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15.新しいご主人様

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「ラシード! わたくしこんなに楽しいの、初めてよ!」

 ラシードは婚約者である王女を誘って王都の市場に来ていた。王都にはいくつかの市がたっている。食料品であったり、食器であったり、武器の市場など。今日はそのうちの一つ、布や皮革、ビーズなどを扱う繊維市場に、小物を手作りする事を趣味とする王女を連れ出したのだ。王女は外商で来る商人が持参するよりも多くの品物に目を輝かせている。 

「わたくし、今度は皮革を扱ってみたいのよね。そこに刺繍や、貴石のビーズをあしらったら素敵だと思わない?」
朴念仁ぼくねんじんの私にはその素晴らしさはわかりかねますが、姫様が楽しんでおられることはわかります」
「まあ! わからないのは残念ね。でもいいわ。この市には一度来てみたかったのよ」

 繊維市場は王都でもとりわけ貧しい人々が住む地域に隣接しているため、少々治安が悪い。王は王女の外出先として、繊維市場は適さないと、行くことを禁じていたが、今回は婚約者であるラシードがついて行くということだったので外出を許可したのだ。

「あまり動き回りすぎて、護衛を撒かないでくださいね。あの、姫様。少々私も自分が見たいものを見て来てよろしいでしょうか」
「いいわよ。ちょっとだけ別行動をいたしましょう」

(さて、姫様を一人にしろという指示だったが……)

 ラシードと魔人が別れてから八年の年月が過ぎていた。その間ラシードは魔人との悲しい別れを紛らわすように官吏の仕事に邁進した。婚約をしていた王女はまだ結婚できる年齢ではなかったし、なにより国中が地震からの復興をしなければならなかったため、ラシードは仕事に忙殺されていた。そんな状況の中、突然王都にやたらと羽振りのよい青年がいるという情報が入った。財務官であるラシードは、横領や盗掘などの犯罪があったのではないかと、金の流れを確認した。しかし、突然、降ってわいたようにその青年の周囲に巨額の資金が発生したようだった。

「ジンか? ジンなのか?」

 八年の年月全く音沙汰のなかった恋人、ジンの仕業ではないかとラシードは思い立ち、その青年の住む豪邸まで足を運んだ。

「魔人。空の散歩がしたいな。魔法の絨毯を出してよ」
「かしこまり~」

 庭先を覗くと、蒼い髪の青年が魔人に魔法の絨毯を出せと願っていた。「小さな願いごと」も度重なるとジンの負担になる。ラシードはなるべく使わないようにしていたのに、蒼い髪の青年は連発しているようだ。ジンの頬がどことなくこけている。ラシードはひゅっと心臓を掴まれたような心地がした。

 上空には、魔法の絨毯と魔人が浮かんでいる。
 すうと魔法の絨毯が動くのに合わせて魔人も動く。

 それにしても、ラシードの知る魔人とは違い、やたらとチャラい口調だった。その点についてはラシードも首を傾げたが、蒼い髪の青年が成金趣味全開の衣装を纏っていたため、その時の主人に合わせるのかと納得することにした。

 ジンならば、そのうち連絡をくれるに違いない。そう思って過ごすラシードだったが、待てど暮らせど連絡は来ない。蒼い髪の青年は一般的に美形と言われるような青年だったな……あれほど「平凡好き」を標榜していたジンだったが、宗旨替えしてしまったのだろうかと悶々とする日々を送っていたところ、書類と書類の間にメモを発見したのだ。

【成樹の月に開催される十日市に、王女を連れ出してください】

 ゆらりと揺らめく炎のような文字だ。普通に紙にインクを付けて書いた字とは違う、魔法の文字。これはジンからのメッセージに他ならないと思ったところで、その文字は消えていく。

(十日市とは、繊維市場の市だよな)

 ラシードは、王女に繊維市場に行かないかと誘いをかけた。小物作りを趣味としている王女は大喜びだった。王にもそのことを伝え、護衛もしっかりつけるならばと了承を得た。

 繊維市場に出掛ける前日、再びジンからの連絡があった。

【王女を一人にする時間を作って下さい。護衛には目くらましをしますので、ラシード様は王女から離れるだけでよいです】

 前回よりも長い文章である。そんなことだけでもラシードの心は躍った。
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