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第15話 遅れて来た道化師
15ー③
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碧はトラックに乗り込むと、エンジンを掛けた。
その消魂しいエンジン音と揺れに、碧は目を閉じて、ドライバーズ・シートに凭れて身を委ねた。シートの上下振動が、心臓の鼓動に同化する。―――次の瞬間、碧の開いた目は、女騎士の目に変わっていた。
「え、なにを?」
龍信が怪物の攻撃を躱しながら、鉄筋を一本持ってくる筈の碧を待っていた。
碧は、右手でギヤをバックに入れると、また右手を戻して大きなハンドルを握った。
アクセルを思いきり踏み込んで、すぐに急ブレーキを掛けた。
「ガガガガッ、ザシャーン!」と、トラックの屋根に乗っていた鉄筋の、束ねていた針金が切れて、荷台に一斉に滑り落ちて納まった。
碧はギヤを前進に入れて、怪物の間近まで走って来ると、右手一本で後輪をドリフさせて、向きを変えた。数本の鉄筋が荷台から飛び散った。土埃が舞い、トラックの後部が怪物に向いた。
碧が顔を上げると、目前に夜明け前の、静かな諏訪湖が広がっていた。
沢山の鉄筋が突き出ている、トラックの荷台が、石箱の壁と水平になった。
それを見て、龍信は全てを察した。
(マジか)―――龍信は苦笑すると、頭を二、三度横に振った。
要望したものの想像を遥に超えて来る。不死身の怪物が、これほどまでに痛めつけられている訳を、少し判ったような気がした。
怪物が、右腕の二枚の爪を広げて、龍信の首を目掛けて、水平切りをした。
龍信は、頭を下げてそれを躱すと、下から持っている腕の爪で、怪物の下腹を突き刺した。
〈ギャゥオー〉
のけぞる怪物。外皮が一枚破けて、下腹からはゼリー状の液体が飛び出した。龍信の会心の一撃も、怪物の外皮を一枚破るのがやっとであった。
龍信は、持っている腕を怪物の頭目掛けて振り降ろした。怪物が、それを防ぐために右腕を上げた。
「今だ!」と、龍信が怒鳴った。
碧が、急発進でバックして来た。荷台の揺れで、踊りながら無数の鉄筋が、怪物目掛けて向かって来る。
龍信は、怪物の右腕を降ろさせないために、力を入れて押し下げる。
「えっ?」と、碧がサイドミラー越しに後ろを見ると、龍信が逃げていない。
〈ズシャーン!〉
ブレーキを踏もうとしたが遅かった。トラックは勢い余って、怪物を越えた鉄筋が、石壁にめり込んで止まった。バックギアに入ったままで、エンジンが止まった。
碧は、その衝撃で首をしたたかに痛め、反動でハンドルに額を打ちつけた。軽い脳震盪を起こして、意識が遠のく。
龍信は、間一髪で逃げたつもりだったが、バラけた鉄筋の一本が、下がろうとして上げた右足の太股を貫通していた。そして、その先が石箱の壁にめり込んでいる。
「痛っー」と、龍信は、持っていた右腕を投げ捨てると、脚に手をやった。
動脈は外れていたが、完全に右太股の中央を、鉄筋が突き通していた。右手に力を入れて鉄筋をゆすったが、一方は石の壁にめり込み、一方はトラックの荷台の前部分に押される形で撓っていて、外れない。
まだ、腿の端の方であれば、肉を引き千切って脱出することもできるのだが、これでは、鉄筋を引き抜く以外に逃れる術が無かった。
龍信は、痛む足を押さえながら顔を上げた。鉄筋が一本でもいいから、怪物の目玉かわきの下に、突き刺さっていてくれることを祈るような思いで……。
その消魂しいエンジン音と揺れに、碧は目を閉じて、ドライバーズ・シートに凭れて身を委ねた。シートの上下振動が、心臓の鼓動に同化する。―――次の瞬間、碧の開いた目は、女騎士の目に変わっていた。
「え、なにを?」
龍信が怪物の攻撃を躱しながら、鉄筋を一本持ってくる筈の碧を待っていた。
碧は、右手でギヤをバックに入れると、また右手を戻して大きなハンドルを握った。
アクセルを思いきり踏み込んで、すぐに急ブレーキを掛けた。
「ガガガガッ、ザシャーン!」と、トラックの屋根に乗っていた鉄筋の、束ねていた針金が切れて、荷台に一斉に滑り落ちて納まった。
碧はギヤを前進に入れて、怪物の間近まで走って来ると、右手一本で後輪をドリフさせて、向きを変えた。数本の鉄筋が荷台から飛び散った。土埃が舞い、トラックの後部が怪物に向いた。
碧が顔を上げると、目前に夜明け前の、静かな諏訪湖が広がっていた。
沢山の鉄筋が突き出ている、トラックの荷台が、石箱の壁と水平になった。
それを見て、龍信は全てを察した。
(マジか)―――龍信は苦笑すると、頭を二、三度横に振った。
要望したものの想像を遥に超えて来る。不死身の怪物が、これほどまでに痛めつけられている訳を、少し判ったような気がした。
怪物が、右腕の二枚の爪を広げて、龍信の首を目掛けて、水平切りをした。
龍信は、頭を下げてそれを躱すと、下から持っている腕の爪で、怪物の下腹を突き刺した。
〈ギャゥオー〉
のけぞる怪物。外皮が一枚破けて、下腹からはゼリー状の液体が飛び出した。龍信の会心の一撃も、怪物の外皮を一枚破るのがやっとであった。
龍信は、持っている腕を怪物の頭目掛けて振り降ろした。怪物が、それを防ぐために右腕を上げた。
「今だ!」と、龍信が怒鳴った。
碧が、急発進でバックして来た。荷台の揺れで、踊りながら無数の鉄筋が、怪物目掛けて向かって来る。
龍信は、怪物の右腕を降ろさせないために、力を入れて押し下げる。
「えっ?」と、碧がサイドミラー越しに後ろを見ると、龍信が逃げていない。
〈ズシャーン!〉
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碧は、その衝撃で首をしたたかに痛め、反動でハンドルに額を打ちつけた。軽い脳震盪を起こして、意識が遠のく。
龍信は、間一髪で逃げたつもりだったが、バラけた鉄筋の一本が、下がろうとして上げた右足の太股を貫通していた。そして、その先が石箱の壁にめり込んでいる。
「痛っー」と、龍信は、持っていた右腕を投げ捨てると、脚に手をやった。
動脈は外れていたが、完全に右太股の中央を、鉄筋が突き通していた。右手に力を入れて鉄筋をゆすったが、一方は石の壁にめり込み、一方はトラックの荷台の前部分に押される形で撓っていて、外れない。
まだ、腿の端の方であれば、肉を引き千切って脱出することもできるのだが、これでは、鉄筋を引き抜く以外に逃れる術が無かった。
龍信は、痛む足を押さえながら顔を上げた。鉄筋が一本でもいいから、怪物の目玉かわきの下に、突き刺さっていてくれることを祈るような思いで……。
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