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09.再召喚系異世界転移ですってよ 後
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「は~、何あれ! 腹立つ! むかつく!」
ぱくり、とやけくその様にわたしはジャムパンに噛みついた。お、意外とおいしい。
適当に転移した先は、王都に比較的近い場所にあるという、とある農村に来ていた。名物というらしいジャムパンを買って、わたしたちは広場のベンチに腰を下ろしていた。
今日はまだ何も食べていないのに召喚されてしまったのだ。お腹が空いて仕方ないのだ。
がつがつとパンを食べ進めるわたしとは反対に、エルはパンを持ったまま、どこか遠くを見ているようだった。
「……オレも、オレも青葉と初めて会ったときは、あんな感じだったと思うが」
「えー? そうだっけ?」
思い返してみれば、確かにそうだったかもしれない。うーん、そのあとの共同生活が楽しすぎてすっかりすっ飛んでしまっていた。
「でも、妙に偉そうな奴に、友だちを馬鹿にされたらその時点で憤慨ものよ!」
「友だち……」
慣れない、と言わんばかりにエルはその言葉を繰り返した。友だちいないんか? こいつ。まあ、確かに、王族ともなれば、そうそう気安い仲の人間なんていないかもしれないが――いや、でも、いわゆる『ご学友』みたいな、そういう仲の人間、いるもんじゃないの?
まあ、貴族社会で生きたことがないわたしにとって、王族とか、完全に物語の中のものでしかない。実際にその立場で生きているエルにしか分からないものも、あるんだろう。
「ねえ、エル」
パンを平らげ、わたしはエルの方を見ず、空を見上げながら言った。
「――わたしと、帰る?」
わたしで言う、日本に。
エルで言う、異世界に。
二人で暮らした、あのアパートに。
わたしなら、それができる。今ここで、エルの手を握って、強制帰還をすればいい。そうすれば、昨日と変わらない、オタクライフがある日常を過ごすことが出来るのだ。
長い沈黙の後、エルは絞り出すように、「……それはできないな」と小さく言った。
「たとえ王位継承権が低かろうと、見捨てられるかもしれない立場にいようと、こうしてまた呼び出してもらえたのなら、王族としての責務を果たさねばなるまい。だから――戻れない」
戻れない、と来たか。まあ、それはそうか。
わたしも、断られる気はしていた。だからこそ、エルの顔を見て、提案することが出来なかった。
いつだか、二人で迷い込んだ異世界を見捨てようとしたのとは、わけが違う。エルにとって、見知らぬ世界じゃない。
この世界こそが、彼の生まれ育った世界で、エルのいるべき場所なのだ。
「だが――青葉は、帰ってほしい。青葉には、青葉の、大切なものがあるだろう」
そう言われてしまえば、わたしは二の句が継げない。なにせ、事実なのだから。
最初の頃と違い、迷いはある。迷いはあるが――結局、わたしが選ぶものは、最初から変わっていない。
いや、本当にそうか?
