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第17話 信長の怒りと策略
17ー⑤
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時貞は、遠い昔のおとぎ話を続けた。
「武田家領地内で二頭の鬼が暴れ回っていた。名のある名将の首が幾つも宙に舞った。武田家の侍は、鉄砲で撃った。刀で斬った。槍で刺した。弓で射抜いた。しかし、鬼にはどれも効果が無かった。火矢も使ったが、怪物は燃えなかった。そんなある時、主君信長の前で、鬼が斬り捨てた武田家の重臣の首を、口から吐き出して見せた。……それを見た信長が、鬼に信玄の首を取って来るように命じた。信長は、今まで鬼を使って、信玄の首を取る事を躊躇っていた。戦場以外の人目の付かない場所で、信玄を殺しても、何の意味も持たなかった。武田家には沢山の影武者がいる事は知っていた。誰も知らない場所で信玄を殺しても、武田家は影武者を使って信玄が健在だと取り繕ってしまう。しかし、本物の信玄の首が手に入れば、話は別であった。首を翳して、『信玄、討ち取ったり!』と、皆に示せば良い。鬼は、信玄討伐に闇に紛れて城を出た。―――と、最後の方は、わたしの想像も含みますが……」と、時貞が、古文書から顔を上げた。
杉山課長は、今話した内容が、どう石箱に結び付くのかを考えていた。
「あなたの意図は判らないが、今主題にしているのは、あの石箱であり、武田信玄の首なんだよ。何故、そこに織田信長が出て来ないとならないのかね」
と、岩城部長が、久しぶりに顔を上げた。時貞はゆっくりと一瞥をしたが、顔を戻すと、
「信玄は、長篠城に陣を構えている時に、岐阜城に潜ませていた間者からの知らせが入った。それは『自分の首を狙って、二頭の鬼が放たれた」と云う物だった。信玄は、ほくそ笑むと、全軍に撤退を命じた。城は何時でも落とせる。しかし、鬼には、刀や鉄砲が通用しない。信玄は、一途……」
「あなたは、忙しい時間をさいて集まっておられる方々に、失礼だとは思わないのかね。先に結論を云いなさい」と、岩城部長が苛立って云った。
「うるさいんだよ、あんた。ちっと黙って訊いてたらどうなんだ」
と、龍信が、岩城部長を睨んだ。岩城部長は、拳を握りしめて、
「なにを!」
「そうだぞぃ、うるさいぞぃ。チョビおやじ、うるさいぞぃ」と、一織が『ぞぃ』三連発をかました。時貞は俯いて、頭を振った。会場からは、抑えた笑い声が漏れた。
「あんたの説明の時に、教授は静かに訊いていただろ。今度はあんたが黙って訊く番だろが」と、龍信が続けた。岩城部長は、テーブルを叩くと立ち上がって、会場から出ようとした。
「ちょっと待ちなさい」
と、奥に座っている、水篠会長が間に入った。低く、部屋中に響きわたる声であった。いつもの笑顔は消えていた。
「そこの、元気なお嬢さんの云うとおりです。岩城くん、座って、少し静かに訊きなさい」
「はっ」と、云って、岩城部長、が慌てて腰を下ろした。
「神童教授、申し訳無い。我々の時間は、気にせんでも良い。我々は、あの箱についての真相を訊きたい、ただそれだけじゃ。どうぞ、先を続けてください」
と、水篠会長は、頭を軽く下げた。時貞も、つられて頭を下げると、左側に顔を向けた。一織が、微笑んで、小さなピースサインを出している。
岩城部長は、下を向いて、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「武田家領地内で二頭の鬼が暴れ回っていた。名のある名将の首が幾つも宙に舞った。武田家の侍は、鉄砲で撃った。刀で斬った。槍で刺した。弓で射抜いた。しかし、鬼にはどれも効果が無かった。火矢も使ったが、怪物は燃えなかった。そんなある時、主君信長の前で、鬼が斬り捨てた武田家の重臣の首を、口から吐き出して見せた。……それを見た信長が、鬼に信玄の首を取って来るように命じた。信長は、今まで鬼を使って、信玄の首を取る事を躊躇っていた。戦場以外の人目の付かない場所で、信玄を殺しても、何の意味も持たなかった。武田家には沢山の影武者がいる事は知っていた。誰も知らない場所で信玄を殺しても、武田家は影武者を使って信玄が健在だと取り繕ってしまう。しかし、本物の信玄の首が手に入れば、話は別であった。首を翳して、『信玄、討ち取ったり!』と、皆に示せば良い。鬼は、信玄討伐に闇に紛れて城を出た。―――と、最後の方は、わたしの想像も含みますが……」と、時貞が、古文書から顔を上げた。
杉山課長は、今話した内容が、どう石箱に結び付くのかを考えていた。
「あなたの意図は判らないが、今主題にしているのは、あの石箱であり、武田信玄の首なんだよ。何故、そこに織田信長が出て来ないとならないのかね」
と、岩城部長が、久しぶりに顔を上げた。時貞はゆっくりと一瞥をしたが、顔を戻すと、
「信玄は、長篠城に陣を構えている時に、岐阜城に潜ませていた間者からの知らせが入った。それは『自分の首を狙って、二頭の鬼が放たれた」と云う物だった。信玄は、ほくそ笑むと、全軍に撤退を命じた。城は何時でも落とせる。しかし、鬼には、刀や鉄砲が通用しない。信玄は、一途……」
「あなたは、忙しい時間をさいて集まっておられる方々に、失礼だとは思わないのかね。先に結論を云いなさい」と、岩城部長が苛立って云った。
「うるさいんだよ、あんた。ちっと黙って訊いてたらどうなんだ」
と、龍信が、岩城部長を睨んだ。岩城部長は、拳を握りしめて、
「なにを!」
「そうだぞぃ、うるさいぞぃ。チョビおやじ、うるさいぞぃ」と、一織が『ぞぃ』三連発をかました。時貞は俯いて、頭を振った。会場からは、抑えた笑い声が漏れた。
「あんたの説明の時に、教授は静かに訊いていただろ。今度はあんたが黙って訊く番だろが」と、龍信が続けた。岩城部長は、テーブルを叩くと立ち上がって、会場から出ようとした。
「ちょっと待ちなさい」
と、奥に座っている、水篠会長が間に入った。低く、部屋中に響きわたる声であった。いつもの笑顔は消えていた。
「そこの、元気なお嬢さんの云うとおりです。岩城くん、座って、少し静かに訊きなさい」
「はっ」と、云って、岩城部長、が慌てて腰を下ろした。
「神童教授、申し訳無い。我々の時間は、気にせんでも良い。我々は、あの箱についての真相を訊きたい、ただそれだけじゃ。どうぞ、先を続けてください」
と、水篠会長は、頭を軽く下げた。時貞も、つられて頭を下げると、左側に顔を向けた。一織が、微笑んで、小さなピースサインを出している。
岩城部長は、下を向いて、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
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