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第二章: 騎士団長との出会い

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リーナが自分の中に眠る癒しの力を初めて実感してから、村ではその噂が広まり、彼女に対する信仰がさらに強まっていった。村人たちはリーナを「巫女様」と呼び、彼女が神のご加護をもたらす存在であると確信するようになった。それは、リーナにとって少しばかり居心地の悪い状況だった。

「ただの村の治療師でいたかったのに……。」

リーナは、そう呟きながら薬草畑で作業をしていた。薬草を摘み取り、それを乾燥させて調合する。このシンプルな生活が、彼女にとっては心地よいものだった。だが、自分の力が他者に知られるにつれて、平穏な日々は徐々に崩れ始めていた。

その日は、村に騎士団がやってくるという報せが届いた。村人たちはその知らせに少し緊張していたが、リーナにとってはそれ以上に不安なものだった。彼女はこの異世界で、自分の存在をできるだけ控えめに過ごしたいと考えていた。騎士団が彼女に何を求めてやってくるのか、まだわからないが、良い予感はしなかった。


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その日の夕方、村の広場に立派な鎧を身に纏った一団がやってきた。リーナは遠巻きにその様子を見つめながら、自分の家の中で様子を伺っていた。村人たちが騎士団を歓迎する一方で、リーナの心は緊張でいっぱいだった。

「どうか、私に関わらないでほしい……。」

そう願っていたが、願いは無情にも裏切られた。しばらくして、村の長老がリーナを呼びに来たのだ。

「巫女様、騎士団長様がお話をしたいとおっしゃっています。」

リーナは一瞬、断ろうかと考えたが、どうしても避けられない状況に置かれていることを悟った。逃げるわけにはいかない。覚悟を決め、彼女は村の広場へと向かった。


---

広場に到着すると、目に入ったのは騎士団の隊列の中央に立つ一人の男だった。彼は見た目にも威圧感があり、鍛え上げられた体つきと鋭い目が特徴的だった。その騎士団長は、彼女に対して無言で頭を下げ、リーナを見つめた。

「あなたが……巫女様ですか?」

騎士団長の声は低く、静かだが、その背後には何か重みがあった。リーナは彼の質問に答えつつ、彼の視線を避けるようにした。

「ええ、そうです……でも、巫女と言っても、私はただ薬草を使って村の人を助けているだけです。」

リーナはそう説明したが、騎士団長の表情は変わらなかった。彼はしばらく彼女を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。

「村人たちの噂によれば、あなたは先日、巨大な鳥を追い払ったそうですね。それは普通の薬草師にはできないことです。」

リーナは息を呑んだ。確かにあの日、彼女は何か特別な力を使ってしまったのかもしれない。しかし、自分でもその力の正体がわからなかったため、どう説明すべきか迷っていた。

「それは……偶然かもしれません。私はそんな力があるとは思っていません。ただ、必死だっただけです。」

彼女の言葉に対し、騎士団長は静かに頷いた。そして、周囲にいる部下たちに軽く指示を出すと、彼女に少し近づいてきた。

「私はルーカス。王国の騎士団長です。あなたのような存在は、我々にとって非常に重要です。国全体が不安定な状況にある今、あなたの力が必要になるかもしれません。」

リーナはその言葉を聞いて、胸の奥に冷たいものを感じた。自分の力が国のために使われる――それは彼女が望むものではなかった。彼女はただ、静かな村で平穏に暮らしたいだけだ。戦いや争いに巻き込まれることを避けたいと強く思っていた。

「私はただ、この村で静かに暮らしたいだけです。王国のために戦ったり、特別な役割を果たすつもりはありません。」

リーナは率直に自分の気持ちを伝えた。だが、ルーカスの表情は依然として厳しいままだった。彼はしばらく沈黙し、やがて再び口を開いた。

「分かりました。強制するつもりはありません。ただ、あなたの力は貴重です。もし再び助けを必要とする時が来たら、いつでも私に知らせてください。」

彼はそれだけ言うと、部下たちに軽く合図を送り、その場を去ろうとした。リーナは彼が去っていく後ろ姿を見つめながら、何か複雑な感情を抱いていた。彼はただ力を求めるだけの冷徹な男なのか、それとも別の目的があるのか――リーナにはまだ彼を理解することができなかった。


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その夜、リーナは自宅で一人、考え込んでいた。騎士団長ルーカスとの出会いは、彼女に新たな不安をもたらした。彼が言ったように、国全体が不安定であるならば、いつか彼女の力が必要になるのかもしれない。しかし、それでもリーナは戦いたくなかった。ただ静かに生きたい、普通の生活を送りたいと願っていた。

「私はどうすればいいのだろう……。」

リーナはベッドに横たわり、夜空に輝く星を見上げた。自分がこの世界に来た理由、そして与えられた力の意味――それらはまだ全く見えてこない。しかし、彼女が望んでいなくとも、運命は着実に彼女を巻き込んでいくように感じられた。


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翌日、リーナは再び薬草畑に足を運び、日常の作業を始めた。彼女にとって、この日常が何よりも大切だった。薬草を摘み取り、村人たちに少しずつ提供する。それは小さなことかもしれないが、リーナにとっては心を落ち着ける行為だった。

しかし、そんな静かな時間も長くは続かなかった。昼過ぎ、村の入り口に再び騎士団が姿を現したのだ。ルーカスはリーナを探しに来たわけではないが、彼の存在が再び村に不穏な空気をもたらしていた。

「騎士団が何度も村に来るのは、良い兆しではないわね……。」

リーナは自分の胸の奥に渦巻く不安を押し隠しながら、彼らが何をしに来たのか、遠巻きに見守っていた。運命は彼女に、さらなる試練を用意しているかのようだった。

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