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ユルドと突然の再会から三日後。まちに待ったこの日が来た。
生まれて初めてリオース王国を出ることになった私は、侍女と共に鞄にまとめた荷物を抱えてエオリア侯爵邸の自室でユルドの迎えを待っていた。
「ああ、どうしよう。何も忘れ物はないわよね? それにこの格好はおかしくない?」
「大丈夫ですよ。荷物は何回も確認したではありませんか。それにリディス様はいつも通りお綺麗です」
初めての旅行にソワソワしてしまう私を侍女のミリアが微笑ましげに見ている。
旅行の詳しい日程は聞いていない。ユルド「旅行のことは俺に任せてくれ」と全て手配してしまったからだ。
おかげで私はどうやってファルネラへ行くのかすら知らないのだ。どんな服装をすればいいのかが一番悩んでしまった。
「やっぱり陸路を使うのかしら? それだと山を超えることになるからあまり派手な格好は避けるべきよね。でも転移門を使うかもしれないし。何処に行くのか分からないから、とりあえずファルネラのデザインのドレスは何着か見繕ったけど……」
今日の服は軽くて動きやすい生地を使った淡いモスグリーンのワンピースだ。ファルネラは温暖な気候と聞いているので薄手のものを選び、上にショールを羽織る。
靴は動きやすいようになめした革で作られた踵の低いブーツ。背に伸びる銀の髪は軽く結って日差しを遮るための帽子を被る。
動きやすくも可愛さを失わない、満足のいく服装になった。
支度ができてしまうともうほかにすることは無い。そのまま私は部屋で右往左往し、そんな浮き足立った私の様子にミリアがクスクスと面白そうに笑い始めた頃。
コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「――あ。リディス様、お見えになりましたよ」
ミリアの声に、パッと顔を上げる。すると視線の先に、三日前にも見た群青の騎士服を纏ったユルドが扉の前に立っていた。
「迎えに来たよ、リディス。さぁ、行こうか――」
彼は後ろ手で扉を閉めつつ振り返って、そこで言葉を止める。はたと動きを止め、突然微動だにしなくなった彼は私の方を見て目を見開き、完全に固まっていた。
「……どうしたの?」
静かに声をかけると、途端に我に返ったユルドは顔を手で覆いながら「なんでもない」と告げる。
手の隙間から覗く顔が不自然に赤くなっており、彼はそれを見られたくないのか直ぐに私から視線を逸らした。
意味不明なユルドの言動に私は顔を顰めた。
「一体どうしたの? 急に」
「…………別に、なんでもないよ。その、珍しい格好してるなと思って」
「そう、結構悩んだのだけどやっぱりおかしい? 着替えた方がいいかしら?」
やっぱりもう少しきちんとしたドレスを着るべきだったか。途端に不安になってそう訊ねると、ユルドは再度私の方を見て何度か口をパクパクさせた後、絞り出すような低い声でポツリと呟く。
「……いや。そのままでいい。似合ってるよ」
「そう? よかった!」
ユルドにお墨付きを貰えたことが嬉しくて笑顔で応えると何故か彼は再びパッと視線を逸らし、頭を掻きむしる。
「今日のユルドおかしいけど本当に大丈夫?」
「なんでもない! あー、もう行くぞ!!」
ミリアから旅行鞄を受け取るとユルドはそう叫んでスタスタと部屋から出ていってしまった。
「あ、ちょっと待って。置いてかないでよ!」
慌ててユルドの後を追いかける。
その後ろで何故かミリアが一際楽しそうな声で「行ってらっしゃいませ」と頭を下げた。
*
「――ここが目的の場所?」
「そうだ」
スタスタと歩くユルドに置いていかれまいと走って着いて行った私はそのまま彼に促されるまま馬車に乗り込んだ。行き先を告げられず困惑したまま馬車に揺られること数十分。
着いた先はリオース王国の王都の外れにある城門。ここは王都外からの物流を運び込むための役割もあり、各地から送られてくる物資を検査するための検問も兼ねている。
