バイオレットの逆襲

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第一章:裏切りの婚約破棄

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バイオレット・デ・ラ・フロールは、王国随一の名家であるフロール公爵家の一人娘であった。長い銀髪と紫の瞳は、まるで高貴な花のように輝いており、彼女の存在は誰もが認めるほどの気品に満ちていた。彼女は幼少期から貴族としての教養を積み、社交界では“紫の薔薇”と称されるほど評判が高かった。そんな彼女には、数年前に婚約を交わした相手、アレクサンドル・フォン・カミュ侯爵がいた。侯爵家は王国でも有力な貴族であり、バイオレットとアレクサンドルの婚約はまさに理想の組み合わせとして人々から羨望の眼差しを向けられていた。

ところが、ある日突然、アレクサンドルはバイオレットに婚約破棄を告げた。

「バイオレット、すまないが、私たちの婚約は解消させてほしい」

あまりにも唐突な言葉に、バイオレットは信じられない思いで彼を見つめ返した。長年、共に歩んできた相手からの冷酷な通告に、彼女は声を失ってしまった。アレクサンドルは少しの逡巡も見せず、その瞳に冷淡な光を宿し続けている。

「理由を教えてください、アレクサンドル様」

やっとの思いで声を振り絞り、彼女は問いかけた。彼女の声には僅かに震えが含まれていたが、その目は決して動揺を見せまいとまっすぐに彼を見据えていた。

「君は、確かに美しいし、教養も素晴らしい。だが……なんというか、少し地味すぎるんだ。もっと華やかな女性がいい」

アレクサンドルはまるで、些細なことを語るかのように軽々と口にした。彼の言葉は彼女の胸に冷たい刃となって突き刺さる。華やかさが足りないと言われるなど、バイオレットには思いもよらないことだった。彼女は決して派手に振る舞うことを好まなかったが、それは自身の家柄と自らの信念に基づく慎ましさであり、欠点だと感じたことは一度もなかった。

「……それが、婚約破棄の理由ですか?」

バイオレットは冷静を装いながら問い直す。しかし、彼女の内心では、アレクサンドルの言葉が次々と胸に響いていた。愛する人から、自分の在り方そのものを否定されたような気がして、胸の奥が痛んだ。

「そうだ。それに、他にも適任者が見つかった。彼女は華やかで、誰もが振り返るほどの美しさを持っている。それに比べると、君はどうしても地味だ」

アレクサンドルの口ぶりからは、全く後ろめたさも感じられなかった。彼はその新しい婚約者である伯爵令嬢のことを誇らしげに語り、まるでバイオレットとの過去が無意味であったかのように振る舞った。

「私は貴方のために努力してきました。貴方が望む教養も品位も身につけ、フロール家の名に恥じぬようにと心がけてきたのです。地味だと言われるのなら、それは私の品性と家柄を守るためでした」

バイオレットは、静かながらも毅然とした口調で言い返した。しかし、アレクサンドルは彼女の言葉を取り合う気配もなく、冷たい微笑を浮かべるだけだった。

「君の努力は認めるが、それはもう関係ない。君にはこれから別の道を歩んでもらいたい」

アレクサンドルの無情な言葉に、バイオレットは完全に心が冷えた。今までの彼との思い出が、瞬時に崩れ去るように感じた。

その後、アレクサンドルはあっさりとその場を去り、まるでバイオレットの存在など初めから無かったかのように振る舞った。彼が去った後の部屋には、虚無だけが残り、彼女はただ一人、立ち尽くすしかなかった。


---

アレクサンドルとの婚約破棄は、瞬く間に社交界に広まった。公爵家の一人娘が捨てられたというニュースは、たちまち噂となり、さまざまな憶測を呼び起こした。バイオレットはその騒ぎの中で冷静を保とうと努めたが、胸の奥にある苦しみと悲しみは隠しきれなかった。

周囲の反応も様々だった。中にはバイオレットを哀れむ声もあったが、アレクサンドルの新しい婚約者である伯爵令嬢の派手さに注目する者も多かった。彼女の華やかな姿は多くの人々を魅了し、アレクサンドルの選択を賞賛する声すら聞こえてくる始末だった。

だが、その一方で、バイオレットに忠実な友人や召使いたちは彼女のもとに寄り添い、励ましの言葉をかけてくれた。特に、幼少の頃から仕えている侍女のクララは、彼女の心情を察し、毎晩バイオレットが一人きりにならないようにしてくれていた。

「お嬢様、どうかご自分を責めないでください。アレクサンドル様のような方は、お嬢様には相応しくありませんでした。きっと、もっとお嬢様の本当の良さを理解してくださる方が現れます」

クララの言葉に、バイオレットは小さく微笑んだ。だが、その微笑みにはどこか憂いが残っていた。

「ありがとう、クララ。でも、今はただ、少しだけ時間が欲しいわ」

バイオレットは、静かに窓の外を眺めた。今まで自分が築き上げてきたものが、いとも簡単に壊れてしまったように感じていた。しかし、内心では、この痛みを糧にして新たな道を見つけたいという思いも芽生え始めていた。

「私の価値は、私自身が決めるもの。彼がどう思おうと、私は私の道を歩いていくわ」

彼女の心の中に、静かだが確かな決意が生まれつつあった。それは、再び自分の人生を取り戻すための第一歩となる予感だった。

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