5 / 14
#5
しおりを挟む
「これで一段落ね」
国王陛下との謁見も終わり、あらかたの用事を全て終えた私はエオリア侯爵邸の自室に戻ってきた。
窓のそばにある椅子に座り、庭園をぼんやりと眺めながら今後の計画を練る。
国王陛下から与えられた休暇期間中は聖女としての仕事を一切放棄し、ゆっくりと過ごそう。
こんなことは初めてだ。いつも聖女として皆に請われるままに治癒と再生の力を使い、王国のために尽くしてきた。たまには聖女であることを忘れても許されるだろう。
「ふふっ。何しよう? そういえば王都にケーキの美味しいお店があると聞いたことがあるわ。行ってみようかしら」
気になっていた本を読むのもいいし、流行りのドレスを買いに街に出るのもいいかもしれない。お菓子を沢山食べて気の向くままに好きなことをする。
今までにない長い休暇を与えられ、私は浮き足立っていた。
「そうだわ。旅行に行くのもいいわね!」
聖女は国にとっても重要な存在であるため、国外に行くことは滅多にない。私は他の国のことを本を読んで得た知識や、夜会で話に聞いた程度しか知らなかった。
リオース王国には海がない。しかし隣国のファルネラは国土の半分ほどが海に囲まれた地で、新鮮な魚料理が絶品なのだと聞いたことがある。いい機会だし、ファルネラに行ってみようかな?
「お父様に相談してみましょう」
ワクワクして庭園を見下ろし、私は今後の予定をあれこれ考える。まだ具体的にどう過ごすかを決めたわけではないけれど、考えるだけで楽しかった。
自然と笑顔になって椅子に座ったままあれこれ思案する私に、不意に声がかけられた。
「――浮気されて離縁したって聞いたけど、割と元気そうだな」
「うわっ!」
いきなり背後から声をかけられて驚いた私は、椅子をガタンと鳴らし、立ち上がってしまった。そのまま声の方向へ振り向くと、部屋の扉の前に人の姿があった。
見たことのない騎士服をまとった青年がノックもせず、妙齢の女性の部屋に勝手に入ってきた不届き者に冷たい視線を浴びせる。
「人の部屋に勝手に入ってくるなんて失礼な輩ね。それで、貴方は誰?」
すると相手は、警戒心丸出しの私の姿に目を丸くした様子だった。
「え、俺が分からないの?」
キョトンとした様子の男。
まるでこちらの反応が心外だと言わんばかりの態度だが、本当に心当たりがなかった。
「知らないわね。群青の騎士服がファルネラのものだということは知ってるけれど、あいにく隣国に知り合いなんていないの」
そう言うと、男はしゅんとして項垂れた。
癖のある金髪がサラリと揺れて、翠の双眸が細められる。眉を困ったように伏せるその男には全く覚えがないはずなのに、その姿が心のどこかで引っかかった。
「えー。幼馴染を忘れるとかあるかよ? 俺だ、ユルだ。ユルド・シルクスだよ」
「えっ!?」
名前を聞いてようやく思い出す。それは幼い日、四年間だけ共に過ごした大事な幼馴染の名前だった。
隣国から仕事の都合で引っ越してきたという少女は私にとって大事な約束を交わした相手だった。
けれど信じられない。
え。嘘。だって。
波打つ金色の髪に丸くクリクリとした翠の瞳。透き通るような白い肌を持ったユルは、幼いながらも整った顔立ちをした美少女だと巷で有名だった。
「ユルって女じゃなかったの!?」
不意の再会で判明した事実。私は心の底からの驚愕に素っ頓狂な声を上げた。
国王陛下との謁見も終わり、あらかたの用事を全て終えた私はエオリア侯爵邸の自室に戻ってきた。
窓のそばにある椅子に座り、庭園をぼんやりと眺めながら今後の計画を練る。
国王陛下から与えられた休暇期間中は聖女としての仕事を一切放棄し、ゆっくりと過ごそう。
こんなことは初めてだ。いつも聖女として皆に請われるままに治癒と再生の力を使い、王国のために尽くしてきた。たまには聖女であることを忘れても許されるだろう。
「ふふっ。何しよう? そういえば王都にケーキの美味しいお店があると聞いたことがあるわ。行ってみようかしら」
気になっていた本を読むのもいいし、流行りのドレスを買いに街に出るのもいいかもしれない。お菓子を沢山食べて気の向くままに好きなことをする。
今までにない長い休暇を与えられ、私は浮き足立っていた。
「そうだわ。旅行に行くのもいいわね!」
聖女は国にとっても重要な存在であるため、国外に行くことは滅多にない。私は他の国のことを本を読んで得た知識や、夜会で話に聞いた程度しか知らなかった。
リオース王国には海がない。しかし隣国のファルネラは国土の半分ほどが海に囲まれた地で、新鮮な魚料理が絶品なのだと聞いたことがある。いい機会だし、ファルネラに行ってみようかな?
