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第三章:キャンディの悲劇と教会の焦り

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キャンディ・ウィルソン子爵令嬢は、聖女に選ばれた瞬間、喜びと不安が入り混じった感情を抱いていた。彼女はこれまで、温室育ちのような生活を送ってきた。優雅で礼儀正しく、常に家族や友人たちからも愛される存在だった。しかし、聖女としての役目がどれほど過酷なものであるかは、ほとんど知らされていなかった。

「これからは国を守るために祈りを捧げるのね…素晴らしい役目だわ」

そう信じて疑わなかったキャンディだったが、初日からその幻想はすぐに打ち砕かれることになる。


---

聖女としての初日、キャンディは朝早くから宮殿の一室に呼び出され、そこで多くの司祭や役人たちが彼女を待ち構えていた。彼女が現れると、すぐに聖女としての儀式が始まり、彼女の体に神聖な力が宿ったとされる「聖女の祝福」が行われた。

「これから、聖女としての正式な務めを開始いたします。まずは、国民の祈りを受け止め、浄化の儀式を行っていただきます」

そう告げられたキャンディは、儀式の意味もよくわからないまま、祈りの言葉を捧げた。だが、それは彼女が思い描いていたような静かで神聖なものではなく、次々と押し寄せる人々の苦しみや願いを受け止める、終わりのない作業の始まりだった。

「キャンディ様、この村では疫病が広がっており、どうかお救いください!」

「キャンディ様、私の家族が呪われております、どうかその呪いを解いてください!」

「キャンディ様、私たちの村が飢饉で苦しんでいます、どうか神の加護を!」

朝から夕方まで、キャンディはひっきりなしに人々の願いや嘆きを聞き、それに応じる形で祈りを捧げ続けた。彼女の体力と精神は、すでに限界に近づいていたが、周囲の役人たちはそんな彼女に休む暇を与えなかった。

「さあ、次の儀式の準備が整いました。キャンディ様、こちらへ」

何も知らずに聖女の役目を引き受けたキャンディは、この瞬間、聖女としての仕事が想像を超える過酷なものであることを悟り始めていた。初日が終わる頃には、彼女はすでに体中が痛み、頭も重く感じていた。

「これが…聖女の仕事…?」


---

二日目の朝、キャンディは体の重さに起き上がるのさえ苦労した。前日からの疲れが抜けるどころか、むしろ倍増しているようだった。それでも彼女は、聖女としての役目を果たさなければならないという使命感に駆られ、なんとか立ち上がった。

だが、朝からの祈りや浄化の儀式、病人や呪いを受けた者たちの治療に加え、村から次々と送られてくる救済の要請に応じているうちに、彼女の体力は完全に限界を迎えていた。

「もう…無理…」

キャンディは次の儀式が始まる前に、ついに耐えきれなくなり、静かにその場を離れた。そして、役人や司祭たちに気付かれないように後ろの通路から抜け出し、宮殿の外へと向かった。彼女の足は震え、思うように進まない。それでも、家に帰りたいという一心で、キャンディは必死に逃げ出した。

「私は…こんなこと…できない!」

彼女は実家へ戻るため、全力で走った。足元の砂利道が音を立て、涙がこぼれ落ちる中、キャンディは必死だった。あまりのプレッシャーと過労に、精神的にも限界に達していた。


---

やっとの思いで実家にたどり着いたキャンディは、ドアを開け放ち、中へと駆け込んだ。しかし、彼女が想像していた光景とは違い、そこにはすでに教会の役人たちが待っていた。

「キャンディ様、こちらへ戻っていただきます」

「いやー!許してください!もう無理です!かんにんしてくださーい!」

キャンディは涙ながらに叫び、どうにかしてその場から逃れようとしたが、教会の役人たちは彼女を取り押さえ、再び聖女としての務めに戻るよう説得した。

「キャンディ様、これは国を守るための大切な役目です。どうか、もう少しお力をお貸しください」

「もう少し…なんて、無理です…私は聖女には向いていません!」

キャンディは懇願したが、彼女の声は届かず、教会の者たちは冷静に彼女を連れ戻した。


---

五日目。キャンディは再び聖女の業務に戻され、疲れ切った体で祈りを捧げ、儀式をこなし続けた。しかし、その日は彼女にとって最悪の一日だった。何度も意識が遠のき、足元がふらつくたびに周囲からは心配の声が上がったが、キャンディはその声に応えることもできず、ただ義務感だけで体を動かしていた。

そしてついに、キャンディは祭壇の前で膝をつき、そのまま倒れ込んでしまった。

「キャンディ様!」

周囲が慌てて彼女に駆け寄り、治療を試みたが、彼女は完全に意識を失い、動けなくなっていた。過労が限界を超え、体も心も完全に壊れてしまったのだ。


---

キャンディが倒れたという知らせが教会中に広まり、国全体が動揺に包まれた。聖女の役目を担うはずの彼女が倒れたことで、人々は不安に駆られ、教会への不満が高まり始めた。

「聖女が倒れたのはどういうことだ?」

「私たちの祈りは誰が聞いてくれるんだ?」

「キャンディ様がこれ以上務められないなら、誰が国を守るんだ?」

人々の声が教会に押し寄せ、教会の高官たちは対応に追われた。だが、状況はさらに悪化していた。
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