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第19話 仲間たちの笑顔に
19ー①
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水篠会長と一条常務へ軽い挨拶を済ますと、時貞がニコニコして駐車場に出て来た。
顔を上げると、空はすっかり、夏の空に変わっていた。
「何か、いい事でも」と、横を歩いている一織が訊いた。時貞は顔を向けると、
「これから恋人に会いに行くから、車で送って」と、声が弾んでいる。
「えっ?」と、一織が、怪訝な顔を向けた。時貞の意外な返事に、一織は戸惑った。
「またぁ、そんな事を云っていると……」
「嘘じゃ無い。もう、ずっと昔から、……憧れていた」
と、時貞は、まんざら嘘でも無いような顔つきで云った。
一織は、今までに感じた事の無いような不思議な感情を抱いた。常にクールな時貞が、これ程まで浮かれているのを、今までにあまり見た事が無かった。
「今日、始めて会うんだよ」
と、時貞は、そんな一織の複雑な気持ちなど、微塵も感じずに云った。
「どうしたの」と、後ろから歩いてきた碧が、二人を追い越して訊いた。
「碧さん、足はもう、……っスか」
と、源次の横を歩いていた翔太が、頬を赤くして小さく訊いた。
「ええ、大丈夫」
と、碧は元気良く応えて、一織へ向き直ると、
「でっ、どうしたの」
と、覗き込んだ。一織は顔を向けると、
「こいつが、恋人に会いに行くから、私に車で送ってほしいって云うの」
「こいつぅ……」と、年長の時貞が、一織を睨んだ。
「だって、そうでしょう。四郎に取って、わたしは何なのよ。あなたの保護者じゃ無いのよ。行くんなら、一人で切符を買って、電車で勝手に行けばいいでしょう」
と、一織が凄い剣幕だ。時貞は、瞬きをすると、
「何を、怒ってんだよ。ぼくが会いに行きたいと云うのは、……信玄だよ」
「えっ?」
「昔から、憧れていたんだよ。戦国時代の信長や謙信の武将って云う者に。ビデオでは見たけど、実物が見たくて」
「見たいって、武田信玄を?」
「そぉ、本物の信玄の生首を。……田辺研究所にでも保管してあるのかな」
と、時貞が、碧に訊ねた。
「えっ、だって、信玄の首はあの時以来、行方不明だって訊いてるけど。一織ちゃん知ってる」
「ううん」と、一織が、碧に訊かれて首を振った。
「首は、行方不明じゃ無いぞ」
と、少し先を歩いていた源次が、
「あの怪物が飲み込んでたぞ」と、振り返って云った。
時貞が、その言葉に慌てた。立ち止まって、瞬きをして、目が点になった。
「飲み込んだって、あの怪物が。嘘ぉー、何で……」と、時貞が、半ば放心状態で云った。
「まだ、信長の命令が残っていたのかもね。持ち帰っても、渡す相手は、既に何百年も昔に死んでいるにね」
と、碧が云うと、
「何だか、悲しい話だぞぃ」と、一織が、悲しい目をして微笑んだ。
しかし、もっと悲しい男がここにいた。時貞は、信玄に会える事を、入院中から一番の楽しみにしていた。その信玄の首を、木っ端微塵にふっ飛ばしたのは、誰でも無い、さっき、こいつと呼ばれた、この男であった。
時貞は、持って行き場の無い気持ちに、俯いて肩を落とした。一織には、掛ける言葉が見つからなかった。
顔を上げると、空はすっかり、夏の空に変わっていた。
「何か、いい事でも」と、横を歩いている一織が訊いた。時貞は顔を向けると、
「これから恋人に会いに行くから、車で送って」と、声が弾んでいる。
「えっ?」と、一織が、怪訝な顔を向けた。時貞の意外な返事に、一織は戸惑った。
「またぁ、そんな事を云っていると……」
「嘘じゃ無い。もう、ずっと昔から、……憧れていた」
と、時貞は、まんざら嘘でも無いような顔つきで云った。
一織は、今までに感じた事の無いような不思議な感情を抱いた。常にクールな時貞が、これ程まで浮かれているのを、今までにあまり見た事が無かった。
「今日、始めて会うんだよ」
と、時貞は、そんな一織の複雑な気持ちなど、微塵も感じずに云った。
「どうしたの」と、後ろから歩いてきた碧が、二人を追い越して訊いた。
「碧さん、足はもう、……っスか」
と、源次の横を歩いていた翔太が、頬を赤くして小さく訊いた。
「ええ、大丈夫」
と、碧は元気良く応えて、一織へ向き直ると、
「でっ、どうしたの」
と、覗き込んだ。一織は顔を向けると、
「こいつが、恋人に会いに行くから、私に車で送ってほしいって云うの」
「こいつぅ……」と、年長の時貞が、一織を睨んだ。
「だって、そうでしょう。四郎に取って、わたしは何なのよ。あなたの保護者じゃ無いのよ。行くんなら、一人で切符を買って、電車で勝手に行けばいいでしょう」
と、一織が凄い剣幕だ。時貞は、瞬きをすると、
「何を、怒ってんだよ。ぼくが会いに行きたいと云うのは、……信玄だよ」
「えっ?」
「昔から、憧れていたんだよ。戦国時代の信長や謙信の武将って云う者に。ビデオでは見たけど、実物が見たくて」
「見たいって、武田信玄を?」
「そぉ、本物の信玄の生首を。……田辺研究所にでも保管してあるのかな」
と、時貞が、碧に訊ねた。
「えっ、だって、信玄の首はあの時以来、行方不明だって訊いてるけど。一織ちゃん知ってる」
「ううん」と、一織が、碧に訊かれて首を振った。
「首は、行方不明じゃ無いぞ」
と、少し先を歩いていた源次が、
「あの怪物が飲み込んでたぞ」と、振り返って云った。
時貞が、その言葉に慌てた。立ち止まって、瞬きをして、目が点になった。
「飲み込んだって、あの怪物が。嘘ぉー、何で……」と、時貞が、半ば放心状態で云った。
「まだ、信長の命令が残っていたのかもね。持ち帰っても、渡す相手は、既に何百年も昔に死んでいるにね」
と、碧が云うと、
「何だか、悲しい話だぞぃ」と、一織が、悲しい目をして微笑んだ。
しかし、もっと悲しい男がここにいた。時貞は、信玄に会える事を、入院中から一番の楽しみにしていた。その信玄の首を、木っ端微塵にふっ飛ばしたのは、誰でも無い、さっき、こいつと呼ばれた、この男であった。
時貞は、持って行き場の無い気持ちに、俯いて肩を落とした。一織には、掛ける言葉が見つからなかった。
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