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第1章:冷酷な婚約破棄

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薄曇りの日、私、エレノア・ラシェル公爵令嬢は、王宮の一室に呼び出された。ここで何が起きるかは、ほぼ察しがついていた。婚約者である王太子アルフレッド殿下から、急に呼び出しを受けたと知ったとき、胸がひやりとしたのだ。ここ数年、殿下との関係は冷え切っており、彼からの愛情が遠ざかっていくのを感じていた。それでも、私は殿下のそばで妻として支えたいと信じていたし、そうすべきだと思っていた。

部屋に入ると、そこには王太子殿下が立っていた。金色の髪が陽光に輝き、涼やかな青い瞳が私に向けられる。だが、その眼差しには温かさはなく、どこか冷たく、鋭いものを感じた。私の心はさらに沈んでいく。きっと今日は、私の不安が現実になる日だろう。

「エレノア、よく来たな」

殿下の冷ややかな声が、空気をさらに重たくする。私は恐る恐る微笑みを浮かべて挨拶を返したが、彼の表情は変わらない。その冷たい瞳が私を見つめるたびに、心が抉られるようだった。

「エレノア、私は君との婚約を破棄することに決めた」

予感は的中した。だが、それを口に出されると、頭が真っ白になる。呆然として、言葉を失った私の前で、殿下は続ける。

「君は私にふさわしくない。王妃としての器がないのだ。周囲の者たちも、君が私の隣に立つにはふさわしくないと考えている」

その言葉に胸が痛んだ。私はずっと殿下のために学び、振る舞いを磨いてきた。公爵家の娘として、王妃となるべくふさわしい礼儀や教養を身に着け、王宮に尽くす覚悟を持っていた。それが、あっさりと否定されたのだ。何年もかけて築き上げたものが、わずかな言葉で崩れ去るようだった。

「……どうして、ですか?」

やっとのことで絞り出した言葉は、震えていた。自分の声がひどく弱く、哀れに聞こえてしまう。しかし、どうしても理由を聞きたかった。何が足りなかったのか、何を間違えたのかを知りたかった。だが、殿下は微笑みすら浮かべずに答えた。

「君には、私に相応しい魅力がない。それが全てだ」

その言葉は、私をさらに深く傷つけた。魅力がない? それが私のすべてを否定する一言に感じられた。何度も自分を奮い立たせ、王妃になるべく努力してきたのに、それが「魅力がない」という一言で切り捨てられてしまった。

「それに、もう新しい婚約者がいる」

彼はあっさりとそう言い放つ。その言葉に私の心はさらに冷え込む。既に新しい婚約者が決まっているなど、まるで私の存在など初めからなかったかのようではないか。私は、そこに残された余地などないことを痛感した。

「新しい婚約者……」

震える声で繰り返すと、彼は少しも悪びれずに続けた。

「彼女は貴族の娘だが、君よりもずっと可憐で聡明だ。周囲からの評判も高く、私にとってふさわしい相手だと皆が認めている。お前とは違って、王妃としての器を持っている」

彼の言葉は、私の心に鋭い刃のように突き刺さる。これまで何度も自分の不足を感じ、それでも必死に努力してきた自分が、ただの取るに足らない存在に見えた。私の存在は、彼にとってそれほど価値のないものだったのかと、思わず涙がこみ上げてきた。

「私がずっと殿下に尽くしてきたことを、覚えていないのですか?」

そう問いかけるも、彼はただ冷たく私を見下ろし、わずかに首を振った。

「君の忠誠など、王妃に必要な魅力には及ばない。君にはそれがわからないのか?」

彼の言葉に、私は息を呑んだ。何もかもが無意味に思えた。努力を重ねてきた時間も、捧げてきた思いも、彼の冷たさの前には、ただ消え去っていくだけのものだった。

殿下の言葉を聞きながら、私は少しずつ心の中で決意を固め始めていた。この場所に縛られる必要などない。私には私の人生がある。王妃としての未来を失っても、私にはまだ新しい道があるのだと。

それから数日、私は形式的な書類を整え、王宮に別れを告げた。冷たい視線や陰口も耳に入ってきたが、それさえも今はどうでもよかった。私はただ、自分の未来に向かって歩み出す決意をした。

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