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第一章「追放の決断」

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王都の中心部にそびえる白亜の宮殿。その一角にある小さな部屋で、アスカは震える手を静かに握りしめていた。窓からは高く澄んだ秋の空が見え、王都の人々が歩く音や喧騒がかすかに聞こえてくる。しかし、彼女の心はどこか別の場所に囚われていた。

「アスカ・エヴァンス、王の命により、あなたは『聖女』の地位を剥奪され、王都から追放されることが決定しました。」

無感情な口調で告げられたその言葉に、アスカはただ呆然と立ち尽くしていた。彼女は王国の癒しの聖女として、人々の病や怪我を癒し、多くの信頼と敬意を集めていた。それが突然、一夜にしてすべてを失うことになるなど、考えたこともなかった。

「なぜ、どうしてこんなことに…」

ふと、周囲を見回すと、王宮の高官たちが冷たい目で彼女を見下ろしている。その中には、宮廷魔導士のリチャードもいた。彼はアスカに向けてにやりと笑い、嘲笑を浮かべていた。アスカは心の中でその冷たい視線を避けたくて、拳を強く握り締めた。

彼女は知っていた。リチャードが彼女を目の敵にしていたことも、その背後に隠された陰謀の存在も。しかし、それを証明する術も、抗議する声も、今はすべて封じられている。アスカは目を閉じ、深呼吸をした。頭の中で何度も自分の無実を訴える言葉が渦巻くが、口からは何一つ言葉が出てこない。

「お分かりでしょう。これは王の決定です。逆らうことは許されません。」

彼女に対して突きつけられた無情な言葉は、逃げ場のない絶望感をさらに増幅させた。アスカの心には、これまでの功績や人々への貢献が頭をよぎり、胸が締め付けられるように痛んだ。しかし、それでも王の命令を覆す術はなく、彼女の未来は絶望的なものとして見えていた。

「さあ、立ち去りなさい」

彼女を見下ろす者たちは、もはや彼女を人間としても見ていないかのようだった。冷ややかな視線が突き刺さり、アスカの心は耐えきれないほどの悲しみに沈んでいく。追放の言葉を告げられたその瞬間、彼女の心にはぽっかりと穴が開いたようだった。

部屋を出ると、アスカの視界がぼやけ始めた。まるで自分が夢の中にいるかのような感覚に襲われ、足がふらつく。長年仕えてきた王都、助けを求める人々に寄り添ってきた日々が、無情に閉ざされてしまった。

そのとき、アスカはふと街の人々の姿を思い出した。彼女が癒しを与えた家族、笑顔を取り戻した子供たち、彼女を「聖女様」と慕ってくれた多くの人々。だが、今やそれらもすべて、手の届かないものとなった。

「…私がいなくても、彼らはきっと元気でいてくれるはず」

小さな声で自分に言い聞かせ、涙をこらえた。アスカは、王都を去る道を一歩ずつ歩み始めた。歩を進めるたびに、背後から王宮の冷たい視線が追ってくるような気がしたが、彼女は振り返らずにただ前だけを見据えた。

王都の門に差し掛かると、見送りの人々も誰一人おらず、彼女は一人ぼっちだった。だが、その静けさがかえって彼女の心を強くした。彼女の持つ唯一の所持品は、小さな薬草の袋と、信頼する人々から贈られたお守りだけ。それでも彼女は歩みを止めなかった。

「さよなら、私の王都…」

最後にそう呟き、彼女は門をくぐり抜け、故郷ともいえる王都を背にした。足元の砂利が彼女の歩調に合わせて音を立てる中、アスカは未来への不安と少しの決意を胸に秘めていた。

彼女は追放され、すべてを失った。しかし、その瞬間から新しい道が始まったのだ。


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