悪役令息は楽したい!

匠野ワカ

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2.かわいく成長した俺

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 俺はサボるために適度に仮病を使いながら、愛嬌を振りまき、それはもう愛されながら成長していった。


 母親似の俺は、ふわふわした金髪がこれまたかわいい天使のような子どもだったのだ。
 なんというか、鏡を見るたびに違和感がすごい。

 しかし、そんな自分の容姿に少し安堵していた。
 こんなにかわいい子どもなら、意味もなく人に嫌われることはないだろう。
 存在しているだけで陰気な見た目が人に不快感を与えるんじゃないかと、人が笑っているだけで自分が笑われているんじゃないかと、おどおどしながら社畜をしていた前世を思い出す。

 嫌だ。ここの優しい人たちに嫌われたくない。




「にーに、にーに、だっこぉ」

 六歳になった俺は、とてとてと歩いて兄の服をつかみ、上目遣いで抱っこをせがむ。

 中身は前世を合わせて三十歳を超えているが、正気になったら負けだ。
 この天使のような見た目を駆使して、断罪されないくらい、いっぱい愛されなくっちゃ!


「あら、エリオットは本当にお兄ちゃんが好きねぇ。二人が仲よくしているのをみると、ママとっても幸せなのよぉ」
「えへへ。にーに、すきぃ!」
「僕もエリオットが大好きだよ。僕のかわいい弟くん」

 父親似の逞しい兄と、線の細い母親似の俺。並べば美しい絵画のようだと褒めたたえられるのにも少し慣れてきた。
 俺、見た目だけなら本当にかわいいもんな! でもね、男としての魅力は兄に遠く及ばないと知っている。

 兄は十二歳にしてめきめきと身長が伸び、それに合わせて筋肉もついて男らしい体格が出来上がりつつあった。
 少年と青年の中間くらいの何ともいえない男の色気まであるのだ。

 しかもこの美しい兄は、頭もよければ性格もいい。騎士の家系として課せられている剣術の訓練も、嫌がることなくこつこつと頑張れるいい子なのだ。


 もうね、ここまで完璧だと、嫉妬するとかの次元じゃない。
 兄は幸せになるべき人だ。俺なんかが弟でごめんね。騙しているようで心苦しい。
 でもそのかわり、兄の幸せを全力で応援しますので!


 当然のことながら、優秀な兄を周りが放っておくはずもなく、ウォールコール侯爵家には婚約の打診があとを絶たなかった。


「アルフレィド。ヘンザックス公爵家のご令嬢から、お茶会のお誘いが」
「だめっ! にーには、僕と遊ぶの!」

 物語に出てきていたヘンザックス公爵家の令嬢といったら、気位ばかり高くて聖女を影で虐めていた性悪女だ。 
 うちの兄には不釣り合い! 却下却下ぁ!
 

「あら、じゃあ、ポールズベリー侯爵家の」
「だめだめだめぇ!」

 ポールズベリー侯爵家といったら、数年後には事業に失敗して落ちぶれ、犯罪に手を染めていくんだからな。
 長生きしたけりゃ、危ないところには近付かない! それに何より、兄の隣に立っても見劣りしない美女じゃなきゃ!

 俺はあざとくも涙目で兄の足にしがみ付いた。
 兄は困った顔をしながら、俺をひょいと抱き上げてくれた。


「お母さま、ご令嬢の誘いはお断りしませんか。僕のかわいいエリオットが嫌がっているのですから」

 剣術の訓練で筋肉のついた兄の腕の中は、なかなか居心地がいい。
 首に腕を回してべったりと抱きついた俺の顔を、長い銀色の髪がさらさらと撫でていく。
 くせっ毛の俺の髪とは全然違うまっすぐで綺麗な兄の髪は、俺のお気に入りだった。

