冷たき炎のレディ

プロローグ

エレノア・ヴァレンスは、美しい夜空を見上げながら、自分の人生が変わる瞬間を心に刻んでいた。

「エレノア、お前は名家の娘として、誰よりも立派に育ってくれた。これからも家の名誉を守るために、尽力してくれると信じているよ。」

父親の厳格な声が、耳の奥でこだまする。幼い頃から彼女には、この重い期待が課せられていた。それは、貴族としての誇り、家族の名誉、そして何よりも「完璧」であることを求めるものだった。

「はい、お父様。私はヴァレンス家の娘として、恥じることのない行動を心がけます。」

エレノアはいつも通り、冷静な表情でそう答えた。父親が満足げに頷くのを見ながら、彼女の心は静かに炎を燃やしていた。

その燃え盛る炎は、彼女がまだ幼かった頃から徐々に大きくなっていた。彼女は、家族の期待に応え、周囲の誰からも羨望の眼差しを向けられる存在だった。しかし、彼女が本当に望んでいたものは、他人の期待に応えることではなかった。

彼女の心を占めていたのは、一つの想いだった。――それは、レオナルド・ドレイクという名の若き貴族への恋情だ。彼はエレノアが16歳の時、婚約者として選ばれた人物であり、彼女にとっては全てだった。

「エレノア、お前は本当に幸せそうだな。レオナルド様はお前にふさわしい相手だ。」

母親がいつも言っていたその言葉に、エレノアはただ頷くしかなかった。彼女は、レオナルドと過ごす未来を夢見ていた。彼の優雅な笑顔、彼の甘い言葉、それらすべてがエレノアの心を満たしていた。

しかし、その夢はあまりにも脆く、儚いものだった。

結婚式を目前に控えたある日、エレノアの夢は無惨にも打ち砕かれた。レオナルドが突然、婚約を破棄し、別の貴族の娘と結婚するという知らせが彼女の元に届いたのだ。

「何故……？どうして……？」

エレノアはその知らせを受け取った瞬間、まるで心臓を凍りつかせたかのように動けなくなった。彼の裏切りは、彼女の全てを奪い去った。その時、彼女の中で何かが壊れた。

家族は彼女を慰めるどころか、責める言葉を投げかけた。「お前がもっと魅力的だったなら」「お前がもっと聡明だったなら」。彼らの言葉は、エレノアの心を更に深く傷つけた。

その日、エレノアの心に残ったのは、冷たい炎だけだった。彼女はその炎を胸に秘め、誓った。――もう二度と、誰にも心を許さない。もう二度と、誰にも裏切られない。彼女は冷徹な仮面を被り、完璧な令嬢としての役割を演じることで、全てを守ろうと決意した。

彼女の心の中で燃える冷たい炎は、やがて彼女自身をも変えていく。愛も憎しみも、全てを燃やし尽くすその炎は、彼女を強くし、冷酷にした。これから始まる物語は、冷たくも激しい復讐の物語――そして、真実の愛を探し求める旅の始まりだった。

エレノアは、暗い空を見上げながら、再び心に誓う。

「もう二度と、誰にも私を傷つけさせはしない……」