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番外編 ワタルとラドン、二人のその後

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 ドラゴンの赤い羽根が空を切り裂いて渡った異世界。


 俺はドラゴンに運ばれながら、馬鹿みたいに口をあんぐりと開けていた。
 そしてドラゴンの指の隙間から、眼下に広がる果てのない赤い砂漠を見つめ続けた。


 ようやくたどり着いた巨大な山の頂上では、俺は喋る木と会ったのだった。
 ドラゴンにこの世界の神さまなのだと教えられ、口は開きっぱなしで閉じる暇もない。



 なんと、この流暢に喋る巨大な木がこの世界の神さまで、なおかつ異世界を行き来できるようにした張本人なのだそうだ。
 理由は、俺の住んでいたあっちの世界に好きな人がいたから。

 想像より乙女な理由で、俺はもう乾いた笑いしかでなかった。



 さらに、そんな神さまから私のかわいいお嫁さまだと紹介された人物は、ごりごりのいかついマッチョさんで。
 ――俺の表情筋は、なんとかこの過去最大級の試練を乗り越え、無難な挨拶を返すことができたのだ。

 すっごく褒めて欲しい気分。



 このいかついマッチョさんはロシアの出身で、白っぽい金髪をさっぱりと短髪にした美丈夫さんです。
 かわいいより圧倒的にかっこいい。

 あ、言葉は、神さまの金色の糸が翻訳して伝えてくれるので、俺でも会話ができました。
 英語はちゃんと義務教育で勉強してたけど、ロシア語とかさすがにわかんないもん。さすが神さま、便利だよね!



 ちなみに赤いドラゴンは、ラドンさんっていうお名前でした。名前からしてすでに強そうですね。素敵です。


 神さまの金の糸のお陰で片言じゃない会話ができて、ラドンさんが知能の高い生き物だってことも分かりました。
 ちゃんと会話ができるって、やっぱいいよねぇ。俺もこっちの言葉を、もっと勉強しようっと。




 ラドンさんは、神さまが開いてくれた異世界への入り口に便乗して、俺を迎えに行ったのだと得意げに教えてくれました。

 よく見ると、赤く艶々としたとっても綺麗な鱗が、ところどころ剥がれ傷付いているのに気付いてしまった。古い傷も合わせると、あちこち怪我だらけ。
 鱗が赤いから分かりにくいけど、新しい傷からは血が流れている。

 もしかして異世界に渡るのって、簡単なことじゃないのかもしれない。
 俺は持ってきた荷物からタオルを取りだして、傷の止血を試みた。 
 せめて手の届く範囲だけでも、どうにかしてあげたい。



『ワタル、大丈夫ですよ。すぐに治るので』

 口ではそういいながらも、ラドンさんは嬉しそうに笑って尻尾を振っている。
 うん。風圧がすごい。



 いかついマッチョのお嫁さまが迷惑そうにしながらラドンさんに衣服を手渡すと、なんとラドンさんはしゅるしゅると体を変化させ人間に変身してしまったのだ。

 現れた褐色肌の赤い髪の男性が、手早く服を身にまとっていく。


 ワンピース状の上服に幅広のパンツを合わせるらしく、この灼熱の世界にぴったりだろうと分かるものだった。
 頭にも大きな布を被せていく。

 布からこぼれる赤い髪は柔らかく波打って、腰のあたりまで伸びていた。


 はい。民族衣装、最高ですね。大変お似合いです。眼福。

 ちらっと見てしまったけど、いかついマッチョさんと並んでも見劣りしない素敵な体。筋肉が美しい裸体ってすごい。
 同じ男同士だけど、なんだかいけないものを盗み見てしまった気分。俺、どきどきが止まりません。


「あっ、怪我、怪我の手当てしなきゃ!」
『ああ、すぐ治るので、大丈夫ですよ』
「だめだめだめ! ばい菌とか心配だし、あ、俺、消毒液ちゃんと持ってきたよ!」


 そういいながらラドンさんの上服を剥けば、あれほど流血していた怪我は塞がりかけていた。


「うそぉ……」
『ね? 大丈夫でしょう』
「ほ、ほんとに? もう、痛くない?」
『はい。心配してくれて、ありがとうございます』


 頭をよしよしされて見上げれば、至近距離にとんでもない男前の笑顔。腹筋さえ美しい!
 うっ、これはもはや視界の暴力……っ! 

 俺はラドンさんの服を素早く元に戻したのでした。

 見事な裸体をありがとうございます。
 口に出したら変態まっしぐらだから、お礼は心の中で手を合わせておく。



『大丈夫だよ。そいつ、丈夫なだけが取り柄だから。それよりも、準備ができたんなら、ちゃちゃっと手続きしてこいよ』


 いかついマッチョさん、お名前はニキータさんっていうんだけどね、ニキータさんいわく、こっちに落ちてきた地球人が滞在する地球人保護施設ってのがあって、事務的な手続きを済ませておくと何かと便利なのだそうです。

 そして地球人保護施設とかがある場所に行くには、ドラゴンの姿では大きすぎて何かと不自由なため、ラドンさんはわざわざ人型になってくれたのだそうで。


 しかしそもそも俺は、ラドンさんに連れられてきたショートステイなので、一般的に異世界に落ちてくる地球人とはいろいろな条件に当てはまらないらしいんですよね。
 それは神さまに連れられてきたニキータさんも同じだったらしく。



