1 / 8
第1章:冷酷な婚約破棄
しおりを挟む薄曇りの日、私、エレノア・ラシェル公爵令嬢は、王宮の一室に呼び出された。ここで何が起きるかは、ほぼ察しがついていた。婚約者である王太子アルフレッド殿下から、急に呼び出しを受けたと知ったとき、胸がひやりとしたのだ。ここ数年、殿下との関係は冷え切っており、彼からの愛情が遠ざかっていくのを感じていた。それでも、私は殿下のそばで妻として支えたいと信じていたし、そうすべきだと思っていた。
部屋に入ると、そこには王太子殿下が立っていた。金色の髪が陽光に輝き、涼やかな青い瞳が私に向けられる。だが、その眼差しには温かさはなく、どこか冷たく、鋭いものを感じた。私の心はさらに沈んでいく。きっと今日は、私の不安が現実になる日だろう。
「エレノア、よく来たな」
殿下の冷ややかな声が、空気をさらに重たくする。私は恐る恐る微笑みを浮かべて挨拶を返したが、彼の表情は変わらない。その冷たい瞳が私を見つめるたびに、心が抉られるようだった。
「エレノア、私は君との婚約を破棄することに決めた」
予感は的中した。だが、それを口に出されると、頭が真っ白になる。呆然として、言葉を失った私の前で、殿下は続ける。
「君は私にふさわしくない。王妃としての器がないのだ。周囲の者たちも、君が私の隣に立つにはふさわしくないと考えている」
その言葉に胸が痛んだ。私はずっと殿下のために学び、振る舞いを磨いてきた。公爵家の娘として、王妃となるべくふさわしい礼儀や教養を身に着け、王宮に尽くす覚悟を持っていた。それが、あっさりと否定されたのだ。何年もかけて築き上げたものが、わずかな言葉で崩れ去るようだった。
「……どうして、ですか?」
やっとのことで絞り出した言葉は、震えていた。自分の声がひどく弱く、哀れに聞こえてしまう。しかし、どうしても理由を聞きたかった。何が足りなかったのか、何を間違えたのかを知りたかった。だが、殿下は微笑みすら浮かべずに答えた。
「君には、私に相応しい魅力がない。それが全てだ」
その言葉は、私をさらに深く傷つけた。魅力がない? それが私のすべてを否定する一言に感じられた。何度も自分を奮い立たせ、王妃になるべく努力してきたのに、それが「魅力がない」という一言で切り捨てられてしまった。
「それに、もう新しい婚約者がいる」
彼はあっさりとそう言い放つ。その言葉に私の心はさらに冷え込む。既に新しい婚約者が決まっているなど、まるで私の存在など初めからなかったかのようではないか。私は、そこに残された余地などないことを痛感した。
「新しい婚約者……」
震える声で繰り返すと、彼は少しも悪びれずに続けた。
「彼女は貴族の娘だが、君よりもずっと可憐で聡明だ。周囲からの評判も高く、私にとってふさわしい相手だと皆が認めている。お前とは違って、王妃としての器を持っている」
彼の言葉は、私の心に鋭い刃のように突き刺さる。これまで何度も自分の不足を感じ、それでも必死に努力してきた自分が、ただの取るに足らない存在に見えた。私の存在は、彼にとってそれほど価値のないものだったのかと、思わず涙がこみ上げてきた。
「私がずっと殿下に尽くしてきたことを、覚えていないのですか?」
そう問いかけるも、彼はただ冷たく私を見下ろし、わずかに首を振った。
「君の忠誠など、王妃に必要な魅力には及ばない。君にはそれがわからないのか?」
彼の言葉に、私は息を呑んだ。何もかもが無意味に思えた。努力を重ねてきた時間も、捧げてきた思いも、彼の冷たさの前には、ただ消え去っていくだけのものだった。
殿下の言葉を聞きながら、私は少しずつ心の中で決意を固め始めていた。この場所に縛られる必要などない。私には私の人生がある。王妃としての未来を失っても、私にはまだ新しい道があるのだと。
それから数日、私は形式的な書類を整え、王宮に別れを告げた。冷たい視線や陰口も耳に入ってきたが、それさえも今はどうでもよかった。私はただ、自分の未来に向かって歩み出す決意をした。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。
お飾りの私と怖そうな隣国の王子様
mahiro
恋愛
お飾りの婚約者だった。
だって、私とあの人が出会う前からあの人には好きな人がいた。
その人は隣国の王女様で、昔から二人はお互いを思い合っているように見えた。
「エディス、今すぐ婚約を破棄してくれ」
そう言ってきた王子様は真剣そのもので、拒否は許さないと目がそう訴えていた。
いつかこの日が来るとは思っていた。
思い合っている二人が両思いになる日が来ればいつの日か、と。
思いが叶った彼に祝いの言葉と、破棄を受け入れるような発言をしたけれど、もう私には用はないと彼は一切私を見ることなどなく、部屋を出て行ってしまった。
その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?
荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。
突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。
「あと、三ヶ月だったのに…」
*「小説家になろう」にも掲載しています。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
〖完結〗愛人が離婚しろと乗り込んで来たのですが、私達はもう離婚していますよ?
藍川みいな
恋愛
「ライナス様と離婚して、とっととこの邸から出て行ってよっ!」
愛人が乗り込んで来たのは、これで何人目でしょう?
私はもう離婚していますし、この邸はお父様のものですから、決してライナス様のものにはなりません。
離婚の理由は、ライナス様が私を一度も抱くことがなかったからなのですが、不能だと思っていたライナス様は愛人を何人も作っていました。
そして親友だと思っていたマリーまで、ライナス様の愛人でした。
愛人を何人も作っていたくせに、やり直したいとか……頭がおかしいのですか?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全8話で完結になります。
婚約者の心の声が聞こえるようになったが手遅れだった
神々廻
恋愛
《めんどー、何その嫌そうな顔。うっざ》
「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
婚約者の声が聞こえるようになったら.........婚約者に罵倒されてた.....怖い。
全3話完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる