【完結】湖に沈む怪～それは戦国時代からの贈り物

第18話 失策の代償

18ー②

「時として現実は、考えも付かないような偶然を、そして神のイタズラを引き起こしてしまう。人類は、何でも知っているようなしたり顔で生きている。自分たちが、どんなにちっぽけで、……力の無い生き物だと云う事も忘れて」
と、時貞は急に立ち止まると、殺風景な天井の角を、首を斜めにして見上げた。

時貞の視力は良かった。天井に張った、蜘蛛の巣を目ざとく見つけると、
「人類は弱くて小さい。素手であれば、虎の一匹も倒せまい。そして、あそこにいる、小さな蜘蛛にさえ届かない」と、天井の隅を指差した。会場にいる一同が、天井の隅に目を細めた。しかし、遠すぎて何も見えない。

「だから、人類は助け合い、劣っているところは、道具などを使って補う必要がある。しかし、人類は過信から、時折それを忘れる。生きているのは人類だけだと、頭が良くて、力があるのは人類だけだと、錯覚をする。そして、あの名将、武田信玄でさえも、その誤解から、自らの命を失ってしまった」
時貞が、一言ならば『これから信玄の話をしますよ～♪』と云う話なのだが、それが長くなって、窓まで歩いて来てしまった。これ以上は進めなくなった時貞は、仕方なくＵターンをした。
チャンネル９のカメラが、ズームアウトで追っている。そのフレームの中の、振り返った時貞の顔は、やや上を向き、視点は定かでは無かった。―――やはり、自分の世界に陶酔をしている。

「信玄は斬る事の出来ない者ならば、湖に沈める事を考えた。軍師たちも頷いた。その為には、大きな捕獲網が必要であった。軍師たちが考えたすえ、網を大きな石箱にした。信玄は多くの人を使って、岩盤を切り出し、中を抉って、冬の氷の張った、湖の真ん中へ運んだ。箱は、春になれば勝手に湖の底に沈んでくれる。しかし、罠には餌が必要であった。餌とは、鬼が狙っている者で無ければならない」
ここで時貞は、息を大きく吸うと、ゆっくりと吐いた。

「信玄は、信長が欲しがっているもの、……そう自らの首を餌とした。箱の壁は、怪物の攻撃にも耐える厚さにした。そして、中を二重構造にして、内側の箱に信玄を入れた。そして、石箱の上に登れるように踏み台を作り、外側の箱の壁から、内側の箱の壁に板を敷き詰めた。板の橋は、それほど丈夫には作らず、怪物の体重で落ちる程度の強度にした。石箱の上に薄板を張り巡らせた落とし穴である。内側の箱の中には、もしもの時に備えて、鎧甲で身を包んだ強者たちが、事前に隠れていた」と、時貞が、話の中に杉山課長の回答を添えた。そして、次に岩城部長の回答に繋げた。

「内側の箱の石蓋は、縄で十文字に縛り、それを外側の石蓋に開いた円形の穴から出して、丸太でつっかい棒をして、そこに縛った。これで、中の石蓋は、外の石蓋の内側に固定された。その石蓋を湖の上の、石箱の左右に櫓を作り、石箱の上に縄で吊るして、数百人の人力で持ち上げた。怪物が、木材の架け橋が壊れて、外側の箱の中に落ちたら、その上に、ゆっくりと石蓋を閉じる計画であった。内側の箱の外壁を二．三〇メートル、外側の箱の外壁を三メートルにしたのは、鬼が飛び越せない高さだった。外側の箱の中に落として、石蓋をした後に、箱の下に敷いてある縄で、石蓋が開かないように幾重にも箱を縛る予定であった。そして、後は春まで待てば良かった」と、時貞が、壇上の前を左右に歩いているので、隅に設置したカメラもゆっくりと動いていた。