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第一章:破談の知らせ
しおりを挟む貴族の令嬢ダイナ・フィルンは、幼い頃から王子であるエドワードと婚約していた。ダイナは家族や周囲の期待もあり、いつの日か王妃として国を支える役割を果たすのだと信じていた。それは彼女の生きる意味でもあり、自分自身を誇りに思う根拠でもあった。周囲からも「王妃にふさわしい令嬢」として敬われ、ダイナもその称号に見合うよう日々努力を重ねてきた。
だが、ある日の夕刻、いつもよりも早く帰宅した父親の険しい表情を見て、ダイナの胸に嫌な予感が走る。父は誰にも聞かせたくないかのように、彼女を書斎に呼び寄せ、重苦しい沈黙の中でしばし目を閉じていた。そして、ようやく発せられた父の言葉は、ダイナの想像を超える残酷な現実を告げるものだった。
「……ダイナ、お前の婚約は破談となった」
一瞬、彼女の思考は真っ白になった。父が言ったことの意味がすぐには理解できなかったからだ。破談?なぜ?ずっと約束されていた結婚が、どうして突然破談に?
「なぜですか?エドワード様がそう仰ったのですか?」ダイナは震える声で父に尋ねた。
父はため息をつき、ゆっくりと頷く。「王子殿下の意思だ。『ダイナには王妃にふさわしい華やかさや魅力が足りない』とおっしゃった」
その言葉に、ダイナの胸は張り裂けそうになった。エドワードは自分が愛する王子であり、これまで彼と共に歩む未来を信じ、期待していた。しかし、それがすべて一方的な幻想に過ぎなかったのだと突きつけられる。この日を境に彼女の人生が全く別のものになる――その現実を受け入れることが、あまりに残酷だった。
「……そんな理由で……」ダイナは拳を握りしめ、涙をこらえた。だが心の中では、疑問と憤りが渦巻いていた。エドワードが本当に自分に対してそのような感情を抱いていたのなら、どうしてもっと早くに伝えてくれなかったのか。彼はただ、彼女の存在を軽んじ、価値のないものと見なしていたのかもしれない。
その夜、ダイナは涙が止まらず、一晩中眠れなかった。次の日になっても、婚約破棄の事実を受け入れることができず、無気力な状態で過ごしていた。心の奥底ではエドワードが戻ってきてくれるのではないかと期待してしまう自分がいたが、同時に、彼に裏切られた思いも深く根を張っていた。
数日後、友人や知人の耳にも婚約破棄の噂が届き始めた。心配して訪ねてきた友人たちに対して、ダイナは微笑みながら「大丈夫です」と答えたが、その微笑みの裏で彼女の心は悲しみと失意に満ちていた。周囲の同情や慰めの言葉は、かえって彼女の傷を深めていくばかりだった。
数週間が過ぎ、ダイナはある日、鏡に映る自分の姿をじっと見つめた。そこに映っているのは、以前のような誇り高い姿ではなく、どこかぼんやりとした、覇気のない表情をした自分自身だった。ふと、彼女の心に小さな疑問が浮かんだ。――私は、エドワード殿下がいないと生きていけないのだろうか?彼がいない未来に価値はないのだろうか?
その問いは、彼女の中に新たな感情を呼び起こした。エドワードに見限られたからといって、自分の人生が終わるわけではない。むしろ、これからの人生を自分自身の力で築いていくチャンスかもしれないと、かすかに思い始めたのだ。
「そうよ、私はまだ自分の人生を歩むことができる」
声に出してみると、その言葉は意外にも自分に響いた。婚約者としての肩書きに縛られていた自分を解放し、もっと自分らしく生きられる道を探してみよう。そう決意すると、不思議と心が軽くなった気がした。ダイナは、これまで周囲の期待に応えようと無理をしてきた自分に別れを告げ、新しい人生を歩む決意を固めた。
その夜、ダイナは久しぶりにぐっすりと眠ることができた。そして、翌朝、彼女は新たな人生の第一歩を踏み出すために、胸を張って屋敷を出るのであった。
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