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 カンカンカン、と三度鐘がなる。昼を知らせる鐘の音だ。
 あれからグリオットがよほど目を光らせていたのか、オルキヘイがちょっかいを出しに来ることはなかった。このまま庫内でくれるといいのだが……。
 というか、彼らはいつ帰るのだろう。早く平穏が戻ってきてほしい。
 わたしはため息を吐き、術具と修理道具を片付ける。
 ちなみにアルベルトの剣は結局原因が分からず、魔力を込め直してそのまま返した。

 わたしではなく、彼だったら――ウィルエールだったら、あっさり原因をつきとめられたのだろうか。
 ウィルエールはわたしの数少ない友人だ。貴族時代に限れば、唯一と言っても過言ではない。
 彼は最年少で術式学院に入学し、異例の速さで飛び級進学をこなし、卒業すら最年少の記録を奪ったまぎれもない天才だ。
 卒業後はしばらく独自の研究をしていたとかで、王宮術士長就任の最年少は飾れなかったが、それにしたって早くに術士長まで上り詰めた。
 グリオットという、見知った顔を見てしまったからか、懐かしくなって会いたくなる。
 彼は王宮勤めだから、国を出られないのは分かっている。だからもう、会えないだろうことも。
 だからこそ、このプリラーノのネックレスを持ってきたのだ。
 言いようのない懐かしさを我慢するように、わたしはそっとネックレスを握りしめた。

「…………よし」

 気を入れ替えてわたしは修理店を出て、ノブにかけた札をひっくり返し、開店中から準備中にする。
 しんみりしている暇はない。急いで食べに行かねば。
 冒険者ギルドに併設されている食堂は二種類ある。二十四時間いつでも利用できるものと、昼と夜に二時間づつのみ開かれるものだ。前者は有料で、後者は冒険者であれば無料で食べられる。
 高い報酬金の依頼をこなす冒険者ばかりが集まるランスベルヒなので、後者の利用客は少ないものの、量こそ命! みたいな料理を出されるので、食べ切るのに時間がかかるのだ。少なめで、と頼んでみてもまだ多い。
 それに、需要が少ないからこそ席自体が少なく、ギルド職員の給料日前なんかは金欠の職員で埋まってしまう
 修理店の収入はそこまで多いわけではないので、毎食お金を出していたらすぐに金欠になってしまう。
 なので、わたしは基本的には無料の食堂の方を使っていた。
 今日はまだ利用者が少ないようで、ちらほらとしか席が埋まっていない。料理を受け取る列も、一人二人並んでいるだけだ。
 わたしが列に並ぶと、その後ろにマルシがやってきた。一週間かそのくらいしか会っていなかっただけなのに、なんだか随分久しぶりな気がした。気のせいかな。

「やあ、フィオディーナさん。依頼はどうだった?」

 トレイを取りながらマルシが話しかけてくる。そう言えば彼にその後の報告をしていなかった。まあ、エステローヒから帰ってきて、今初めて会ったのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。

「ええ、依頼は達成しましたわ。……一応」

 あのブローチのことが一瞬頭をよぎったが、言わないことにした。彼に言ったって分からないだろう。

「どんな依頼受けたの?」

「スレムルムの討伐依頼ですわ」

 わたしがそう言うと、彼はぎょっとしたように目を丸くした。

「討伐依頼!? なんでまた……。てっきり採集依頼をするんだと思ってた」

「わたしもそのつもりだったんですけれど、アルベルトが『共同で依頼を受けるならスレムルムの討伐が楽だぞ』とおっしゃったので。先輩なわけですし、そんなもんなのかなあと」

 あちゃあ、と言わんばかりの表情で、マルシは片手で軽く頭を抱えていた。

「だからって普通、女の子が初めての依頼で討伐依頼をする? ましてや貴族の……おっとと」

 慌てたように彼は口元に手をやった。
 わたしが貴族であったことを絶対的に隠しているわけではないが、好き好んで言いふらしたりもしていない。
 どちらかと言えば知られたくない方ではある。エンティパイアの貴族がこんなところにいるなんて、馬鹿をやらかしたからでしかないのだから。
 わたしが積極的に知られたくないと思っていることをマルシも分かっているようで、言葉を濁したあと、「冒険者一族ってわけでもないのに」とごまかした。

「抵抗なかったの?」

 その言葉に、わたしはきょとんとしてしまった。……そう言えば全然抵抗なかったな。
 うまくやれるかの緊張はあったが、命を奪うことの恐怖はあまりなかった。アルベルトが進めるなら下手なことにはならないだろう、と深く考えずに依頼を受けてしまった。
 ……拍子抜けするくらいあっさり終わってよかった。いざその瞬間に直面したら、ひるんで攻撃できず、大怪我を負っていた可能性が高い。

「……もし次があればもっと考えて依頼受けることにしますわ」

 予想以上に、わたしの口からげんなりとした声が出た。それで全てを察したのか、マルシは深く突っ込んでこず、「そうしな」とだけ言った。

 そんなことを話していると、わたしの順番が回ってきた……のだが。

「何をなさってるんです……?」

 料理の受け渡し口にいたのはコウンベールだった。質のよさげな服の上にくたびれたエプロンをつけ、頭にはバンダナまでつけていた。
 はっきり言ってめちゃくちゃ似合わない。まあ食堂のおばちゃんスタイルが似合う貴族はぞれはそれで見たくない。

「ああ! フィオディーナ嬢、お疲れ様です! 折角の機会ですから、体験しておけることは体験して、おこう、か、と……」

 はつらつと話していたコウンベールの声がどんどん尻すぼみになっていった。挙句、がしゃんと、手に持っていた食器を落としてしまった。
 どうしたのかと彼の表情を見れば、一点を見つめたまま、驚愕の表情で固まっていた。
 コウンベールの視線をたどれば、その先にはマルシがいる。

「……マルスティン様?」

 コウンベールの口からは、マルシのものではなく、別の名前がこぼれていた。
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