 ゆるく一つに結ってある兄の髪で遊びながら、俺は何も知りませんという顔でにっこり笑っておく。

「にーに、だいすき!」
「僕もエリオットが大好きだよ」



 こうして俺は、病弱で引きこもりがちな弟として、なんとかこの世界に順応していった。

 さすがに侯爵家の次男として勉強の時間はあったけれど、家庭教師が家まで来てくれるし、疲れた素振りを見せるだけですぐさま授業が終わるのだ。いくらでもベッドの住人になれた。

 こうして手に入れた夢の三食昼寝付き生活は、それはもう最高だった。
 うっかり悪役令息になっても殺されなくてすむように、兄に愛嬌を振りまくり媚びを売ることを最優先にして、貴族の生活を享受しまくった。


 兄はアカデミーを首席で卒業し、十八歳という若さで騎士団長補佐として忙しく働きだしていた。
 それに対して俺はというと、アカデミーになんか行くこともなく自由気ままに暮らし、十二歳になっていた。

 兄が聖女に出会うまで、あと四年。物語通りなら、俺が死ぬまであとたったの五年だった。
 処刑コースに近付かないように、さらに慎重に引きこもり生活を心がけた。


 しかし病弱設定で引きこもりすぎたのか、慎重になりすぎたのか、貴族なのにきらびやかなお誘いがまったくないのだった。
 まったくだぞ!?

 なんだかんだで、俺だって十二歳になったのに。
 兄の十二歳のころとの落差がひどい。

 もう自分でいうけど、こんなにかわいい奇跡の十二歳を放っておくなんて。貴族らしく婚約者がいてもいいのにな!? 
 それともやっぱり前世のイケてない俺が内側からにじみ出ているのかな!? 陰気な性格が嫌われてるのかなっ!?

 ……ううう、これ以上は考えるのをやめておこう。兄を差し置いて弟が先に婚約者ってのもおかしな話だもの、ね。
 


 俺はネガティブに闇落ちしてしまいそうな気持ちを、なんとか押し戻した。

 いいんだいいんだ、友だちや婚約者がいなくても。兄だけど目の保養になる美の化身はいるし。家族や使用人たちには好かれてるし。羨ましくなんてないやい。
 嫉妬心に負けて、悪役令息になんかなるもんか。


 俺がほっぺたを膨らませたり引っこめたり一人で百面相をしていたら、兄が笑いながら俺の頭を優しく撫でた。

 どうやら今日は、騎士のお仕事がお休みらしい。
 貴重なお休みの日に遊びにいくわけでもなく、引きこもりがちな俺と遊んでくれる兄。
 完璧すぎない? 聖者かな。


 俺が見上げると、兄は心底楽しそうに俺のくるくるした金色の髪を撫でていた。

 よく分からないけど騎士の仕事は大変みたいだし、休日にもふもふを撫でて癒やされたい気持ちなのだろう。
 元社畜の俺も、癒やされたい気持ちならよく分かる。
 俺の頭でよかったら、お好きなだけどうぞですとも。


「はぁ。エリオットはかわいすぎる。外出なんてしたら、きっとさらわれてしまうよ。外は危ない。心配だから、家の中か私の目の届くところにいなさい。いいね?」
「はぁい、アルフレィド兄さん」
「いい子だね。大好きだよエリオット」
「僕も優しいアルフレィド兄さんが大好きだよぉ」

 俺は兄に頭をすり寄せ返事をした。

 かわいらしく、よい子のお返事だ。
 慣れとは恐ろしいもので、恥じらいは遙か昔に消えうせた。今の俺は十二歳の美少年。怖いものなどないのだ。

 なんでだかモテないけども。



 それに対して兄は、年を重ねるにつれさらにモテている。
 物語の中の弟がひねくれたのもなんだか分かる気がするくらい、モテまくりなのだ。
 なのに浮いた話は一つもなく、休日はこうやって俺と一緒に過ごしているのだった。


 さすがに侯爵家の長男が婚約相手もいないまま成人するのはいかがなものだろうと問題になっていた。


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