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第六章: 紛争の兆し

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リーナは力を制御する方法を学び始め、少しずつではあるが、彼女自身が「巫女」として持つべき役割に向き合っていた。自然との調和を大切にし、薬草畑での作業や村人たちとの交流を通して、彼女は心の平穏を取り戻しつつあった。だが、その平穏がいつまでも続くわけではないことを、彼女自身も心のどこかで感じていた。

ある日の夕暮れ時、リーナは村の外れにある丘に立っていた。そこからは村全体が一望でき、遠くの山々が静かにそびえている風景が広がっていた。風が優しく吹き抜け、薬草畑の香りが漂ってくる。その穏やかな瞬間、突然、背後から誰かが近づいてくる足音が聞こえた。

「リーナ。」

低く落ち着いた声が彼女を呼んだ。振り返ると、そこには騎士団長ルーカスが立っていた。彼の顔はいつも通り厳格で、どこか冷静さを保っているが、今日はその表情の裏に何か深刻なものが隠れていることが感じ取れた。

「また……村に来たのですね。」

リーナは穏やかに声をかけたが、ルーカスの様子に不安を覚えた。彼がここに来るということは、何か重大な知らせがあるのだろう。彼は一瞬の沈黙の後、重々しく口を開いた。

「王国で紛争が始まろうとしている。いや、もうすでにいくつかの国境地域で小競り合いが始まったと言ってもいいだろう。」

その言葉にリーナは驚き、心臓が早鐘を打つように鼓動を速めた。彼女が予感していた通り、戦争が本格的に迫ってきているという現実が、今まさに目の前に立ち現れていた。

「私たちはすでに王都から出動命令を受けている。これから、国全体が戦争に巻き込まれる可能性が高い。」

ルーカスはそう言いながら、リーナの反応をじっと見つめた。彼の目には覚悟があり、騎士としての使命感がその瞳の奥に宿っていた。

「でも、私は……ただの薬草師です。戦争には関わりたくない。私は人を癒すためにここにいるんです。」

リーナの声は震え、彼女は自分の手を握りしめた。戦争に巻き込まれることなど望んでいなかった。彼女の力は人を救うためのものだと信じてきたし、それ以外に使いたくはない。

「分かっている。リーナ、あなたがそのように感じるのは当然のことだ。だが、現実は甘くはない。私たちには今、癒しの力を持つあなたの助けが必要だ。戦場では多くの負傷者が出る。あなたの力がなければ、救える命も救えなくなる。」

ルーカスの言葉は鋭くも優しさを含んでいた。彼はリーナに無理強いをしているわけではない。しかし、戦争という現実の厳しさを伝え、その中でリーナが果たすべき役割があると彼は信じているのだ。

「あなたが戦わなくてもいい。ただ、癒しの力を貸してくれればそれで十分だ。」

リーナはその言葉に深く考え込んだ。彼女が力を貸すことで救える命がある。それは紛れもない事実だろう。しかし、それと引き換えに自分の平穏な日常を失うことになる可能性がある。彼女は今まで、争いから遠ざかりたいと願い、村で静かに暮らすことを望んできた。しかし、その望みを貫くことで、誰かが傷つくことになるのなら――

リーナは小さく息を吐き、決意を固めた。

「分かりました。私は、私にできることをやります。人を癒すこと、それが私の役割だと思います。戦争に直接関わりたくはないけれど、負傷者を助けるためなら力を貸します。」

彼女の言葉に、ルーカスは微かに微笑んだ。彼はリーナがそのように決断することを、心のどこかで期待していたのだろう。

「ありがとう、リーナ。君の力は必ず多くの人を救うだろう。」

彼はそう言って深々と頭を下げた。それは騎士として、そして一人の人間としての感謝の気持ちが込められていた。リーナはその姿に何か心強さを感じたが、同時にこれから起こる出来事に対する不安も拭い去ることはできなかった。


---

その夜、リーナは静かな部屋でひとり、今後のことを考えていた。これから紛争が本格化すれば、彼女は負傷者の手当てに追われるだろう。癒しの力を持つ彼女にとって、それは避けられない運命かもしれない。しかし、その力をどこまで使いこなせるのか、まだ不安が残っていた。

リーナは深く考え込み、長老に助言を求めるべきだと決意した。彼は村の知恵袋であり、リーナの力を理解している数少ない人物だ。彼の言葉がリーナの心を整理する手助けになるかもしれない。

翌日、リーナは長老の家を訪ねた。彼は静かにリーナを迎え入れ、彼女の顔に浮かぶ困惑をすぐに察したようだった。

「巫女様、何かお悩みのようですね。」

リーナは静かに頷き、彼女が感じている不安と、戦争に巻き込まれる恐怖、そして自分の力が本当に人々を救えるのかどうかという疑念を語った。長老は優しく耳を傾け、しばらくの沈黙の後、重々しく口を開いた。

「巫女様、あなたが持つ力は確かに特別なものです。しかし、それは決して一人で抱え込むべきものではありません。力を制御し、正しい方向へ導くためには、あなた自身がそれを信じ、周囲の人々と協力することが必要です。」

「協力……ですか?」

リーナはその言葉に少し驚いた。今まで自分の力を一人で何とかしようと考えていたが、長老はそれを否定するかのようだった。

「そうです。あなたは一人で全てを背負う必要はないのです。騎士団や、私たち村人、そしてあなたを信じる人々と力を合わせて進んでいくべきです。それが、この戦争の中で生き残るための鍵となるでしょう。」

