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第17話 信長の怒りと策略
17ー③
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時貞は大きく息を吸うと、顔を上げた。
「話は、前後に飛ぶかもしれませんが、そこはお許しください」
と、念をおしてから、
「わたしが見たテープの中の信玄の顔は、大変元気そうで、病気で衰弱して、死んだ顔にはとても思えません。頬はふっくらとして、肌の艶も良かった。当時の信玄は、戦に出陣が出来る程の健康体だったと思います。そして、あの目を見開き、口を大きく開いた信玄の顔は、どう見ても首を切断される直前までは生きていたように思います」
と、ビデオテープから焼き直した小さな写真を、胸ポケットから取り出して杉山課長に手渡した。それは、信玄の生首写真であった。スライドで映し出すには、あまりにも衝撃的な絵づらである。ここには女性社員も参加をしていた。
「気の弱い方は見ないでください」と、時貞が断ってから、杉山課長に目顔で回すようにと合図をした。杉山課長は、小走りにテーブルの角に座っていた一織に、裏返してそれを手渡すと、後ろへ順に回すようにと頼んだ。
「外側の石蓋に開いた丸い穴と、内側の石蓋の脆さ。中の箱から出て来た沢山の弓の鏃と、鎧甲を付けた数体の人骨。更に三つの首を飲み込んでいた怪物。綿密に計画して作られた二重構造の頑丈な石箱と、それを冬の凍っている湖の上に置いて沈めなければならなかった理由。そして、どう見ても信玄の首は新鮮で、癌や結核で死んだ死体から斬りとったものでは無く、首を切断されて絶命したものでは無いかと、……」
時貞は解析時に、自らが疑問に思っていた事を、最初に全て出し尽くしてみせた。
その内容は、会場の全員が謎に思っている総意とも合致した。そして、誰もが、その謎に対する、明確な回答に飢えていた。
「最初、わたしも、信玄が死んだとされる天正元年(元亀四年)四月十二日と、諏訪湖に箱を沈めた日が近い事から、あれは信玄の大きな石棺だと思っていました。しかし、そうなると、幾つもの謎が出て来ます」
「先ほど、神童教授が云われた事ですね」
「ええ」と、杉山課長の、先ほどまでとは明らかに違う、興奮気味な相槌に、時貞は静かに応えた。
岩城部長を慕う杉山課長も例に漏れず、沢山のミステリーが目の前で、全て解き証される事を望んでいた。そんな雰囲気と期待を、時貞は自然に醸し出している。それは、席上にいる約一名を除いて、全員が感じていた事だった。
多くの人が、先ほどの岩城部長の説明には、何処か消化不良を感じていた。
「ここからは、わたしの想像で話をさせて貰います」
と、時貞は断ってから、
「発見された古文書の中で一番古いと思われる物に、信玄と信長が戦うもっと昔の事柄が書かれていました。それは『元亀元年、京で大きな鬼が暴れ回っていた。そしてその鬼を比叡山の僧侶たちが退治した』と……」
時貞が後ろに顔を向けると、手で示した。時貞の後ろの壁に、旧家の土蔵から出て来た石箱が置いてあり、その上に古文書が七冊並べられていた。
「そして、別の一冊に、元亀二年九月十二日、信長が比叡山を焼き討ちした際に、僧俗男女三千人を皆殺しにしたとあります。わたしは、これが書かれている、この『第六天魔王・織田信長』の古文書を読んで、その内容に愕然としました」と、時貞は、箱の上の古文書の一冊を丁寧に持ち上げると、上に翳した。
「この古文書には、信長が比叡山を攻めた際の詳細が書かれていました。その内容の一部をこれからお話しします。……それでは、遠い遠い昔の、おとぎ話を始めたいと思います」と、時貞が静かに話し出した。
いよいよ時貞ワールドの幕が上がる。云い難い期待感に、会場は静まり返り、皆が固唾を呑んだ。
「話は、前後に飛ぶかもしれませんが、そこはお許しください」
と、念をおしてから、
「わたしが見たテープの中の信玄の顔は、大変元気そうで、病気で衰弱して、死んだ顔にはとても思えません。頬はふっくらとして、肌の艶も良かった。当時の信玄は、戦に出陣が出来る程の健康体だったと思います。そして、あの目を見開き、口を大きく開いた信玄の顔は、どう見ても首を切断される直前までは生きていたように思います」
と、ビデオテープから焼き直した小さな写真を、胸ポケットから取り出して杉山課長に手渡した。それは、信玄の生首写真であった。スライドで映し出すには、あまりにも衝撃的な絵づらである。ここには女性社員も参加をしていた。
「気の弱い方は見ないでください」と、時貞が断ってから、杉山課長に目顔で回すようにと合図をした。杉山課長は、小走りにテーブルの角に座っていた一織に、裏返してそれを手渡すと、後ろへ順に回すようにと頼んだ。
「外側の石蓋に開いた丸い穴と、内側の石蓋の脆さ。中の箱から出て来た沢山の弓の鏃と、鎧甲を付けた数体の人骨。更に三つの首を飲み込んでいた怪物。綿密に計画して作られた二重構造の頑丈な石箱と、それを冬の凍っている湖の上に置いて沈めなければならなかった理由。そして、どう見ても信玄の首は新鮮で、癌や結核で死んだ死体から斬りとったものでは無く、首を切断されて絶命したものでは無いかと、……」
時貞は解析時に、自らが疑問に思っていた事を、最初に全て出し尽くしてみせた。
その内容は、会場の全員が謎に思っている総意とも合致した。そして、誰もが、その謎に対する、明確な回答に飢えていた。
「最初、わたしも、信玄が死んだとされる天正元年(元亀四年)四月十二日と、諏訪湖に箱を沈めた日が近い事から、あれは信玄の大きな石棺だと思っていました。しかし、そうなると、幾つもの謎が出て来ます」
「先ほど、神童教授が云われた事ですね」
「ええ」と、杉山課長の、先ほどまでとは明らかに違う、興奮気味な相槌に、時貞は静かに応えた。
岩城部長を慕う杉山課長も例に漏れず、沢山のミステリーが目の前で、全て解き証される事を望んでいた。そんな雰囲気と期待を、時貞は自然に醸し出している。それは、席上にいる約一名を除いて、全員が感じていた事だった。
多くの人が、先ほどの岩城部長の説明には、何処か消化不良を感じていた。
「ここからは、わたしの想像で話をさせて貰います」
と、時貞は断ってから、
「発見された古文書の中で一番古いと思われる物に、信玄と信長が戦うもっと昔の事柄が書かれていました。それは『元亀元年、京で大きな鬼が暴れ回っていた。そしてその鬼を比叡山の僧侶たちが退治した』と……」
時貞が後ろに顔を向けると、手で示した。時貞の後ろの壁に、旧家の土蔵から出て来た石箱が置いてあり、その上に古文書が七冊並べられていた。
「そして、別の一冊に、元亀二年九月十二日、信長が比叡山を焼き討ちした際に、僧俗男女三千人を皆殺しにしたとあります。わたしは、これが書かれている、この『第六天魔王・織田信長』の古文書を読んで、その内容に愕然としました」と、時貞は、箱の上の古文書の一冊を丁寧に持ち上げると、上に翳した。
「この古文書には、信長が比叡山を攻めた際の詳細が書かれていました。その内容の一部をこれからお話しします。……それでは、遠い遠い昔の、おとぎ話を始めたいと思います」と、時貞が静かに話し出した。
いよいよ時貞ワールドの幕が上がる。云い難い期待感に、会場は静まり返り、皆が固唾を呑んだ。
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