「ファルネラまで陸路を使うの?」
「いや。ここの転移門を使わせてもらうんだ。俺はファルネラからリオースまでの直通の転移門を使ってここまで来たんだ」
「そうだったの」
私が聖女として治癒と再生の力を使えるように、人間には特定の力を持つものが存在する。そういった特殊な能力を持つものが力を込めた石は魔石と呼ばれ、次元を隔てて遠く離れた地を繋ぐ門を作ることができる。
その魔石をつくるのも、聖女である私の仕事のひとつだったりするのだけれど。
古来より友好関係にあるリオース王国とファルネラ王国には互いを繋ぐ直通の転移門が何ヶ所かにあり、ここはそのひとつである。
転移門は悪用を避けるため普段は厳重な封印が施されており、使用するには膨大な数の審査を受けなければならず、手間がかかるため普段は陸路を使うのが一般的なのだ。
しかし今回はその転移門の使用を許可されているらしい。聖女のために国王陛下が許可してくださったのだとしたら、とんだ太っ腹である。
「じゃあ転移門でそのままファルネラへ向かうの?」
「いいや。転移先はリオースに一番近い港だ」
「港?」
せっかく転移門の使用を許可されているのに、なぜそんな場所に転移先を指定しているのだろう。疑問に思って尋ねても「そのうち分かる」と有耶無耶にされてしまった。
「そのうち分かるから。とりあえずさっさと転移してしまおう」
「…………わかったわ」
腑に落ちない気持ちはあったけれど、とりあえずは指示に従うことにした。
ユルドに手を引かれて城門へ入ろうとした、その時。
「見つけたぞ! リディス!!」
後ろからそんな声が聞こえた。
どこかで聞いた覚えのある声だ。そんなことをぼんやりと考えながら、後ろを振り向く。
そして、驚愕した。
「……なんで」
知らず顔が強ばってしまう。思ったよりも冷たい声が出たことに自分でも驚いた。その姿を見たのはいつぶりだろうか。なんで今更。そんな思いが胸の内を過ぎる。
「なんで貴方がここにいるのかしら。レンヴォルト」
強ばった私の視線の先にいたのは、憤怒の形相を浮かべたレンヴォルトだった。
生まれて初めてリオース王国を出ることになった私は、侍女と共に鞄にまとめた荷物を抱えてエオリア侯爵邸の自室でユルドの迎えを待っていた。
「ああ、どうしよう。何も忘れ物はないわよね? それにこの格好はおかしくない?」
「大丈夫ですよ。荷物は何回も確認したではありませんか。それにリディス様はいつも通りお綺麗です」
初めての旅行にソワソワしてしまう私を侍女のミリアが微笑ましげに見ている。
旅行の詳しい日程は聞いていない。ユルド「旅行のことは俺に任せてくれ」と全て手配してしまったからだ。
おかげで私はどうやってファルネラへ行くのかすら知らないのだ。どんな服装をすればいいのかが一番悩んでしまった。
「やっぱり陸路を使うのかしら? それだと山を超えることになるからあまり派手な格好は避けるべきよね。でも転移門を使うかもしれないし。何処に行くのか分からないから、とりあえずファルネラのデザインのドレスは何着か見繕ったけど……」
今日の服は軽くて動きやすい生地を使った淡いモスグリーンのワンピースだ。ファルネラは温暖な気候と聞いているので薄手のものを選び、上にショールを羽織る。
靴は動きやすいようになめした革で作られた踵の低いブーツ。背に伸びる銀の髪は軽く結って日差しを遮るための帽子を被る。
動きやすくも可愛さを失わない、満足のいく服装になった。
支度ができてしまうともうほかにすることは無い。そのまま私は部屋で右往左往し、そんな浮き足立った私の様子にミリアがクスクスと面白そうに笑い始めた頃。
コンコン、と部屋の扉がノックされた。
「――あ。リディス様、お見えになりましたよ」
ミリアの声に、パッと顔を上げる。すると視線の先に、三日前にも見た群青の騎士服を纏ったユルドが扉の前に立っていた。
「迎えに来たよ、リディス。さぁ、行こうか――」
彼は後ろ手で扉を閉めつつ振り返って、そこで言葉を止める。はたと動きを止め、突然微動だにしなくなった彼は私の方を見て目を見開き、完全に固まっていた。
