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第三章:「成仏するかしないか大作戦」
しおりを挟む麗子との不思議で愉快な生活が続いていた。しかし、僕が麗子への想いを伝えた夜から、どこか麗子は落ち着かない様子で、少し浮かない顔をするようになっていた。何度か「どうしたの?」と聞いても「大丈夫です」と笑顔で返してくれるのだが、どうも様子がおかしい。
そんなある晩、麗子が真剣な顔で僕の前に立った。
「孝明さん、そろそろ決断しなければいけないことがあります」
「えっ、何のこと?」
「成仏するか、このまま幽霊として残るか……」
麗子の言葉に、僕はドキッとした。まさか、彼女がこんなことを考えているとは思ってもみなかった。
「えーと、でも、俺といると楽しいって言ってくれたじゃん? 成仏する必要ある?」
「楽しいのは事実です。でも、私が怨霊としてここに居続けることで、孝明さんの体調に影響が出てしまうかもしれません。それは私には耐えられません」
確かに最近、少しずつ頭痛や肩こりがひどくなってきている気もする。けれども、そんなことで彼女と別れるなんて考えられなかった。
「でもさ、君がいなくなったら俺のほうがもっと体調悪くなると思うよ? 心の問題で」
麗子は微妙に眉をひそめながら、「それは……困りますね」と真剣に考え込み始めた。どうやら、簡単には納得しない様子だ。
「じゃあ、こうしよう! 成仏するにしても、まず“成仏の練習”をしてみようよ。それでうまくいかなかったら、そのときはまた考えるっていうのは?」
「成仏の練習……?」
彼女はぽかんとした表情で僕を見つめる。幽霊にとっても初めての提案だったようだ。
「そう、成仏の練習! 突然成仏するのは無理だと思うから、まずは何度かトライしてみて、その気になったら本番に挑戦するって感じでさ」
「……うーん、何か説得力があるようなないような……」
麗子は少し考え込んでいたが、僕が真剣な表情で提案しているのを見て、最終的には「わかりました、やってみます」と答えてくれた。
こうして僕たちは、麗子の成仏練習計画をスタートさせることになった。
---
翌日、僕と麗子は「成仏のイメージトレーニング」を行うことにした。幽霊にとって成仏とは何かをイメージすることが重要らしいので、まずは彼女に「成仏ってどういう感じ?」と尋ねてみた。
「うーん、成仏というのは、心がふわっと軽くなって、風のように消えていくイメージですかね?」
「じゃあ、まずリラックスが大事ってことだね」
僕は真剣にメモを取るふりをしながら、麗子に「ふわっとするイメージ」を持たせるため、深呼吸を一緒にしてみることにした。彼女もそれに合わせて「ふぅー……」と息を吐くのだが、何ともぎこちなく、むしろ肩が凝ってしまいそうな様子だった。
「ふ、ふわっとするって難しいですね……」
「だよね。じゃあ、次の方法を試そう」
僕はあらかじめ用意しておいたアロマキャンドルに火をつけ、リラックスできる空間を作ってみた。幽霊にも効果があるかはわからないけれど、これで少しはふわっとした気分になれるかもしれない。
「どう? ふわっとした?」
「うーん、ふわっと……というよりも、煙でむせそうな気がします……」
確かに、僕の部屋は狭いため、アロマの香りがむしろ充満しすぎてしまったようだ。麗子は幽霊だから大丈夫だと思っていたが、意外と過剰な香りには弱いらしい。
「ご、ごめん。じゃあ、もっとシンプルに“心の中でありがとうを唱える”ってのはどう?」
「ありがとう……ですか?」
「そう、今までの未練とか感謝とかを思い出しながら、心の中でありがとうを繰り返してみて」
麗子は少し戸惑いながらも、目を閉じて「ありがとう……ありがとう……」と心の中で唱え始めた。しかし、その姿がどこかぎこちなく、逆に笑ってしまいそうになった。
「ねぇ、本当にこれで成仏できるんですか?」
「まぁ、試してみないとわからないよね。成仏って案外むずかしいものなんだね」
麗子は大きくため息をついて、「こんな調子で、私、本当に成仏できるんでしょうか?」と不安そうな顔をした。
「大丈夫だよ。むしろ、無理に成仏しようとしなくてもいいんじゃない? ほら、幽霊だって一生懸命生きて……いや、存在してるんだし、楽しい時間を過ごすことが大事だと思うよ」
僕の言葉に、麗子は少し驚いたような表情を浮かべた。
「幽霊として楽しい時間を過ごす……そんなことを考えたこともありませんでした」
「でしょ? じゃあさ、成仏は一旦忘れて、まずは楽しむことを考えよう!」
麗子は僕の提案に少し戸惑いながらも、やがて「それもいいかもしれませんね」と笑顔で頷いた。
---
それからしばらくの間、僕たちは成仏のことを忘れて、ただ楽しい時間を過ごすことにした。麗子はますます「幽霊のお仕事」を真面目にこなそうとするのだが、その度に不器用さが可愛らしく、僕は毎晩笑いを堪えきれなかった。
ある夜、彼女は新しい「怖がらせ方」を考えたらしく、「今日こそは完璧に怖がらせてみせます!」と自信満々で宣言してきた。
「おお、それは楽しみだね。どんな怖がらせ方?」
「……ふふ、秘密です!」
彼女は意味深な笑みを浮かべ、僕を驚かそうと必死だった。が、結局、彼女が試みたのは古典的な「壁からスーッと顔を出して『うらめしや~』」という手法だった。もちろん僕は笑いを堪えきれず、麗子はまたも失敗してしまったと落ち込んでいた。
「麗子、やっぱり君は幽霊のお仕事よりも、こっちで楽しくやっていくほうが向いてると思うよ」
「そ、そんなこと言われると、成仏する気がなくなってしまいます……」
僕たちは笑いながら、これからも幽霊と人間という奇妙な関係で一緒にいられることを、なんとなく暗黙のうちに決めたのだった。
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