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第三章:旧友たちの凋落と訪問者

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エミーナ・エスティマエが新天地で聖女としての役割を果たし、名声を高めていく一方、かつて彼女を追放した王国は混乱に陥っていた。エミーナが王宮を去ってからというもの、王国には数々の不幸が襲いかかっていた。疫病が蔓延し、作物が不作に見舞われ、隣国との関係も悪化する一方だった。かつてのエミーナの力が、どれほど国を支えていたかを思い知らされた王と貴族たちは、次第に彼女を手放したことを後悔するようになっていた。

しかし、彼らは一度は聖女を追放した手前、簡単に「戻ってきてくれ」とは言えない状況にあった。特に、エミーナを追い出すことに積極的だった貴族たちは、彼女がいないことで自分たちの地位や利益が損なわれることに気づき、焦り始めたのだ。彼らの中には、エミーナを悪者に仕立て上げた者もおり、その罪悪感が徐々に心を蝕んでいた。

「今さら彼女に頭を下げるのか…?」と口には出さないが、心の中で彼らは苦渋の選択を迫られていた。

ある日、王宮に集まった貴族たちは、王の命を受けてエミーナを探し出し、何とかして戻ってきてもらおうと話し合いを始めた。そして、最も信頼されていた騎士団長リュカが使者として選ばれることになる。かつて彼女の婚約者であり、冷酷にも彼女を裏切った男である。リュカもまた、自分の選択がもたらした結果に悩んでいた。彼の心には後悔の念が渦巻いていたが、同時に彼女に会うことへの恐れもあった。


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エミーナが滞在しているレーヴェルの村に使者が到着したのは、夕暮れが近づく頃だった。彼女が広場で村人たちと談笑しているところに、リュカが姿を現した。その姿を目にした瞬間、エミーナの心には複雑な感情が湧き上がった。彼女のかつての婚約者、そして裏切り者。その存在を目の当たりにしたことで、忘れかけていた王宮での辛い記憶が蘇ってきた。

「エミーナ…」

リュカは小声で彼女の名前を呼び、その表情にはかつての威厳とは違う、どこか疲れた様子が見て取れた。エミーナは冷ややかな視線を彼に向け、まるでかつての彼女の心を無視していた彼への当てつけのように、平然とした態度を保った。

「何のご用でしょうか、リュカ様?」

彼女の冷たく鋭い言葉に、リュカは言葉を詰まらせた。しかし、彼は一度深呼吸をし、使命を果たすべく意を決して話し始めた。

「エミーナ、王国が君を必要としている。疫病や不作に悩まされている我が国は、君の力がなければ立ち行かない。どうか、戻ってきてくれないか?」

エミーナはリュカの言葉を聞き、心の奥で笑いがこみ上げるのを感じた。かつて自分を切り捨てた彼らが、今になって助けを求めるとは皮肉なものだと思った。しかし、その感情を顔には出さず、冷静な態度で返答した。

「戻る?今さら私に戻れと言うのですか?かつてあなた方が私を追放したことを、もう忘れたのでしょうか?」

エミーナの言葉には棘が含まれており、それがリュカの胸に突き刺さった。彼はうつむき、返す言葉を探すが何も出てこなかった。

「エミーナ、私たちは…君を誤解していた。君の力がどれだけ我が国にとって重要だったか、ようやく気づいたんだ」

彼の声には後悔が滲んでいたが、エミーナは一切の同情を示さなかった。彼女はかつての王国が自分を追放したときの冷酷さを忘れてはいなかったし、今さら戻って彼らのために力を使う気など微塵もなかったのだ。

「私はもう戻りません。この村で必要とされ、人々のために力を尽くすことができる場所を見つけたのです。あなた方が困っているからといって、私が戻る理由などないのです」

エミーナの断固とした態度に、リュカは絶望的な表情を浮かべた。彼の心には後悔と苦しみが渦巻いていたが、同時にエミーナの決意が揺らがないことを理解した。そして、王国に戻った彼は、貴族たちにエミーナの拒絶を伝えることになる。


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エミーナの拒絶が王国に伝わると、貴族たちはさらに混乱に陥った。彼らは自らの行いが引き起こした結果に直面し、エミーナの追放がどれほど愚かな判断だったかを痛感していた。しかし、彼らはもはやエミーナの力を頼ることができず、国はますます混迷を深めていく。
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