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第一章: 婚約破棄と屈辱
しおりを挟む――それは、まるで運命が断ち切られる瞬間のようだった。
「エリザ、君とはもう婚約を解消する。」
レオナルド王太子の冷ややかな言葉が、エリザ・ヴァレンティーナの胸を鋭く突き刺した。まるで刃のようなその一言に、彼女はしばし言葉を失った。広い謁見の間には、静寂が支配する。あまりにも唐突で、あまりにも残酷なこの宣告に、周囲の貴族たちも動揺していた。だが、彼女はただひたすらに耐えた。何が起こっているのか、すぐには理解できなかった。
婚約――それは彼女にとって、未来を象徴する言葉だった。王太子の妃となり、国を支える者として生きる。幼い頃からずっとそれを目指して教育を受けてきたのだ。だが、それが今、一瞬にして消え去った。
「なぜ……ですか?」
やっとのことで声を絞り出したエリザの問いかけは、虚ろに響く。自分に何が足りなかったのか、どこが間違っていたのか、それすらも理解できないままだった。王太子のレオナルドは、彼女を冷たく見下ろしながら、無情に答えた。
「君は退屈だ、エリザ。感情を表に出さず、ただ従順でいることが、いつしか僕には重荷になった。」
彼女は言葉を失い、心臓が強く脈打つのを感じた。これまで彼女が心掛けてきたのは、貴族としての正しい振る舞いだった。決して目立たず、慎ましやかに、王太子を支えるに相応しい妃であろうと努めてきたのだ。それが「退屈だ」とは、どういうことなのか。理解することができなかった。
しかし、さらに彼の言葉は続いた。
「僕には新しい相手がいる。彼女は感情豊かで、僕を常に刺激してくれる。だから、エリザ、君とはもう終わりだ。」
その「新しい相手」という言葉に、エリザの目はかすかに揺れた。目の前には、自信に満ちた微笑みを浮かべた女性が立っていた。彼女の名はセリーナ・アルメリア。エリザの友人として社交界で知り合った女性だが、いつからかその表情に潜む嫉妬と野心を感じるようになっていた。
「セリーナ……」
エリザが彼女の名前を呟くと、セリーナは優雅に微笑んだ。その笑みには勝ち誇ったような色が宿っていた。
「ごめんなさいね、エリザ。こうなるのは仕方のないことよ。あなたも理解してくれるでしょう? 私とレオナルド様は、とても相性がいいの。」
まるで、何も悪いことをしていないかのように語るセリーナの言葉に、エリザの胸は怒りと屈辱でいっぱいになった。しかし、その感情を押し殺すしかなかった。貴族としての誇りが、それを許さなかったのだ。
「……そうですか、わかりました。」
そう呟いた彼女の声は、まるで他人事のように聞こえた。どんなに心が砕けそうでも、泣いてはいけない。ここで取り乱せば、周囲の人々の嘲笑の的になるだけだ。エリザは冷静さを保ち、ゆっくりと頭を下げた。
「婚約の解消、承知いたしました。王太子殿下とセリーナ様のご多幸をお祈り申し上げます。」
その言葉を口にした瞬間、エリザの中で何かが確かに崩れ落ちた。幼少期から育て上げられてきた夢も、未来も、すべてが無残に散り去ったのだ。しかし、彼女はその場に立ち尽くしながらも、背筋を伸ばして礼を尽くした。屈辱にまみれた瞬間であっても、誇りだけは失ってはならない。
謁見の間を後にする彼女の背中に、王太子やセリーナの冷ややかな視線が突き刺さる。周囲の貴族たちも、囁き合いながら彼女を見送った。だが、エリザはそれに耳を傾けることなく、ただ黙々とその場を去った。
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エリザが自室に戻った時、彼女はようやく自分を解放することができた。誰もいないその場所で、彼女は力なくベッドに倒れ込み、涙を流した。何が悪かったのか、どこで間違えたのか、何もわからない。ただ、一つだけわかっていることは、自分はすべてを失ったということだった。
王太子との婚約は、彼女の人生そのものだった。両親も、王太子との縁を通じて家の名誉を守ることを期待していた。しかし、その期待は無惨にも裏切られ、エリザは一人取り残されたのだ。
泣いても泣いても、涙は止まらなかった。彼女の心は、怒りと屈辱、そして深い悲しみで満たされていた。しかし、その中で彼女は、ふと一つの考えに至る。
「……私は、こんなことで終わりたくない。」
彼女の中に、かすかながらも意志の火が灯った。王太子の婚約破棄という屈辱にまみれたが、だからこそ、自分を証明する必要があるのだ。エリザはゆっくりと起き上がり、涙を拭い去った。
「私は、強くなる。絶対に見返してやる。」
この瞬間、エリザは心の中で誓った。彼女はもう一度立ち上がり、失ったものを取り戻すために進む決意を固めたのだ。
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