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第四章:彼女の選択

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アヴァンシアは過去との決別を果たし、村での静かな生活を続けていた。心を支えてくれる村人たちとの交流はもちろんのこと、何よりアランの存在が彼女にとって大きな安心感となっていた。彼は無口で、必要以上に干渉することなく、いつも彼女の傍にいてくれる。アランとの穏やかな時間が、アヴァンシアの心を温かく包み、彼女に新たな生き方を教えてくれた。

そんな中、アヴァンシアが村での生活に馴染み始めて数ヶ月が過ぎた頃、彼女にとって試練とも言える出来事が訪れることになる。それは、王都からの使者が村を訪れ、アヴァンシアに再び王宮に戻ってくるよう告げる知らせであった。

「王太子殿下からの正式な招待状です、アヴァンシア様」

村外れの宿屋で使者と対峙するアヴァンシアは、かつてのような動揺や悲しみを感じなかった。むしろ、今の自分には何も縛られるものはないという確信が胸に広がり、冷静にその場を見渡していた。

「…お断りします」

アヴァンシアは、使者に対して静かにそう告げた。かつての自分であれば、王宮からの召集に背くことなど考えられなかっただろう。だが今や、彼女は誰かのために生きるのではなく、自分のために生きることを選んだのだ。その選択は揺らぐことなく、使者の困惑した顔に対しても毅然としていた。

「ですが、殿下は真摯な思いで——」

「真摯な思い?それなら、どうしてもっと早くにそれを示してくれなかったのでしょうか?私はもう、王宮の生活には戻りません。ここで過ごすことが、今の私には一番の幸せなのです」

彼女の言葉は一片の迷いもなく、使者は何も言い返せずに困惑しながら立ち去った。アヴァンシアの断固たる決意は、王太子への未練が完全に消えたことを示していた。


---

使者が去った後、アヴァンシアは一人で夕暮れの村の道を歩いていた。心は驚くほどに穏やかで、自分が新たな一歩を踏み出したことを実感していた。そんな彼女の前に、アランが静かに現れた。彼は一言も言わずに彼女の隣に立ち、同じ道を歩き始めた。

「アラン、あなたは私の選択をどう思いますか?」

彼女が問いかけると、アランは少し考えるように視線を遠くへ向けたが、やがて静かに答えた。

「俺は、君の選択を尊重する。ただ、君がここにいてくれることが俺にとっても心地よい。それだけだ」

その言葉は短くも温かく、彼の不器用な優しさが伝わってきた。アヴァンシアは微笑み、彼に感謝の気持ちを伝えた。

「ありがとう、アラン。あなたがいてくれることが、私の力になっています」

それからの日々、アヴァンシアは村での生活をますます楽しむようになり、アランとの関係も徐々に深まっていった。二人は言葉少なに互いの存在を感じ合いながら、村での穏やかな生活を共に送っていた。彼との日常の中で、彼女は初めて「誰かのために尽くす」ことを負担に感じない、自然な愛情を感じ始めていた。


---

そして、ある日の夕暮れ時。アヴァンシアはアランに「一緒にこの村で新しい家を築こう」と提案した。彼女は王宮での豪華な生活に戻ることではなく、村の人々と共に支え合い、日々を大切に生きていく生活を望んでいたのだ。

「俺と一緒に、か?」

アランは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに彼の顔に柔らかな微笑みが浮かんだ。彼もまた、彼女と共にあることを心から望んでいた。

「…ああ、いいだろう。俺も君とここで新しい家を築くのは悪くない」

アヴァンシアの提案に応えたアランの声には、深い安心感と喜びが込められていた。二人は夕陽に照らされながらお互いの手を握り締め、これからの未来を共に歩むことを誓った。その誓いは、かつての婚約とは異なる、自らの意志で選び取った愛の形だった。

こうして、アヴァンシアはアーサーからの婚約破棄という痛みを乗り越え、新しい人生を自分で選ぶことができる強い女性へと成長した。彼女はもう誰にも縛られることなく、アランと共に村での平穏な生活を歩み始める。

彼女の選択は、過去の傷を癒し、これからの人生に新たな希望と愛をもたらしてくれた。アヴァンシアはアランと共に築く新しい日々の中で、再び笑顔を取り戻し、真の幸福を手に入れることができたのだった。

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