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06.幕間ですってよ

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「ねえ、エル。いつまでうちにいるの?」

 わたしが初めて異世界へ行き、チート能力を持って早数か月。それは同時に、エルがうちにやってきてそれだけの月日が経った、ということだ。
 あまりにもエルとの生活が馴染み過ぎてすっかり忘れていたが、当初一緒に暮らすのはほんの数日だけの予定で、すぐに呼び出してもらえるだろう、なんて話をしていたはずだ。
 今回のしんぶーイベントの報酬に赤木柄くんが再登場して、ふと思い出したのだ。

「確かに……随分とここに馴染んでしまったな」

 最初はぎこちない発音で『アオバ』と呼んでいた彼も、すっかり日本語が上手になったようで、『青葉』とちゃんとした発音で呼んでくれるようになったし、わたしはわたしでエルへの敬語が取れた。
 異世界人との共同生活が、めちゃくちゃ日常と化していたのだ。

「まあ、わたしは楽しいからいいんだけどね。正直、SNS友達はいても、リアル友達はいなかったからすごい嬉しいし。あと男がいるとコラボカフェのフードファイト、かなりはかどるんだよね」

 わたしは小食というわけではないが、大食いでもないので、一回の入店でドリンク2のフード1くらいが限界だ。となると、特典もそれだけしかもらえない。でもエルはわたしの二倍から三倍くらいは食べるので、その分特典が手に入る。料金はわたしが払っているから、と彼の推し以外は交換が高レートのキャラでも当たり前のようにくれるし。まあ、くれるから金払ってるとも言う。
 それに、王子とは思えないほど自分のことは自分でするし、傲慢な態度があるわけでもない。
 極めつけに、ソシャゲイベントが佳境のときは家事をすべてやってくれるのだ! 最高だ。

「だからこのままいてくれても一向にかまわないんだけど、ほら、エルって王子じゃん」

 こっちの世界では行きつくとこまで来てしまった感があるが、向こうからしたらエルの現状なんて知らないはずだ。王子が異世界に飛ばされたまま、というわけだ。

「わたしを呼んだのも聖女がどうとか言ってたじゃん。すぐ呼び出してくれるよ~なんて話になったけどさ。これ、国滅んでない? 大丈夫?」

 まあ、わたしは自分の大好きなものを優先したので、今更どうこう言うつもりもないのだが、流石に顛末は少し気になってしまう。あと、マジで国が滅んだのならチート魔法をあれこれつかってエルの戸籍を取らないと。いや、戸籍の取り方とか知らんけど。チート魔法にできないことないでしょ。
 しかし、エルはさらっと、たいしたことじゃないように、とんでもないことを言ってきた。

「国が滅んだ線も否定できないが……。オレは王子と言っても第五だしな。王位継承権も低めだし、普通に見捨てられた可能性が高いな」

 いやお前それ、ドルキスをプレイしながら言うことじゃなくないか?
 シャンシャンと音ゲー特有の軽快なタップ音が聞こえてくるが、内容はだいぶ重い。わたしですらしんぶーをプレイする手を思わず止めてしまったというのに、お前は……。

「オレの国では、第一王子が跡を継ぐものだ。第二はその予備。第三、第四は外交で活躍する。第五から第九は侯爵家か、功績をあげて昇爵する家の次女以降へ婿入り。第十以降は王宮勤めとなる。王女は基本政略結婚のために使われるが、第二王子以降の王位継承権は生まれた順になるんだ」

 つまり、第三王子より先に王女が生まれてたら王位継承権三位は王女になるってことかな。エルは第五王子だけど、継承権が低めってわざわざ言うくらいなら、何人か姉がいるのかもしれない。

「そして去年第十三王子が生まれたところだ」

 いや多くない? 現実ってそんなもの? 創作世界だと、第三王子くらいまでじゃない? 本当はそんなにいるもんなの? 男だけで十三人……女合わせたら何人になるんだろう……。

「召喚するのにも金と労力がかかるしな。オレじゃなく兄上らだったか、あるいは第十王子以降が生まれてなければ呼び戻してもらえたかもしれないが。オレを呼び戻すより、浄化してくれる人間を新たに呼び出した方がいいと判断したんだろう」

「エル……」

 ――カシャッ。

「あっ、クソ! フルコン逃した!」

「エル……!」

 こいつ、人が心配したというのに……。なんだかアホらしくなってきたので、わたしも再びタブレットに目をやり、しんぶーを進める。
 しかしやっぱり集中できなくて、ト、とタブレットを一度押したまま、動かす気にはなれなかった。

