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第三章:アニメ化記念フェアとサイン会
しおりを挟むサイン会の当日がやってきた。祐は朝から緊張が収まらず、落ち着かないまま準備を進めていた。普段、顔を出さずに作家活動をしてきた彼にとって、大勢の前で直接ファンと向き合うことは初めての経験だった。時間が近づくとともに、緊張が増していくのを感じた。
「やっぱりサイン会なんて引き受けるんじゃなかったかも…」とつぶやく祐。
すると、妹の希が冷静に言った。「でも、もう引き受けちゃったんでしょ?」
祐は不安そうに希を見て、「代わりに出てくれないか?」と冗談めかして頼んだが、希は即座に眉をひそめた。「わ、私を殺す気?無理に決まってるでしょ」
実は、希は深刻な対人恐怖症を抱えており、現在は自宅療養中の引きこもり生活を送っている。人前に出ることができない彼女にとって、サイン会に出席するなんて考えられないことだった。
「ごめん、冗談だよ…」と祐がすぐに謝ると、希はため息をついて、「自分で引き受けたんだから、自己責任で頑張りなさいよ」と少し厳しい口調で返した。
希の言葉に背中を押され、祐は意を決して会場へと向かった。
会場に到着すると、すでに多くのファンが列を作り、彼の登場を待ちわびていた。会場の熱気に圧倒されつつも、祐はスタッフの案内でサイン会の席に座り、深呼吸して気持ちを整えた。「やるしかない」と自分に言い聞かせ、最初のファンを迎え入れた。
サイン会が始まると、次々と訪れるファンが彼に向けて熱い思いを語ってくれる。あるファンは「先生の作品に勇気をもらってます」と言い、別のファンは「無限回廊のキャラクターたちが私の心の支えです!」と情熱的に話しかけてきた。祐はその言葉に照れつつも、ファンの一人ひとりと向き合いながらサインを続けた。
そんな中、一人の女性が彼の前に現れた瞬間、祐は思わず固まった。それは、同じクラスの委員長、菜月綾子だった。祐の心は一瞬で動揺に包まれたが、なんとか平静を装いながら彼女にサインを渡そうとした。
「…君、もしかして…あの笹本祐希先生?」菜月が驚いた顔で祐をじっと見つめてきた。
祐は慌てて、「え、えっと…それは…代理のバイトなんだ」と言い訳をしようとしたが、菜月はその説明を聞き流して「嘘つかないで。本当は先生なんでしょ?」と真剣に問い詰めてきた。
彼女の鋭い目に観念した祐は、小さくうなずいて真実を告げた。「そう…実は僕が笹本祐希なんだ」
その瞬間、菜月は目を輝かせ、声を上げた。「本当にあなたが先生だったなんて!ずっとファンでした!」
祐は困惑しつつも、心の中では少しだけ嬉しさがこみ上げてきた。自分の作品を身近な人が愛してくれているという事実が、彼にとって大きな喜びとなったからだ。
「ありがとう。でも、お願いだから、学校ではこのことは秘密にしてほしいんだ…」祐はそう言って菜月に頼んだ。
菜月は微笑んで、「もちろん。もし先生の正体がバレて作家を辞めるなんてことになったら、私が新しい作品を読めなくなるでしょ?」と冗談めかしながら快諾してくれた。そして、最後に「握手してもらえますか?」と差し出された手に、祐も照れながら応じた。
サイン会は無事に終わり、祐は緊張から解放されて肩の力を抜いた。多くのファンからの応援を直接感じ、自分が築き上げた物語が誰かの人生に彩りを与えていることに感動し、祐の心には温かな充実感が満ちていた。さらに、意外な身近なファンとの出会いに驚きつつも、少しだけ誇りを感じることができた。
こうしてサイン会は幕を閉じ、祐は日常へと戻る準備を始めた。しかし、菜月との秘密の共有により、彼の日常と二重生活はさらに複雑さを増していくのだった。
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この第三章は、サイン会でのファンとの交流や菜月との出会いに焦点を当て、祐の緊張や充実感、そして秘密の共有による今後の展開への期待を描いています。
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