後方支援である。
 なんでも、大規模討伐をするらしい。そのため、後衛サポートが必要なのだという。

 ――この世界、魔法で戦おう、と言う人はなかなかいない。というのも、魔法という技術は、かなり専門的で、魔法を究めようとしたら、生活のほとんどを、魔法の勉強や研究に注がないといけない。戦闘経験を積むことはおろか、筋トレや運動自体おろそかになってしまう。

 そんな人間は当然、戦場に居ても足でまといなのである。
 自分の判断で行動できないし、自分の身を自分で守ることができない。たとえ魔法を使えたとしても、そんな人間がいたら邪魔でしかないので、結局は肉弾戦最強という結論に至るらしい。

 とはいえ、例外がいる。
 それがわたしたち、聖女の力を持つ者だ。

 聖女は、普通の魔法ではできない、浄化や治癒の力を持つので、元より【黒】があるような危険な場所に赴くことが多い。戦闘経験がなくとも、危険を察知し、自ら逃げるなり、自分が最適だと思う行動を、ひるまずにできる。

 そして、怪我人の治療も聖女の仕事であり、手足のない人間なんかも見慣れている。ゆえに、戦闘中、腕が飛ぶ場面に直面したところで腰をぬかしたりパニックになることもほとんどない。流石に限度はあるものの、大抵の魔法官よりはマシなのだ。
 勿論、女なので非力ではある。でも、人外種に対する抵抗力も持ち得ているので、常に守られているだけではない。

 そんなこともあって、人外種の大規模討伐が行われるようなときは、まれに後方支援要員として呼ばれるのだ。
 まあ、基本は一つの領地に一人か二人しかいないのが当たり前の聖女ではあるが、たまたまわたしという、野良の聖女がいることを知られたので、お呼びがかかったのだろう。きっと、わたしがいなければ、遠い地から冒険者パーティー所属の聖女や、領主様直属の聖女など、本来この地に元からいる聖女に声をかけたはずだ。

「大規模討伐だから、多分、ここに帰ってくるまでに半月はかかると思うけど……」

 なんでも、鬼の里を強襲するらしい。数年前に里が作られてから、ずっと討伐できずに被害を受けているらしいが、ここ一年で一気に鬼が勢力を伸ばしているので、わたしがいるならもっと被害が酷くなる前に、と潰してしまいたいらしい。

 ちなみに鬼とは、だるまのような体に手足とツノが生えている、全長一メートル前後の人外種だ。元の世界での鬼のイメージである、人に似た形を持ちつつもツノを生やしている鬼人(おにびと)とは違い、言葉が通じなければ人間の常識も通じない。人を食べるタイプの人外種なので、討伐対象である。鬼人は人と共存したりしなかったり、と国によって違うようだが。

「半月!? そんなにか!? ……あ、い、いや、別に残念がってなど……」

 声が裏返るほど驚いていたのに、急にスッと取り繕うシルム。だから隠せてないって。

「ま、まあ? どうしてもというのなら? この伝説の吸血鬼であるシルム・ヴァカニルが加勢してやってもいいが?」

「えっ、別にいい」

 わたしは反射で答えていた。シルムの戦闘力がどんなもんか知らないし……。大規模討伐というのなら、既にある程度作戦も決まっていると思うから、彼が加わったところでさほど影響はないと思うのだが。
 そう思ったが、むすっと拗ねたような顔で、シルムは「どうしてもというなら? 加勢するが?」と再度言った。今度はちょっと語気が荒い。

 どうしても、と言わせたいんだろうが、別にこっちは参加してもらわなくてもいいんだけどな。
 そう思いつつも、ちらちらとこっちをうかがいながら「どうしてもというなら?」というシルムが可愛く見えてきてしまったので、「じゃあお願い」というと、一瞬、パッと顔を明るくして、すぐにキリっと表情を取り繕う。

「そうだろう、このシルムが加勢すれば、大規模討伐だろうとなんだろうと、すぐに終わるさ!」

 どや顔で言うシルム。そう言うところが幼くて可愛いんだけど……本人に言うと、またへそを曲げるかもしれないので、黙っておこう。

「んじゃ、さっさと冒険者ギルドに顔出しますか」

 そろそろ来てほしいと言われていた時間も近いし、ちょうどいい頃合いだろう。休憩と腹ごしらえを兼ねて焼肉串を食べていたので、元より、これが食べ終わったら冒険者ギルドに向かうつもりだったのだ。
 わたしは公園のごみ箱に食べ終えた焼肉串の串をぽいっと捨てると、シルムの方を見る。

