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第16話 信玄の石棺だったのか!?
16ー⑤
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岩城部長は、会場の様子を窺うと、ゆっくりとした口調で続けた。
「当時、信玄は、破竹の勢いで織田、徳川領へ進行していた。それが、三河進撃を前にして、信玄は突然兵を引いた。その理由は、ご存じの方もおられると思うが、信玄の死亡説として有力視されている、病気の悪化が原因だと考えます。その病名は、結核とも癌とも云われています」
(その説は知ってるぞぃ)一織が心の中で呟いた。
「信玄は、自分の病状が悪化して、全軍に撤退を命じた。そしてその帰る途中で、自分の死が間近に迫っている事を察すると、息子の勝頼を呼んで、自分の死を三年間喪に伏し、遺骸を石棺に入れて、諏訪湖に沈めるようにと伝えた。そして、信玄が息を引き取ると、勝頼は遺言通りに、信玄の亡骸を石棺に入れて、諏訪湖に沈めた。―――と、わたしはそう考えます」
岩城部長は、そこまで云うと、時貞を横目で睨んだ。しかし、時貞は腕を組んで下を向いている。表情は読み取れなかった。
「なるほど!」と、杉山課長が頷いた。杉山課長は、新人の頃に岩城部長に面倒を見て貰っていた。その杉山課長が、岩城部長の考えに付け足す形で、
「それで、大きな石箱を湖の上に置いて、信玄の亡骸を運んで来て…」
「ちょっと、質問してもいいですか」
と、途中で割り込んだのは、龍信の隣に座っている、碧であった。
杉山課長は、奥に座っている水篠会長に目をやった。水篠会長は頷いた。
「宜しいですよ。何でしょうか」と、杉山課長が、碧に顔を戻した。
「あれが、信玄の石棺だと云いましたね」
「ええ」と、顔を向けられて、岩城部長が頷いた。出来るだけ表情は、穏和に微笑んでいる。
「そうすると、信玄が帰り道の途中に死んでから、あれを用意したんですね」
と、碧が訊くと、岩城部長は無言で頷いた。
「でも、どう考えても、あれだけの大きな岩を山から採掘して、中をくり貫くには、最低でも数ヵ月は要したのではありませんか。そして、湖の真ん中に運ぶのにも、最低でも数週間は必要だったと思うのですが」
「そうよね、あんなに大きな一枚岩で箱を作ったんですものね。数ヵ月は掛かる」と、一織も、頷いた。
「信玄が死んでから、石棺を作ったのなら、その間に、どんどん信玄の死体は腐って行く。何処に保管してあったんでしょうか。わたしが見せて頂いたビデオテープには、生きているような信玄の顔が鮮明に写っていました。長い間、保管されていた首には思えませんでしたけど」
と、碧が続けて訊いた。岩城部長は、少し間を置いて、
「信玄の遺体を雪山とか、氷の中に保管していたのかもしれませんね」
「岩城部長、配布されている資料の十二頁を見てください。『天正一年四月十二日に信玄が死亡し、四月十五日に諏訪湖に石箱を沈めた』となっています。その間はたったの三日ですが」と、碧が強い口調で云った。
「確かに、時間的な問題はあります。では、もしもずっと以前から、あれを用意してあったとすれば問題は無いでしょう。現代だって、死ぬ前に自分の墓石を購入する人は珍しく無い。ましてや信玄は、以前から大きな病に侵されていた。信玄の主治医であれば、後どれ位の寿命かは、予想が出来たのでは無いでしょうか」
と、余裕のある態度を装って、優しい口調で応えた。
碧は、まだ云い足りなかったが、少し先の話を訊こうと思い、ここで引いた。
一織は、碧の横顔を見詰めていた。
「当時、信玄は、破竹の勢いで織田、徳川領へ進行していた。それが、三河進撃を前にして、信玄は突然兵を引いた。その理由は、ご存じの方もおられると思うが、信玄の死亡説として有力視されている、病気の悪化が原因だと考えます。その病名は、結核とも癌とも云われています」
(その説は知ってるぞぃ)一織が心の中で呟いた。
「信玄は、自分の病状が悪化して、全軍に撤退を命じた。そしてその帰る途中で、自分の死が間近に迫っている事を察すると、息子の勝頼を呼んで、自分の死を三年間喪に伏し、遺骸を石棺に入れて、諏訪湖に沈めるようにと伝えた。そして、信玄が息を引き取ると、勝頼は遺言通りに、信玄の亡骸を石棺に入れて、諏訪湖に沈めた。―――と、わたしはそう考えます」
岩城部長は、そこまで云うと、時貞を横目で睨んだ。しかし、時貞は腕を組んで下を向いている。表情は読み取れなかった。
「なるほど!」と、杉山課長が頷いた。杉山課長は、新人の頃に岩城部長に面倒を見て貰っていた。その杉山課長が、岩城部長の考えに付け足す形で、
「それで、大きな石箱を湖の上に置いて、信玄の亡骸を運んで来て…」
「ちょっと、質問してもいいですか」
と、途中で割り込んだのは、龍信の隣に座っている、碧であった。
杉山課長は、奥に座っている水篠会長に目をやった。水篠会長は頷いた。
「宜しいですよ。何でしょうか」と、杉山課長が、碧に顔を戻した。
「あれが、信玄の石棺だと云いましたね」
「ええ」と、顔を向けられて、岩城部長が頷いた。出来るだけ表情は、穏和に微笑んでいる。
「そうすると、信玄が帰り道の途中に死んでから、あれを用意したんですね」
と、碧が訊くと、岩城部長は無言で頷いた。
「でも、どう考えても、あれだけの大きな岩を山から採掘して、中をくり貫くには、最低でも数ヵ月は要したのではありませんか。そして、湖の真ん中に運ぶのにも、最低でも数週間は必要だったと思うのですが」
「そうよね、あんなに大きな一枚岩で箱を作ったんですものね。数ヵ月は掛かる」と、一織も、頷いた。
「信玄が死んでから、石棺を作ったのなら、その間に、どんどん信玄の死体は腐って行く。何処に保管してあったんでしょうか。わたしが見せて頂いたビデオテープには、生きているような信玄の顔が鮮明に写っていました。長い間、保管されていた首には思えませんでしたけど」
と、碧が続けて訊いた。岩城部長は、少し間を置いて、
「信玄の遺体を雪山とか、氷の中に保管していたのかもしれませんね」
「岩城部長、配布されている資料の十二頁を見てください。『天正一年四月十二日に信玄が死亡し、四月十五日に諏訪湖に石箱を沈めた』となっています。その間はたったの三日ですが」と、碧が強い口調で云った。
「確かに、時間的な問題はあります。では、もしもずっと以前から、あれを用意してあったとすれば問題は無いでしょう。現代だって、死ぬ前に自分の墓石を購入する人は珍しく無い。ましてや信玄は、以前から大きな病に侵されていた。信玄の主治医であれば、後どれ位の寿命かは、予想が出来たのでは無いでしょうか」
と、余裕のある態度を装って、優しい口調で応えた。
碧は、まだ云い足りなかったが、少し先の話を訊こうと思い、ここで引いた。
一織は、碧の横顔を見詰めていた。
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