「……ねえ、エル。世界の浄化って、どのくらいかかるものなの?」
「え……」
わたしの言葉が予想外だったのか、エルは驚愕に満ちた声をこぼした。いや、まあ、そうだろうね。わたしがオタク生活より、エルと取ると、本気で思ってなかったんだろうね。わたしもそう思う。
流石に一生かかる、なんて言われたら考えちゃうけど、一年、二年くらいなら……まあ、残るのもありかもしれない。そのくらいの長さなら、今から始まるソシャゲイベントも復刻イベントとして登場するだろうし。まあ、サービス終了ばっかりはどうにも言えないが……今プレイしているソシャゲの中で一番入れ込んでいるしんぶーは、あと十年は運営しているはずだから、しんぶーに関しては心配していない。
なにせ、神様にお願いして十年安泰が確定しているのだから。
それに、わたしは帰る手段を持っている。いつぞやの、わたしのクローゼットに異世界をくっつけたお貴族様の様に、焦って帰る手段を探す必要もない。
というか、今、わたしの世界は大変なことになっているのだから、いっそ一年か二年くらい、こっちに避難するのもアリじゃないか……? だって、さっきは普通に転移魔法使えたもんね。あの『××××しないと出られない部屋』から脱出するときはラグがあったし、日本に帰ろうとするとなにかしらラグが発生するのだろう。
どうせあと一年はリアルイベントも難しいだろうしなー。
「……早くて半年、長くて五年……くらいだろうか」
「随分と差があるね?」
まったく先が見えない戦いになるのだろうか? と思っていたが、どうやら違うらしい。
「世界の淀みを根本的に直そうとしたら、早くて五年はかかる。しかし、国内だけにとどめるのなら、半年もあればかなり改善されるはずだ」
それ、半年だけの滞在だったら、またいずれ同じような問題が起きるのでは……? と思ったが、あまり突っ込まないようにして置こう。五年は流石に考えてしまう長さだ。五年も一切ソシャゲに触れないのは心が死ぬ。わたしには分かる。この世界に似たような娯楽があるのか分からないしなー。エルのアニメやゲームへのハマりようを見ると、なさそうな気がする。
というか、普通に冷蔵庫とか、その他もろもろ、長期間不在にする準備をしてきてないしな。光熱費は引き落としだし、口座にお金はあるからその辺は心配しなくていいけど、五年後に帰って、冷蔵庫の掃除とか……ああ、考えたくもない。
「無理をしなくていい。もし、国内の浄化活動をしてくれるのなら――それだけで十分だ」
「エル……」
そうは言うが、またそのうちエルが困ってしまうのは、ちょっと考えものだ。
わたしは、パッとステータスウィンドウを開いた。
実のところ、わたしはこのステータス画面をじっくり見たことが一度もない。普段から強制帰還の魔法くらいしか使わないからだ。たまに、エルに言われて違う魔法を使ったりもするが、それは最初からどんな魔法を使うか決まっているので、どういう魔法があるか、とじっくり吟味することはなかった。
しかし、これは神様を欺き、出し抜くことも可能なチート魔法だぞ。何か、この現状を解決するような魔法は……ん?
「ねえ、エル、これって――」
一つひとつ、魔法の効能を確認しながら、良さげな魔法を探していると、一つの魔法に気が付く。
それは、『転移魔法』のカテゴリにあった。名前は、――召喚魔法。
ぱくり、とやけくその様にわたしはジャムパンに噛みついた。お、意外とおいしい。
適当に転移した先は、王都に比較的近い場所にあるという、とある農村に来ていた。名物というらしいジャムパンを買って、わたしたちは広場のベンチに腰を下ろしていた。
今日はまだ何も食べていないのに召喚されてしまったのだ。お腹が空いて仕方ないのだ。
がつがつとパンを食べ進めるわたしとは反対に、エルはパンを持ったまま、どこか遠くを見ているようだった。
「……オレも、オレも青葉と初めて会ったときは、あんな感じだったと思うが」
「えー? そうだっけ?」
思い返してみれば、確かにそうだったかもしれない。うーん、そのあとの共同生活が楽しすぎてすっかりすっ飛んでしまっていた。
「でも、妙に偉そうな奴に、友だちを馬鹿にされたらその時点で憤慨ものよ!」
「友だち……」
慣れない、と言わんばかりにエルはその言葉を繰り返した。友だちいないんか? こいつ。まあ、確かに、王族ともなれば、そうそう気安い仲の人間なんていないかもしれないが――いや、でも、いわゆる『ご学友』みたいな、そういう仲の人間、いるもんじゃないの?
まあ、貴族社会で生きたことがないわたしにとって、王族とか、完全に物語の中のものでしかない。実際にその立場で生きているエルにしか分からないものも、あるんだろう。
「ねえ、エル」
パンを平らげ、わたしはエルの方を見ず、空を見上げながら言った。
「――わたしと、帰る?」
わたしで言う、日本に。
エルで言う、異世界に。
二人で暮らした、あのアパートに。
わたしなら、それができる。今ここで、エルの手を握って、強制帰還をすればいい。そうすれば、昨日と変わらない、オタクライフがある日常を過ごすことが出来るのだ。
長い沈黙の後、エルは絞り出すように、「……それはできないな」と小さく言った。
「たとえ王位継承権が低かろうと、見捨てられるかもしれない立場にいようと、こうしてまた呼び出してもらえたのなら、王族としての責務を果たさねばなるまい。だから――戻れない」
戻れない、と来たか。まあ、それはそうか。
わたしも、断られる気はしていた。だからこそ、エルの顔を見て、提案することが出来なかった。
いつだか、二人で迷い込んだ異世界を見捨てようとしたのとは、わけが違う。エルにとって、見知らぬ世界じゃない。
この世界こそが、彼の生まれ育った世界で、エルのいるべき場所なのだ。
「だが――青葉は、帰ってほしい。青葉には、青葉の、大切なものがあるだろう」
そう言われてしまえば、わたしは二の句が継げない。なにせ、事実なのだから。
最初の頃と違い、迷いはある。迷いはあるが――結局、わたしが選ぶものは、最初から変わっていない。
いや、本当にそうか?
