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番外編 かわいい人.7
しおりを挟むにぎやかで穏やかな時間が日常になったある日。
黒い犬がけたたましく吠えながらティフォのもとに駆け寄ってきた。
朝、アキラと一緒にでかけたはずの犬だった。しかしアキラの姿は見当たらない。
ティフォはすぐさま異常事態を察知して、犬のあとを追いかけた。
砂浜に触手の足がとられる。
ティフォは年老いた触手を叱咤しながら、じたばたともがくように必死に走った。
それほど広くない小さな島だ。
犬は足の遅いティフォを急かしながらも、切り立った絶壁の下まで誘導していった。
波に削られた奇岩と切り立った絶壁。
しがみつくように緑がこんもりと茂る岩壁の下で、引き潮のときだけ姿を見せる白い砂の道。
そこで黒い犬がこの先だとしきりに鳴いている。
ティフォは知っていた。
この先に、洞窟の入り口があることを。
ここを知っているのは、今ではもうティフォだけのはずだった。
しかし黒い犬はせき立てるように鳴いている。
この先に、きっとアキラがいるのだろう。
島を散策するうちに偶然見つけたのだろうか。それとも……。
混乱に思考が停止したまま、ティフォは洞窟の入り口をくぐった。
洞窟内部は奥に向かって緩やかな上り坂になっていて、満ち潮でも海水が上がってくることはない。
洞窟内部はあちこちにあいた穴から蔓植物が浸食し、人工的に削られた岩の天井を覆っていた。
人が足を踏み入れなくなってから長い月日がたち、かなり崩落が進んでいるようだった。
島の奥まで続く洞窟の先で、カラカラと小石が滑落する音が響いている。
ティフォは一歩触手を踏み出した。
悩んでいる時間の猶予はない。
ここまで連れてきてくれた黒い犬は、なんとか宥なだめて家に帰した。
心配そうにしていたが、ワンと鳴いただけで崩落が進みそうな洞窟に、これ以上とどまらせたくなかった。
それにこの洞窟内部なら、ティフォは誰よりも知っているのだ。
かつてここを見つけたのは、ティフォの伴侶、ムームだった。
しかしそのムームが天寿をまっとうしてから、ここには誰も足を踏み入れていないはずなのだ。
ここは、ティフォとムームの大切な思い出の場所だったのだから。
しばらく進んだ洞窟の奥。
ムームと二人きりで暮らしていた場所は、天井がぽっかりと開き、太陽の光が崩落した岩を照らしていた。
カラカラと小石が落ちては音を立てている。その大きな岩の下に広がるのは、青い体液。
まさかアキラがあの岩の下敷きに……?
ティフォはそれ以上なにも考えられず、目の前が暗くなった。
『あ、ティフォ、来てくれたんですか。俺としたことがうっかり足を挟まれてしまって。少し手を貸してもらえませんか?』
アキラのいつもと変わらない普通の声が、岩の向こうから聞こえる。
岩を動かさないように慎重にのぞき込めば、崩れ落ちた岩と壁の隙間にアキラが座っているのが見えた。
ティフォの心臓がバクバクバクと音を立てて動き、遅れて触手が震えだした。
肺のなかの空気がすべて抜けていくような、大きな安堵あんどのため息が出た。
「アキラ……」
『ご心配をおかけしてすみません。あの、でも、このとおり俺は無事ですので』
「無事といえるような出血量じゃありませんよ!」
『ええと、ごめんなさい……?』
「事情はあとで聞きます。はやくここから出て、家に帰りましょう」
ティフォは岩と壁の隙間に触手をいれ、アキラの体を守るように覆った。
ティフォが何をするつもりなのか気付いたアキラは抵抗をしたが、音すら遮断する勢いでしっかりと触手で包み込み、気付かないフリをした。
触手生命体は、地球の人間に比べ頑丈なのが取り柄だ。
天井など全部落ちてしまえばいい。
ティフォは触手のなかで暴れるアキラの体温をいとしく思いながら、邪魔な岩を力任せに退けた。
これ以上一滴たりとも体液が失われないように、触手でアキラの足をすばやく止血する。
岩が倒れる震動でさらに崩落はすすんだが、ティフォは触手でアキラを包み込んだままじっと待った。
土煙ががおさまるのを見計らって、抜け落ちた天井から脱出をする。
ひらけた場所まで移動し、しっかりと安全を確認したティフォは触手を解いた。
島の全貌が望める高台は、太陽の光を遮るものがなく明るい。
色素を持たないティフォには明るすぎたが、チカチカする目でなんとかアキラの怪我を確認する。
幸運にも足の骨は折れていないようだった。
ぱっくりと裂けたふくらはぎから出血はあるものの、島の医療設備でじゅうぶん治療可能な程度だろう。
『ごめん。……俺の軽率な行動で、ティフォの触手に、傷をつけた』
「ただのかすり傷です。私が丈夫なのは知っているでしょう?こんなもの舐めておけば治るから。あなたが、無事で、本当によかった……」
『泣かないで。お前が泣くのは、耐えられないんだ』
ティフォの爬虫類のような丸い目から、涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
吹き抜ける風でかき消されそうなアキラの声に、ティフォは自分が泣いているのだとようやく気付き、あわてて涙を拭った。
「いやだなぁ。年をとると涙もろくて。でもそれだけ心配したってことです。案内してくれた犬も、とっても心配していましたからね。はやく帰って安心させてあげましょう」
アキラはそれ以上なにも喋らなかった。
ただアキラの黒い瞳が、夜の海のように揺らめいていた。
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