「……どうしたの?」
静かに声をかけると、途端に我に返ったユルドは顔を手で覆いながら「なんでもない」と告げる。
手の隙間から覗く顔が不自然に赤くなっており、彼はそれを見られたくないのか直ぐに私から視線を逸らした。
意味不明なユルドの言動に私は顔を顰めた。
「一体どうしたの? 急に」
「…………別に、なんでもないよ。その、珍しい格好してるなと思って」
「そう、結構悩んだのだけどやっぱりおかしい? 着替えた方がいいかしら?」
やっぱりもう少しきちんとしたドレスを着るべきだったか。途端に不安になってそう訊ねると、ユルドは再度私の方を見て何度か口をパクパクさせた後、絞り出すような低い声でポツリと呟く。
「……いや。そのままでいい。似合ってるよ」
「そう? よかった!」
ユルドにお墨付きを貰えたことが嬉しくて笑顔で応えると何故か彼は再びパッと視線を逸らし、頭を掻きむしる。
「今日のユルドおかしいけど本当に大丈夫?」
「なんでもない! あー、もう行くぞ!!」
ミリアから旅行鞄を受け取るとユルドはそう叫んでスタスタと部屋から出ていってしまった。
「あ、ちょっと待って。置いてかないでよ!」
慌ててユルドの後を追いかける。
その後ろで何故かミリアが一際楽しそうな声で「行ってらっしゃいませ」と頭を下げた。
*
「――ここが目的の場所?」
「そうだ」
スタスタと歩くユルドに置いていかれまいと走って着いて行った私はそのまま彼に促されるまま馬車に乗り込んだ。行き先を告げられず困惑したまま馬車に揺られること数十分。
着いた先はリオース王国の王都の外れにある城門。ここは王都外からの物流を運び込むための役割もあり、各地から送られてくる物資を検査するための検問も兼ねている。
「ファルネラまで陸路を使うの?」
「いや。ここの転移門を使わせてもらうんだ。俺はファルネラからリオースまでの直通の転移門を使ってここまで来たんだ」
「そうだったの」
私が聖女として治癒と再生の力を使えるように、人間には特定の力を持つものが存在する。そういった特殊な能力を持つものが力を込めた石は魔石と呼ばれ、次元を隔てて遠く離れた地を繋ぐ門を作ることができる。
その魔石をつくるのも、聖女である私の仕事のひとつだったりするのだけれど。
古来より友好関係にあるリオース王国とファルネラ王国には互いを繋ぐ直通の転移門が何ヶ所かにあり、ここはそのひとつである。
転移門は悪用を避けるため普段は厳重な封印が施されており、使用するには膨大な数の審査を受けなければならず、手間がかかるため普段は陸路を使うのが一般的なのだ。
しかし今回はその転移門の使用を許可されているらしい。聖女のために国王陛下が許可してくださったのだとしたら、とんだ太っ腹である。
「じゃあ転移門でそのままファルネラへ向かうの?」
「いいや。転移先はリオースに一番近い港だ」
「港?」
せっかく転移門の使用を許可されているのに、なぜそんな場所に転移先を指定しているのだろう。疑問に思って尋ねても「そのうち分かる」と有耶無耶にされてしまった。
「そのうち分かるから。とりあえずさっさと転移してしまおう」
「…………わかったわ」
腑に落ちない気持ちはあったけれど、とりあえずは指示に従うことにした。
ユルドに手を引かれて城門へ入ろうとした、その時。
「見つけたぞ! リディス!!」
後ろからそんな声が聞こえた。
どこかで聞いた覚えのある声だ。そんなことをぼんやりと考えながら、後ろを振り向く。
そして、驚愕した。
「……なんで」
知らず顔が強ばってしまう。思ったよりも冷たい声が出たことに自分でも驚いた。その姿を見たのはいつぶりだろうか。なんで今更。そんな思いが胸の内を過ぎる。
「なんで貴方がここにいるのかしら。レンヴォルト」
強ばった私の視線の先にいたのは、憤怒の形相を浮かべたレンヴォルトだった。
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