リーナはその言葉を受けて、少しずつ自分の考えが整理されていくのを感じた。確かに、自分一人で全てを背負おうとしていたことが、彼女にとって大きな負担となっていたのかもしれない。力を貸すのは彼女一人だが、それを支えるためには他者との協力が必要だ。

「分かりました。私の力を信じて、そして周囲の人々と協力して進んでいきます。」

リーナは決意を固めた。そして、これから始まる紛争において、自分がどう立ち向かっていくのかを、もう一度考え直すことにした。


---

その後、リーナは再びルーカスと話をする機会を得た。彼女は自分の決意を伝え、癒しの力を使って負傷者を助けるために騎士団と協力することを約束した。

ルーカスは感謝の意を示し、彼女に深く礼をした。

「これで、多くの命が救われる。リーナ、君がこうして手を貸してくれることが、私たちにとってどれほどの助けになるか計り知れない。」

リーナはその言葉を聞いて、改めて自分の役割の重さを感じた。これから彼女は、戦場に赴く兵士たちのために力を振るうことになる。そして、その戦場で負傷した人々を癒すことが、彼女の使命となるのだ。

「私も覚悟は決めました。ただ、私は戦いたくないし、争いに加担するつもりもありません。私ができるのは、ただ人々を癒すことです。それだけは忘れないでください。」

リーナの声は静かだが、その言葉には強い意志が込められていた。彼女が自らの役割を受け入れる一方で、戦いに巻き込まれることは避けたいという思いは変わっていない。

「もちろんだ、リーナ。君は癒し手であり、戦い手ではない。私たちはそのことを尊重し、君を守るために最善を尽くすつもりだ。だから安心してくれ。」

ルーカスはそう言って、彼女の不安を少しでも和らげようとしているのがわかった。リーナは彼の言葉を信じ、力を合わせていく決意を固めた。


---

それから数日後、リーナは騎士団の一行と共に、王国の前線に向かうことになった。戦場へ赴くのは初めてのことであり、彼女の心には不安が渦巻いていた。だが、それでも彼女は自分の力を必要としている人々がいることを思い、自らを奮い立たせた。

騎士団の隊列は整然としており、リーナはその中心で騎士たちに守られながら進んでいた。馬に乗ったルーカスが、たびたびリーナに声をかけては彼女の様子を気遣っていた。

「初めての戦場になるが、恐れることはない。君がここにいることが兵士たちの士気を高めるだろう。癒しの巫女が共にいると思うだけで、彼らは強く戦うことができる。」

リーナは彼の言葉に小さく頷いたが、その重さを痛感していた。彼女の力が直接戦闘に役立つわけではないが、負傷者を救うことが兵士たちの士気を高める要因となるのだ。自分の存在が少しでも戦場で役立つのであれば、彼女の行動には意味がある。

やがて、戦場の近くに到着すると、彼女は戦いの傷跡が至るところに残っているのを目の当たりにした。焼け焦げた木々や、崩れ落ちた建物、そして地面に散らばる血痕――戦争がどれだけ破壊的で恐ろしいものであるかを、改めて目の当たりにしたのだ。

「ここが……戦場……」

リーナはその惨状に言葉を失った。今まで、戦争のことを聞いてはいたが、実際に目にするのは初めてだった。騎士たちはその光景に慣れているのか、冷静な表情を保っているが、リーナにとっては耐え難い光景だった。

「リーナ、大丈夫か?」

ルーカスがリーナに気遣いの声をかけた。彼の表情には緊張の色が見えたが、それでも彼は冷静さを保とうとしていた。リーナは小さく頷いて、深呼吸をした。

「大丈夫です。ただ……これは、本当に恐ろしい……」

リーナの心には恐怖と不安が押し寄せていたが、それでも自分の役割を果たす覚悟を決めていた。戦場では、彼女が救える命がある。それを無視することはできない。彼女は勇気を振り絞り、騎士たちに負傷者がどこにいるのかを尋ねた。

「負傷者がいる場所に案内してください。私は、彼らを癒します。」

ルーカスはリーナの決意に感謝の意を込めて頷き、彼女を負傷兵たちが集められたテントへと案内した。そこにはすでに多くの兵士たちが運び込まれており、傷を負った者たちがうめき声を上げていた。彼女はその光景に胸が締め付けられる思いだったが、すぐに自らの役割を思い出し、手を差し伸べた。

「私ができる限りのことをします。皆さんを救いますから、安心してください。」

彼女は静かに手をかざし、柔らかな光を放ち始めた。その光が負傷兵たちを包み込み、彼らの傷が少しずつ癒えていく。兵士たちは驚きの表情を浮かべ、次第にその苦痛から解放されていった。

「これが……癒しの巫女の力か……」

兵士の一人が感嘆の声を上げた。彼らにとって、リーナの存在はまさに奇跡のようなものだった。リーナ自身も、これが自分の使命であり、ここで人々を救うことが自分の役割であることを改めて実感した。

「これからも、できる限りのことをします。」

リーナはそう誓い、次々と傷ついた兵士たちを癒し続けた。彼女の手から放たれる光は、戦場に希望をもたらすような存在となっていた。


---

これから始まる戦争の嵐の中で、リーナはその癒しの力をどう使っていくのか。そして、彼女が直面するさらなる試練にどう立ち向かっていくのか。リーナの物語は、戦場での新たな展開を迎えようとしていた。


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