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第12話 果てし戦士へレクイエムを

12ー④

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彗が採集室に来ると、源次が虫の息で怪物と対峙していた。
戦い続けている源次の体力も、さすがに限界を超えて足元がふらついていた。怪物の攻撃を避けるのが精一杯である。更にチェーンソーのソーチェーン刃部分は削られて、いつ切れてもおかしくは無かった。
源次は、何度か怪物の攻撃を受けてはいるのだが、腹に巻いているで、致命傷に至ってはいなかった。

「若は?」と、彗に気がついた源次が声を掛けた。

「大丈夫っス。今は眠ってます」

「そうか」と、源次が傷だらけの顔で微笑んだ。

源次は、精神力だけで戦っていた。龍信から怪物を引き離すために、その思いだけで、身を挺して引き止めていた。
そして、あわよくば怪物をセメントの中に落として、石蓋が出来ればと考えていた。
彗はそんな源次を見て、覚悟を決めた。龍信の魂の籠った鶴嘴を持って、怪物に立ち向かった。

源次は、チェーンソーを横から押し付けて、必死に怪物をセメントの箱の中に落とそうとしていた。
碧は、外のミキサー車の影に隠れて、固唾を呑んで見守っている。
翔太は、部屋の隅に追いやられ、おびえて放心常態で立っていた。
採集室に転がっていた三体の死体は、部屋の隅に置かれて布が掛けられている。

「ぞりゃー!」彗の鶴嘴が、上から怪物の脳天へ直撃した。
怪物は一瞬たじろぐと振り向いた。

「翔太、こいつを落とすのを手伝え!」
と、彗の声にも、翔太はすっかり怯えていて、顔も上げない。

「翔太!翔太!翔太!」と、彗の三連発の怒鳴り声に、やっと翔太が顔を向けた。

「えっ?何でお前が戦ってんの」と、翔太が少し我に返って訊いた。
翔太は、さっきまで一緒にシャワー室で震えていた彗とは、どこか違うと感じた。
なぜか、彗の目が狼になっている。

「翔太も、こいつをセメントの中に落とすのを手伝え!なんでもいいから武器になるものを探せ」
彗の声に、翔太が辺りを見渡すと、少し先に、モーターの詰まったアメリカ製の電動ポンプが転がっていた。
翔太は、それを両手で持ち上げると、怪物に、ほんの少しだけ近づいた。しかし、腰が引けている。

へりにいる怪物の右肩に、これをぶつければ、バランスを崩して箱の中に落ちるかもしれない)―――翔太は微笑んだ。そして彗を見た。彗は頷いている。

源次は、渾身の力で、怪物の右爪にチェーンソーを押し付けている。
「うぉりぁぁぁぁ!」と、翔太が頭の上から思いっきり投げつけた。

「危なーい!」彗が怒鳴った。
源次が顔を向けると、自分目掛けて、何かが飛んできた。間一髪、源次が頭を逸らして、それを躱した。翔太が及び腰で投げつけた電動ポンプは、怪物ではなく、源次の頭を掠めて箱の中に落ちた。……そして、あっさり役目を終えたアメリカ製はセメントの中へ姿を沈めた。源次が翔太を一瞥したが、言葉は無かった。

彗は、頭を横に振ると、
「やっぱいいから、おまえは石蓋を下ろす準備をしてくれ」と、部屋の奥を示した。
石箱の石蓋が、天井に鎖で持ち上げられている。

「翔太、おれが、今こいつをセメントの中に落とすから、そしたらすぐに蓋をしてくれ!」
翔太は、彗の声に返事もせずに、背中を向けて鎖を固定している柱の傍に歩いて行った。

(なんだよ、一回くらい失敗しただけで)翔太は、自分よりも勇敢になった彗を見て、少し嫉妬した。

「彗、いつでもいいぞ!」
と、自分の情けなさのさを晴らすかのように、翔太が怒鳴った。
彗は、怪物が源次の方へ攻撃をすると、鶴嘴で背中を叩き、自分の方へ振り返ると、走って逃げた。
さっきから、その攻撃を繰り返している。
源次は、できるだけセメントの入った箱に近づき、何とか怪物を落とそうとしていた。

「彗、準備OKだってばっ!」
「判ってるよ!」と、彗は、必死に怪物の相手をしている。
翔太は箱の向こうで、いくぶん気楽に鎖を握っている。

ミキサー車に隠れていた碧が、突然何を思いついたのか、中庭の方へ走り出した。
「ガシェーン!」と、その時、源次の持っていたチェーンソーのソーチェンが切れた。源次の太い右腕を掠めて、ソーチェンが足元に落ちて渦を巻いた。

「ヤバい!」彗が慌てて、鶴嘴を振り上げた。怪物が彗へ振り返る。
源次は、チェーンソーを捨てて、身体ごと怪物の背中に飛び掛かった。源次の最後の力であった。
怪物は少しバランスを崩した。右手の開いた平爪で、背中に乗っている源次を切り裂こうとした時に、すかさず彗が飛び込むと、渾身の力で鶴嘴を横殴りした。怪物の左頬に、彗の鶴嘴が炸裂した。

「おしぃーい!」と、翔太が怒鳴った。左目のやや下であった。その瞬間に、怪物の右腕が真横に弧を描いた。

「ぎゃーぁー!」と、正面にいた彗の、鶴嘴を持っていた左腕が飛んで、。悲しいかな、彗には、源次や龍信のような常人を超越した身体能力を持ち合わせてはいなかった。

源次が、怪物から身体を少し放して、再度、勢いを付けて体当たりを浴びせた。
「危ないっー!」と、翔太が、あらん限りの声で叫んだ。

その瞬間、怪物は向き直り、右腕の爪を閉じて、源次の腹を突き上げた。
腹に巻いた軽トラックのドアを貫通し、源次の腹に、
―――が、しかし、源次も血の泡を吹きながら、腕を離さない。
源次は、怪物の右腕を両腕で抱えると、自ら先にセメントの中へ落ちて行った。怪物も足掻きながら一緒に落ちて行く。源次の、最後の捨て身の攻撃であった。
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