滅びの歌姫

 (笑)

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第一章: 失われた歌声

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 貴族の館に響く声は、まるで天上の楽器が奏でる旋律のようだった。優美で力強く、聴く者の心を揺さぶる歌声――それは、クラウス家の長女、レティシア・フォン・クラウスのものだった。

 「お姉様、今日も素晴らしい歌声ですね!」

 弟のアレクシスが拍手を送る。彼はいつもレティシアを讃えるが、それは純粋な賞賛ではなかった。アレクシスの瞳の奥には、どこか冷ややかな光が宿っている。

 「ありがとう、アレクシス。でも、まだまだだわ。もっと練習しなければ……」

 レティシアは微笑みながら、練習を続ける。彼女の歌声は、多くの人々を魅了し、その才能は貴族社会でも一目置かれる存在だった。しかし、その背後に潜む家族の陰謀を、彼女はまだ知らなかった。

 日が沈み、夜の帳が降りると、レティシアは寝室で一人、明日のパフォーマンスに備えていた。彼女の心は穏やかで、自分の歌声が人々を幸せにできることを誇りに思っていた。

 しかし、その夜、すべてが変わる。

 レティシアが寝入った後、彼女の部屋に忍び込む影があった。ローブに身を包んだ男たちが、静かに扉を開ける。彼らは無言のまま、レティシアに近づき、彼女の口を塞いだ。レティシアは目を見開き、驚愕の表情を浮かべたが、すぐに麻酔が効き始め、意識を失った。

 「計画通りだな。これで、彼女の歌声は二度と聞こえなくなる」

 男たちは冷たく言い放ち、レティシアの喉に奇妙な魔法具を当てた。その瞬間、彼女の体が微かに震え、かすかな光がその喉から漏れ出た。それは彼女の歌唱力そのものが、魔法によって奪い取られる瞬間だった。

 彼らが去った後、レティシアは冷たい床に倒れ込んでいた。彼女が目を覚ました時、世界はすっかり変わっていた。

 「私の……声が……」

 レティシアは自分の喉を押さえた。しかし、どれだけ力を込めても、そこからは一切の音が出てこなかった。彼女の誇りであり、唯一の支えであった歌声が、消え去ってしまったのだ。

 「どうして……こんなことが……」

 その時、部屋の扉が開き、アレクシスが現れた。彼の顔には冷酷な笑みが浮かんでいた。

 「お姉様、残念ながらもうあなたは歌うことができません。父上が、あなたを不要だと判断したのです」

 「な、なんですって……?」

 レティシアはその言葉に震え、アレクシスの目を見つめた。彼はその視線を受け流すように、冷たく言い放った。

 「お姉様の才能は素晴らしいものでしたが、それが家にとって役立つものでなければ、存在する意味がない。婚約者のエリオット様も、あなたの声がなくなった今、興味を失ったようです。新しい婚約者を選ぶことになるでしょう」

 その瞬間、レティシアの中で何かが砕ける音がした。信じていた家族、未来を共に歩むはずだった婚約者――すべてが、彼女を裏切っていたのだ。

 「もうあなたはこの家には必要ありません。すぐに出て行ってもらいます。では、お元気で」

 アレクシスはその一言を残し、部屋を後にした。レティシアはその場に崩れ落ち、涙が頬を伝った。

 「こんなことが……許されるはずがない……!」

 彼女の心には、激しい憤りと悲しみが沸き起こっていた。そして、その感情が、彼女を復讐へと駆り立てる。

 その夜、レティシアは屋敷を後にし、彷徨うようにして山奥へと歩を進めた。すべてを失った彼女は、ただ一つの希望を胸に秘めていた――自分を裏切ったすべての者たちに復讐を果たすために、力を手に入れること。

 そして、彼女がたどり着いたのは、古代から封印されていた神秘の洞窟だった。
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