「――で、冒険者ギルドはどこにあるんだ?」

「……」

 分からないのにあんな偉そうな態度をしてたのか……。半ば呆れながらも、冒険者ギルドに向かう。
ギルドの扉を開けたわたしたちを出迎えたのは、ショートカットの白髪が綺麗な、猫の獣人の女性職員だった。

「これはこれは聖女様! 今回はお世話になります、にゃー」

 人と比べて平均的に小柄な体格が多い獣人の中でも、輪をかけて小さい彼女は、『需要』と言うものを理解しているのか、語尾に、「にゃー」とつける。多分、それはあくまで『設定』のようで、口癖ではない様子。たまにつけ忘れているし、ちょっとイントネーションが不自然。
 でも似合っているので、誰も何も言わない。いや、肯定的な意見は結構聞くかも。

「おや、聖女様、そちらの方は誰ですか? にゃー」

 ギルドにやってきたのがわたしだけでなかったことに気が付いたようで、彼女は小首をかしげる。

「わたしの知り合い。大規模討伐に参加してくれるんだって」

「それはありがたい! こちらの参加名簿にお名前を……あ、文字、書けますかにゃ?」

 シルムは「問題ない」と名簿を受け取り、名前を書いていた。……シルムって、意外と綺麗な字を書くんだな……。別に悪筆なイメージはなかったけれど、まるでおしゃれなフォントで印刷されたような字だ。
 ちなみに、大規模討伐は冒険者以外でも参加できる。普段は傭兵の人だったり、王城から騎士団の人間が来ることもある。ただ、主催は冒険者ギルドなので、冒険者として参加する方が報酬がいいのだが。

 わたし自身は冒険者としてギルドに登録しているわけではないので、他の後方支援の冒険者よりも若干報酬が少ない。お金に困っているわけではないので、別に構わないんだけど。下手に冒険者ギルドに登録して、行動を制限される方が嫌なので、冒険者登録はしない。
 シルムはさらっと名前を書くと、名簿を女性職員に渡した。

「はーい、お預かりしますにゃー。 えーっとお名前は……シルム……しっ、シルム・ヴァカニル!? 嘘でしょ!?」

 女性職員は、すっかり『設定』を忘れて、目を丸くしている。女性職員の叫びが、他の参加者にも届いたようで、かなりざわざわと周囲の声が大きくなった。
 そのざわめきはどれも、シルムの名前を聞いて驚いているようなものが多い。

 ……シルムって、そんなに凄いの?
 わたしは思わず彼の顔を見てしまう。

 わたしの視線に気が付いたシルムが、ふんっ、と鼻を鳴らした。

「当然だ、あのシルム・ヴァカニルだぞ。この反応が普通なんだ」

「ふーん」

 わたしにとっては、わたしにいい様にされてべそべそ泣きながら血を吸っている可愛くて可哀想な男、という印象しかないのだが、どうやら本当に有名人らしい。

「凄い! これなら、この大規模討伐も安心ね! ……あ、安心ですにゃー!」

 きらきらとした目でシルムを見る女性職員を見ると、不思議な気持ちになる。本当に強いのか……?
 まあ、それは大規模討伐が始まってみれば分かることだ。
 わたしはそう思いながら、女性職員から名簿を受け取って、わたしも名前を書き込んだ。

 ちなみに、わたしの方の名前も少しは知れ渡っているようで、マシバ・パトリッチェ、という名前を見られた後、少し同情されたような目で見られた。そういえば、彼女には名前を言ってなかった気がする。
 わたしのところにやってくる客の中から、冒険者ギルドへと、野良の聖女がいると話が行ったみたいだけど、皆が皆、わたしのことを「嬢ちゃん」とか「聖女様」とか呼ぶので、名前までは正確に伝わってなかったらしい。

 女性職員の反応を見たシルムに、また鼻で笑われたので、むっとして、わたしは彼の足を踏み抜いた。
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