「……ねえ、エル。世界の浄化って、どのくらいかかるものなの?」
「え……」
わたしの言葉が予想外だったのか、エルは驚愕に満ちた声をこぼした。いや、まあ、そうだろうね。わたしがオタク生活より、エルと取ると、本気で思ってなかったんだろうね。わたしもそう思う。
流石に一生かかる、なんて言われたら考えちゃうけど、一年、二年くらいなら……まあ、残るのもありかもしれない。そのくらいの長さなら、今から始まるソシャゲイベントも復刻イベントとして登場するだろうし。まあ、サービス終了ばっかりはどうにも言えないが……今プレイしているソシャゲの中で一番入れ込んでいるしんぶーは、あと十年は運営しているはずだから、しんぶーに関しては心配していない。
なにせ、神様にお願いして十年安泰が確定しているのだから。
それに、わたしは帰る手段を持っている。いつぞやの、わたしのクローゼットに異世界をくっつけたお貴族様の様に、焦って帰る手段を探す必要もない。
というか、今、わたしの世界は大変なことになっているのだから、いっそ一年か二年くらい、こっちに避難するのもアリじゃないか……? だって、さっきは普通に転移魔法使えたもんね。あの『××××しないと出られない部屋』から脱出するときはラグがあったし、日本に帰ろうとするとなにかしらラグが発生するのだろう。
どうせあと一年はリアルイベントも難しいだろうしなー。
「……早くて半年、長くて五年……くらいだろうか」
「随分と差があるね?」
まったく先が見えない戦いになるのだろうか? と思っていたが、どうやら違うらしい。
「世界の淀みを根本的に直そうとしたら、早くて五年はかかる。しかし、国内だけにとどめるのなら、半年もあればかなり改善されるはずだ」
それ、半年だけの滞在だったら、またいずれ同じような問題が起きるのでは……? と思ったが、あまり突っ込まないようにして置こう。五年は流石に考えてしまう長さだ。五年も一切ソシャゲに触れないのは心が死ぬ。わたしには分かる。この世界に似たような娯楽があるのか分からないしなー。エルのアニメやゲームへのハマりようを見ると、なさそうな気がする。
というか、普通に冷蔵庫とか、その他もろもろ、長期間不在にする準備をしてきてないしな。光熱費は引き落としだし、口座にお金はあるからその辺は心配しなくていいけど、五年後に帰って、冷蔵庫の掃除とか……ああ、考えたくもない。
「無理をしなくていい。もし、国内の浄化活動をしてくれるのなら――それだけで十分だ」
「エル……」
そうは言うが、またそのうちエルが困ってしまうのは、ちょっと考えものだ。
わたしは、パッとステータスウィンドウを開いた。
実のところ、わたしはこのステータス画面をじっくり見たことが一度もない。普段から強制帰還の魔法くらいしか使わないからだ。たまに、エルに言われて違う魔法を使ったりもするが、それは最初からどんな魔法を使うか決まっているので、どういう魔法があるか、とじっくり吟味することはなかった。
しかし、これは神様を欺き、出し抜くことも可能なチート魔法だぞ。何か、この現状を解決するような魔法は……ん?
「ねえ、エル、これって――」
一つひとつ、魔法の効能を確認しながら、良さげな魔法を探していると、一つの魔法に気が付く。
それは、『転移魔法』のカテゴリにあった。名前は、――召喚魔法。
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