「……戻りたいと思わないの?」

 今更責任のようなものを、わたしは感じ始めていた。勝手に呼び出した向こうが悪いというのは確かにそうなのだが、わたしは同じことを彼にしてしまった。それどころか、あれほどきらきらと輝いていたイケメンオーラはどこへやら。今ではすっかり1980円のスウェットが似合う残念なイケメンになってしまった。こっちの方が親しみがあるし、わたしは好きなんだけど、普通に王子としては戻れない領域まで来ている。

「なんだ、出て行った方がいいか?」

「それは全然、そんなこと思ってない。ていうか、出て行ってもどうにもならないでしょ。ホームレスまっしぐらでしょ」

 戸籍がない分、ここを出て行ってしまったら彼はなにもできない。それだけじゃなくて、彼にはこの世界の常識がない。漫画やアニメを通してなんとなく学習していっている様子はあるが、その偏った知識だけじゃ生きていけないだろう。
 いや、でもあるいは……。

「顔だけはいいから、ヒモになれるか……?」

 けどまあ、それも若いうちだけだろう。年を取ったら流石に……うーん、どうだろうか。
 ヒモ、という言葉を知らなかったらしいエルに説明すると、「今の状況と大差ないんじゃないか?」と言われてしまった。あれえ、ほんとだ!?
 言われるまで気が付かなかった。わたしもあんまり働いていないので実感はないが、お金を出しているのはわたしなので――たしかにヒモと言っていいのかもしれない。

「というか、ずっと気になっていたんだが、青葉、働いていないだろう? どこから金を出してるんだ?」

 彼がしっかり王子だった頃も、金の心配をしたことがなかったようで、すごく今更な質問だ。
 わたしが在宅ワーカーで、彼が見ていないところでちまちまお金を稼ぐために働いている――というわけではない。

「宝くじ、分かる? ドルキスのわらしちゃんが願掛けによく買うやつ」

 エルの国に宝くじがあるか分からないので、確実に分かるだろう説明をしてみる。ドルキスオタのエルは、わらしちゃんの名前でピンと来たようだった。

「わたし、あれで十億当たってるんだよねえ」

「ええ……」

 エルが何とも言えない声をあげた。

 高校の時、両親が死んで、遺産を数百万ほど相続したのだが、『遺産』というワードでハッスルしたとある親戚が、よこせとうるさかったのだ。当時はわたしも高校生だったので、言いくるめられると思ったのだろう。正直、その親戚の年収の半分もなかったのだが。
 あまりにもうるさくて頭にきたわたしは、やけくそになって札束を持って近所の宝くじ売り場へと走ったのだ。
 これが数千万、とかなら話は別だったが、就職して真面目に働けばすぐに稼げてしまうだろう金額。わたしはすべて宝くじへとぶちこんだ。
 そしたらなんと、一等とその前後賞が当たったのである。

 件の親戚とは、当選金で雇った弁護士を使って縁切りをしたが、完全に黙らすことはできず、わたしが宝くじで高額当選したことを言いふらされてしまった。
 おかげで謎の宗教やら、胡散臭い投資の話が舞い込むだけでなく、いつの間にか『友達』が増えていた。
 当初の交友関係はほとんど断ち切って、そこそこ交通の便がいい、けれど地元とは全く縁のない場所へと引っ越してきたのだ。

「働かずにオタ活して生きるの、最高に楽しいんだよねー。死ぬまで働きたくないから豪遊はできないけど、派手に遊ばなきゃ大丈夫だし。一生分の運を使い切った気がするわ」

 当たる人は何度でも当たる、というが、わたしはもう二度と宝くじは当たらない気がする。当たった金額がでかいので、もう充分だ、という気持ちが強いから、逆に物欲センサーが働かず当たるような気もするけど。

「一生分の運を使い切った……か」

 妙に納得してなさそうな表情のエル。まあ、確かに、ガチャ回してもドブ結果ばかりなわけじゃないし、一生分は流石に大げさか、と思ったが、どうやらそうじゃないようだ。

「月一ペースでどこかしらの異世界に呼ばれているだろう。青葉の運は、まだまだ強いんじゃないか」

「ぐっ……! お金なら喜べるけど、異世界転移はいらないわ!」

 そういいつつも、異世界に呼ばれることがやや日常化してきているのも事実。
 いつどこに呼ばれても大丈夫なように、ソシャゲのイベントは早め早めでクリアするようになってきているのだから。
 神様どうか、もう異世界へ行きませんように! と祈ろうとして、一度神様に異世界へ転生させられたことを思い出し、おとなしくソシャゲイベントに戻るのだった。
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