「お父様に相談してみましょう」
ワクワクして庭園を見下ろし、私は今後の予定をあれこれ考える。まだ具体的にどう過ごすかを決めたわけではないけれど、考えるだけで楽しかった。
自然と笑顔になって椅子に座ったままあれこれ思案する私に、不意に声がかけられた。
「――浮気されて離縁したって聞いたけど、割と元気そうだな」
「うわっ!」
いきなり背後から声をかけられて驚いた私は、椅子をガタンと鳴らし、立ち上がってしまった。そのまま声の方向へ振り向くと、部屋の扉の前に人の姿があった。
見たことのない騎士服をまとった青年がノックもせず、妙齢の女性の部屋に勝手に入ってきた不届き者に冷たい視線を浴びせる。
「人の部屋に勝手に入ってくるなんて失礼な輩ね。それで、貴方は誰?」
すると相手は、警戒心丸出しの私の姿に目を丸くした様子だった。
「え、俺が分からないの?」
キョトンとした様子の男。
まるでこちらの反応が心外だと言わんばかりの態度だが、本当に心当たりがなかった。
「知らないわね。群青の騎士服がファルネラのものだということは知ってるけれど、あいにく隣国に知り合いなんていないの」
そう言うと、男はしゅんとして項垂れた。
癖のある金髪がサラリと揺れて、翠の双眸が細められる。眉を困ったように伏せるその男には全く覚えがないはずなのに、その姿が心のどこかで引っかかった。
「えー。幼馴染を忘れるとかあるかよ? 俺だ、ユルだ。ユルド・シルクスだよ」
「えっ!?」
名前を聞いてようやく思い出す。それは幼い日、四年間だけ共に過ごした大事な幼馴染の名前だった。
隣国から仕事の都合で引っ越してきたという少女は私にとって大事な約束を交わした相手だった。
けれど信じられない。
え。嘘。だって。
波打つ金色の髪に丸くクリクリとした翠の瞳。透き通るような白い肌を持ったユルは、幼いながらも整った顔立ちをした美少女だと巷で有名だった。
「ユルって女じゃなかったの!?」
不意の再会で判明した事実。私は心の底からの驚愕に素っ頓狂な声を上げた。
73
お気に入りに追加
4,306
あなたにおすすめの小説
一年で死ぬなら
朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。
理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。
そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。
そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。
一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・
【完結】旦那様の幼馴染が離婚しろと迫って来ましたが何故あなたの言いなりに離婚せねばなりませんの?