 ニキータさんは手続きだけして、地球人保護施設での滞在はせずに、神さまの木の近くで暮らすことを選んだのだそうです。

 とはいっても見渡す限りまったいらな山頂には家もないし。

 どこで寝てるのって聞いたら、木の上を指さされて正直引きました。
 だって、うっかり寝返りして落下したら、死んじゃわない? ひえ、こわわ。




◇◇◇




『ラドンは本当にそれでいいのか?』
『ワタルは未成年だからな。成人するまでは、地球人保護にいてもらうほうがいいだろう』


 ニキータさんとラドンさんの二人は、さっきから俺が滞在する場所について話しあっていた。

 ショートステイなのだから時間を無駄にせずそばに居たほうがいいというニキータさんと、未成年の俺に何かあってはいけないからと地球人保護施設での滞在を勧めるラドンさんの意見がぶつかりあって、結論がでないみたい。


『で、ワタルはどっちがいいんだ?』
『地球人保護施設なら、他の地球人もいますよ?』

 急に二人に話を振られて、あわあわしてしまう俺なのでした。


『ワタルを迎えに行くまで、さんざん巣作りして楽しみにしてたくせに。なに急に怖じ気づいてんだ?』
『だからといって、未成年のワタルの身に何かあっては……』


 正直にいうと地球人に物珍しさも何もないし、どっちかっていうとドラゴンの巣のほうがめちゃくちゃ興味あるんだけど、ラドンさんの言葉が引っかかるんだよなぁ。


「ね。未成年だと何か危険なことがあるの? この世界って、治安が悪いとか?」
『いや、治安はいい。ワタルは安心して暮らして欲しい』
『そもそもラドンの大事な地球人だって分かってて手を出す命知らずなんて、この世界にいないだろ?』

 そういいながら、ニキータさんは肩を震わせて笑っている。
 よく分からなくてラドンさんのほうを見たら、凜々しい眉毛を下げて困り顔をしているのだった。

 男前は困り顔もかわいいな!?



「ラドンさんの巣に興味あるんだけど、俺の身に? 何かあるのかなって……」

 俺が重ねて聞いたら、ニキータさんは声を上げて爆笑しはじめた。
 ラドンさんは笑うニキータさんの足を小さく蹴って、何やら抗議している。

 それから俺に向きあった。


『いや、何も問題はない。大丈夫だ』
『ぶはは! かっこつけてやせ我慢してら。ここは異世界なんだから、合意があればいいんじゃねぇの? なあ、アキュース?』

 神さまは、伴侶のニキータさんに名前を呼ばれて嬉しくてたまらないとばかりに、金の糸ででれでれとニキータさんを撫でくりまわし始めた。

『日本人は繊細でシャイですから。ラドンは、まぁ、ほどほどに頑張りなさい』


 神さまの適当としか思えないお言葉で、よく分からないままに始まったラドンさんとの二人暮らし。

 ラドンさんにでろでろに甘やかされて、どうやら求愛されているらしいと気付いたころには嫌悪感どころか戸惑いすらなく、俺はむしろ嬉しいと思うようになっていた。

 ラドンさんは優しいし。かっこいいし。我ながらチョロいけど、いいんだい。



 だけどさ、神さまだけど、木がでれでれと伴侶の男性を愛でている様子を見ていたら、ドラゴンに求愛されるくらいべつにいいじゃんという気がしてくるでしょ。するよね? ね!?


 何回か地球と異世界を往復して、ラドンさんの粘り勝ちで俺の両親の許しをもぎ取って、俺の成人と同時に結婚することになるとは夢にも思わなかったけどさ。



 婚姻の儀を終えるまで俺に手を出さなかったラドンさんの健気な忍耐力に胸がキュンとしたり、ラドンさんのドラゴンなラドンさんを見てやっぱ無理ってなったり、それでもなんとか初夜を終えてあまりの気持ちよさにすっかりエッチが大好きになっちゃったり、卵を産むことに驚いたり、ラドンさんの過去の恋人にヤキモチを焼いたり、それが俺のことだって判明して驚いたり、でも俺にはそんな記憶まったくなかったりしながら、平和に暮らしていくのでした。




「ワタルは、毛並みの美しい獣人が好みなのだろうか」
「えー? そりゃふかふか毛並みは触り心地よさそうだけど、こう暑い世界だとラドンさんのひんやりした鱗のがいいよねぇ。つるつるでひんやりしてて、ずっと触っていたいなぁ。俺、ラドンさんのドラゴン姿、かっこよくて大好きだよぉ!」


 俺の言葉を聞いて、ラドンさんの感情豊かな尻尾が、家具をなぎ倒しそうな勢いでぶんぶんと揺れている。

 俺はくふくふと笑った。

 ラドンさんは不思議と、いつもお日さまの匂いがする。俺は大好きな匂いを胸いっぱいに吸いこんで、幸せだなぁと目を閉じた。

 たとえ姿形が違っても、どんな出会いでも、ラドンさんを好きになるのだ。


 ――そう、きっと、何度でも。



(おしまい)
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