【完結】愛玩動物

３４＿孵化

　二人の卵はティフォの触手の中で、目に見えない小さな孔から水分や栄養を吸収して、日に日に大きく成長していった。
　卵の主な栄養源は、ティフォの性ホルモン剤だ。


　たくさんの触手が十一個の卵の世話をしているのを見て、俺も卵の世話がしたいと主張するムームに、性ホルモン剤の分泌の協力という大義名分を振りかざし、これまた四六時中かわいがった。
　遠慮なくかわいがった。

　そのせいで、触手の移植をできないかとムームがエリクレアス行政長官に相談しティフォが慌てるなどしながらも、抱卵の日々は穏やかに過ぎていく。




　柔らかで柔軟性のある卵は、数週間で産卵時の三倍ほどに大きくなった。



「あ、おかえり、ムーム。ちょうど孵化が始まったところだよ」
『おい、それなら呼び戻せよ。間に合わなかったらどうするんだ』


　ムームは犬たちの世話と、地球人返還の仕事を終え、人工島に帰ってきたところだった。
　ムームはそこら中の物をなぎ倒す勢いで卵に走り寄る。

　今やティフォのほうが卵の世話があるのだからと、人工島から一歩も外に出してもらえない毎日を過ごしていた。


「そんなに慌てなくても大丈夫だよ」
『いや、刷り込みってヤツは大事だろ』
「そんな鳥の雛みたいなこと言わないでよ」


　たわいもない会話をしながらも、二人は寄りそい卵を見守った。



　柔らかい膜状の殻を、中から一生懸命に押し上げているのか、卵は丸い形をぐにぐにと変形させている。
　不意にできた小さな隙間から、にょろにょろとうごめくピンク色の触手が見えた。覗き込めば灰色の小さな目が様子をうかがうようにこちらを見ている。


　赤ちゃんは止まったり動いたりしながら少しずつ卵の亀裂を大きくして、ついに頭が卵の外に出た。
　それでも完全に卵からは出られないのか、じたばたと触手が動いてひっくり返っていく。



『じれったいな。少しくらい手伝ってもいいだろう』
「我慢だよ。下手に触るとまだ柔らかい触手に傷が残るかも」
『……おい、上手く孵化できなかったら、どうするんだ。エリクレアス行政長官から送られてきた資料には、どこにも書いてなかったぞ』
「薄情に聞こえるかもしれないけどね、ケプラー惑星群では弱い子は自然淘汰される運命だって考えられてる」
『どれくらいの確率だ』
「地球人とのハーフの場合は、まだ統計が取れてないから分からないよ。種族の掛け合わせによって、強くなったり弱くなったりするからね。触手生命体同士で五割かな」
『半々か……。ちっ。文明が栄えてる割りにお粗末だな』
「地球人に比べて、一回の産卵数が多いからなぁ。孵化が終わったら、いっぱい手助けしてあげようね」
『ああ、そうだな』


　食い気味で返事をするムームの手に、ティフォは触手を絡めた。

　握り返してくれるムームの手が温かで、きっとこの子たちは幸せに成長するのだろうと、ティフォは未来を夢見た。