水月 潮
恋愛
フルール・ベルレアン侯爵令嬢は三ヶ月前にジュリアン・ブロワ公爵令息と結婚した。
ある日、フルールはジュリアンと共にブロワ公爵邸の薔薇園を散策していたら、二人の元へ使用人が慌ててやって来て、ジュリアンの幼馴染のキャシー・ボナリー子爵令嬢が訪問していると報告を受ける。
二人は応接室に向かうとそこでキャシーはとんでもない発言をする。
ジュリアンとキャシーは婚約者で、キャシーは両親の都合で数年間隣の国にいたが、やっとこの国に戻って来れたので、結婚しようとのこと。
ジュリアンはすかさずキャシーと婚約関係にあった事実はなく、もう既にフルールと結婚していると返答する。
「じゃあ、そのフルールとやらと離婚して私と再婚しなさい!」
……あの?
何故あなたの言いなりに離婚しなくてはならないのかしら?
私達の結婚は政略的な要素も含んでいるのに、たかが子爵令嬢でしかないあなたにそれに口を挟む権利があるとでもいうのかしら?
※設定は緩いです
物語としてお楽しみ頂けたらと思います
*HOTランキング1位(2021.7.13)
感謝です*.*
恋愛ランキング2位(2021.7.13)
王妃はわたくしですよ
朝山みどり
恋愛
王太子のやらかしで、正妃を人質に出すことになった。正妃に選ばれたジュディは、迎えの馬車に乗って王城に行き、書類にサインした。それが結婚。
隣国からの迎えの馬車に乗って隣国に向かった。迎えに来た宰相は、ジュディに言った。
「王妃殿下、力をつけて仕返ししたらどうですか?我が帝国は寛大ですから機会をたくさんあげますよ」
『わたしを退屈から救ってくれ!楽しませてくれ』宰相の思惑通りに、ジュディは力をつけて行った。
勝手に召喚して勝手に期待して勝手に捨てたじゃないの。勝手に出て行くわ!
朝山みどり
恋愛
大富豪に生まれたマリカは愛情以外すべて持っていた。そして愛していた結婚相手に裏切られ復讐を始めるが、聖女として召喚された。
怯え警戒していた彼女の心を国王が解きほぐす。共に戦場へ向かうが王宮に反乱が起きたと国王は城に戻る。
マリカはこの機会に敵国の王と面会し、相手の負けで戦争を終わらせる確約を得る。
だが、その功績は王と貴族に奪われる。それどころか、マリカは役立たずと言われるようになる。王はマリカを庇うが貴族の力は強い。やがて王の心は別の女性に移る・・・
ある王国の王室の物語
朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。
顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。
それから
「承知しました」とだけ言った。
ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。
それからバウンドケーキに手を伸ばした。
カクヨムで公開したものに手を入れたものです。
【本編完結】番って便利な言葉ね
朝山みどり
恋愛
番だと言われて異世界に召喚されたわたしは、番との永遠の愛に胸躍らせたが、番は迎えに来なかった。
召喚者が持つ能力もなく。番の家も冷たかった。
しかし、能力があることが分かり、わたしは一人で生きて行こうと思った・・・・
本編完結しましたが、ときおり番外編をあげます。
ぜひ読んで下さい。
「第17回恋愛小説大賞」 で奨励賞をいただきました。 ありがとうございます
短編から長編へ変更しました。
62話で完結しました。
聖女の婚約者と妹は、聖女の死を望んでいる。
ふまさ
恋愛
聖女エリノアには、魔物討伐部隊隊長の、アントンという婚約者がいる。そして、たった一人の家族である妹のリビーは、聖女候補として、同じ教会に住んでいた。
エリノアにとって二人は、かけがえのない大切な存在だった。二人も、同じように想ってくれていると信じていた。
──でも。
「……お姉ちゃんなんか、魔物に殺されてしまえばいいのに!!」
「そうだね。エリノアさえいなければ、聖女には、きみがなっていたのにね」
深夜に密会していた二人の会話を聞いてしまったエリノアは、愕然とした。泣いて。泣いて。それでも他に居場所のないエリノアは、口を閉ざすことを選んだ。
けれど。
ある事件がきっかけで、エリノアの心が、限界を迎えることになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる