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全力土下座
しおりを挟む「すみませんでした!!」
まず俺は土下座したね。
日本一綺麗な土下座だったと自信を持って言える。冷たい大理石張りの床に頭を擦りつけての全力土下座。
しばらくの沈黙ののち、頭上からぐるるるると獣の威嚇音が聞こえてきた。
びゃっと冷や汗が流れる。
「歩さん。安定期に入ったとはいえ、身重の大事な体です。まずは起きあがってください」
俺の前で膝をついた少年は、小さくもあたたかな手で俺の赤くなった両頬を包んだ。
「あなたにろくでもないことを吹き込んだのは、誰ですか。教えてください。僕の大切な歩さんに、二度と近付かないように処理をしますので」
少年の目が金色に変化し、瞳孔がぎゅうっと小さくなっていく。
怒りに獣化をしているらしい。
「いや、誰も、……何も。だから俺、ずっと知らなくて……」
俺がしどろもどろになりながら今までの事情を説明すれば、少年は目を丸くして驚いた。
「お、覚えていないんですか? まったく? あんなに情熱的に愛を確認しあったのに?」
「あああああ……! すみませんんんん! でもちょっと生々しい感じのアレな情報はまだ受け止めきれそうにないので口にしないでぇ」
「あっ、はい、分かりました。なるほど、そうだったんですね。……では、僕がずっと会いに行けなかったことで、不安に思われたのでは」
「いやいやいやいや! 俺のことなんていいんです! 本当にすみませんでした!! あなたの親御さんにもなんとお詫びをすれば」
「あ、僕の親族のことなら大丈夫ですよ。狼獣人は完全実力主義ですので。うるさい奴は全員ねじ伏せてきました。むしろ思ったより手間取ってしまって……。会いに来るのが遅くなってしまって本当にすみませんでした」
おおおおかわいい顔して意外と武闘派なのね、じゃなくて。
「……狼?」
犬じゃなくって? なんだか嫌な予感に俺は汗がとまらない。
「ええ。それでは、改めまして自己紹介をさせていただきます。僕の名前は、黒崎 一狼。あなたの運命の番です。歩さんも聞いたことくらいありますよね? 狼獣人は一度決めた番を生涯愛しぬく愛情深い種族なんですよ。そういうことですので、どうぞ末永く、よろしくお願いしますね♡」
狼獣人、黒崎、とくれば、一般人の俺だって知っている。俺は、ばっと勢いよく背後を振りかえった。
病院には、黒崎病院の看板がでかでかと掲げられている。ここは国内随一を誇る黒崎グループの病院じゃないか。なんてこった。
「歩さんとの約束通り、僕が群れのボスになってきましたので、もうあなたを害する人はいませんよ。そのうち法律だって変えてみせます! だから安心して、僕に愛されてくださいね!」
「く、黒崎さ、ん」
さっきから気になってたんだけど、俺、いったい、どんな恐ろしい約束をしたのかな!?
「いやだなぁ。一狼って呼んでください。あ! あのときみたいに、ペスって呼んでくださってもいいですよ。愛称って親密な感じがして、ずっと憧れていたんですよね♡」
「あああああああああ……」
絶望に吐きだした息が白く煙る。見上げた空から、ふわふわと雪が降ってきた。本格的な冬の到来だ。
一狼は嬉しそうにくふんと鼻を鳴らして、俺をまっすぐに見つめて微笑みかけてくれている。その様子は、かわいい柴犬にしか見えない。
俺は諦めにも似た境地で、一狼を見つめかえした。
「これから、よろしく、お願い、します……一狼……さん?」
だって、このときの一狼は、まだまだかわいい少年だったのだ。のちに恐怖の帝王と呼ばれ、とんでもない手腕で事業を拡大していくなんて、夢にも思わなかった。
それでもこの騒動のあとすぐ、かわいい少年はめきめきと成長し、あっという間にアルファの狼らしくなってしまうのだけど。もうね、気分は詐欺被害者。
それでも妊娠はしているし、出産は待っちゃくれないわけで。……やった記憶はないままだけど。
逃げ場のない俺は、一狼と形ばかりの夫婦になるしか道はなかった。妊娠中だし、ヒートはないし、一狼は未成年だしで、そりゃもう清い関係だよ。
まぁゆっくり月日を重ねていけばいいかとのん気に考えていた俺は、思春期を甘くみていたのだ。
我慢に我慢を重ね思春期を拗らせた一狼に、問答無用でぱくりと食べられてしまうのだけど、それはもう少し先のお話。
なかば監禁生活のなか、ヒートのたびに妊娠出産を繰り返すはめになるのだから、こじらせ狼の執着は恐ろしい。
それでもかっこよく成長した一狼に恋をしてしまった俺は、甘んじて受け入れるしかなかったのだ。
だって、これが俺の運命の番。
俺の前でだけ柴犬になる狼に、忘れたって何度でも、恋に落ちてしまうのだから。
(おしまい)
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