16 / 54
16_徘徊
しおりを挟む暗闇の中、いくら探してもムームは見つからなかった。
生き物の気配や鳴き声が聞こえるたびに、触手をもつれさせるようにして走り寄るが、草木の陰には何もない。
私のような愚鈍な触手に捕まる生き物は、土壌形成における分解者としてどこにでも生息している甲殻類生物くらいのものだった。
それでも、昼でも夜でも時間が許す限りあてもなく、ムームを探して歩いた。
ムームが害獣に脅かされていないか、悪い密売組織に捕まっていないか、寂しがっていないか、どこかでお腹を空かせていないかと、ティフォには心配が尽きない。
ムームが好きだった赤い果実を自宅付近に置いてみたりもしたが、虫がたかって腐っていくだけだった。
相変わらずムームの気配はどこにもなかった。
それからしばらくして、閉鎖されていた保護施設の再開が決定した。
事前にエリクレアス施設長からは、空席になった施設長の座に就いてみる気はないかと何度も打診されたが、これ以上見世物になりたくはないと固辞して、今まで通りの主任に収まった。
こうして迎えた事件後、初の出勤日。
特に何の感慨もなく慣れ親しんだゲートを潜って現れた壁向こうには、助手のカヤを筆頭に、見知った職員が勢揃いでティフォを出迎えていた。
きっと、善意なのだろう。悪い人たちではないと知っている。
この空気を壊すわけにはいかないと、ティフォは精一杯の愛想笑いを顔に貼り付けて、話しかけられるたびに角が立たないように返事をした。
しきりに施設を代表してセミナーや研究発表をしてはどうかと誘われたが、うやむやとなんとか断って、研究室に逃げ込んだ。
慣れ親しんだ研究室はがらんどうで、地球人が居なくなればこんなにも広かったのかとティフォは驚く。
「主任は欲がないんですねぇ」
あきれたように助手のカヤが言う。ティフォには返事のしようがなくて、あいまいに笑って返した。
虚像を崇拝されても、それは私ではない。
私はみんなが思うような人物ではなく、本当は、違法と知りながら地球人を隠れて飼育するような犯罪者なのだ。
そう叫び出したい気持ちを、臆病者の自分が蓋をする。
それからはますます研究室に引きこもって、地球人の治療にあたった。
保護されたどの地球人も、もしかしたら誰かのムームのような存在なのかもしれないと考えれば、ことさら丁寧な治療になっていく。そうして仕事に打ち込むほどに、自制的で研究熱心な人物だと、さらにティフォの評価が上がっていくのだ。
これなら前施設長に目を付けられて爪弾きにされていたときのほうが、まだマシだった。
あの時はどんなに疲弊しても、帰宅をすればムームがいたのだから。ムームの髪の毛に顔を埋めたい。ティフォは心から癒やしが欲しかった。
そんな中、ムームに似た毛色の地球人が運び込まれた。
黒い目と、黒い髪をしたオスの地球人だ。
それでも、それはムームではない。ティフォはたくさんの地球人を治療してきたが、気まぐれにでも連れて帰りたいと、一緒に暮らしたいと思ったのは、ムームだけだった。
どんな愛玩動物もムームの代わりにはなれないのだと、ティフォはこの日はっきりと自覚をした。
しかし、気付いたところでもう遅い。
胸にあいた穴を塞ぐすべが、ティフォにはなかった。胸の穴が求めるのは、ムームただ一人なのだから。
こうしてティフォは、昼間は研究室で働き、夜になるとムームを探して徘徊するようになっていた。
2
お気に入りに追加
629
あなたにおすすめの小説
好感度MAXから始まるラブコメ
黒姫百合
恋愛
「……キスしちゃったね」
男の娘の武田早苗と女の子の神崎茜は家が隣同士の幼馴染だ。
二人はお互いのことが好きだったがその好き幼馴染の『好き』だと思い、恋愛の意味の『好き』とは自覚していなかった。
あまりにも近くにいすぎたからこそすれ違う二人。
これは甘すぎるほど甘い二人の恋物語。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
もう我慢なんてしません!家族からうとまれていた俺は、家を出て冒険者になります!
をち。
BL
公爵家の3男として生まれた俺は、家族からうとまれていた。
母が俺を産んだせいで命を落としたからだそうだ。
生を受けた俺を待っていたのは、精神的な虐待。
最低限の食事や世話のみで、物置のような部屋に放置されていた。
だれでもいいから、
暖かな目で、優しい声で俺に話しかけて欲しい。
ただそれだけを願って毎日を過ごした。
そして言葉が分かるようになって、遂に自分の状況を理解してしまった。
(ぼくはかあさまをころしてうまれた。
だから、みんなぼくのことがきらい。
ぼくがあいされることはないんだ)
わずかに縋っていた希望が打ち砕かれ、絶望した。
そしてそんな俺を救うため、前世の俺「須藤卓也」の記憶が蘇ったんだ。
「いやいや、サフィが悪いんじゃなくね?」
公爵や兄たちが後悔した時にはもう遅い。
俺には新たな家族ができた。俺の叔父ゲイルだ。優しくてかっこいい最高のお父様!
俺は血のつながった家族を捨て、新たな家族と幸せになる!
★注意★
ご都合主義。基本的にチート溺愛です。ざまぁは軽め。
ひたすら主人公かわいいです。苦手な方はそっ閉じを!
感想などコメント頂ければ作者モチベが上がりますw
婚約者から婚約破棄のお話がありました。
もふっとしたクリームパン
恋愛
「……私との婚約を破棄されたいと? 急なお話ですわね」女主人公視点の語り口で話は進みます。*世界観や設定はふわっとしてます。*何番煎じ、よくあるざまぁ話で、書きたいとこだけ書きました。*カクヨム様にも投稿しています。*前編と後編で完結。
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
結婚して5年、初めて口を利きました
宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。
ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。
その二人が5年の月日を経て邂逅するとき
社畜の俺の部屋にダンジョンの入り口が現れた!? ダンジョン配信で稼ぐのでブラック企業は辞めさせていただきます
さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。
冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。
底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。
そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。
部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。
ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。
『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!
王太子殿下に婚約者がいるのはご存知ですか?
通木遼平
恋愛
フォルトマジア王国の王立学院で卒業を祝う夜会に、マレクは卒業する姉のエスコートのため参加をしていた。そこに来賓であるはずの王太子が平民の卒業生をエスコートして現れた。
王太子には婚約者がいるにも関わらず、彼の在学時から二人の関係は噂されていた。
周囲のざわめきをよそに何事もなく夜会をはじめようとする王太子の前に数名の令嬢たちが進み出て――。
※以前他のサイトで掲載していた作品です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる