46 / 99
第9話 貴公子の初陣
9-③
しおりを挟む
怪物は、そんな会話はお構い無しに、時貞へ向かって歩いてくる。
源次は、木製の長いテーブルを持ち上げると、力任せに怪物に投げつけた。
しかし、怪物は少しバランスを崩しただけで、益々怒りを露わにした。
「怒らさないでよ。顔が怖いんだから」
と、時貞は、室内を見渡した。部屋の広さは、二〇帖程はあった。
右奥の手術台のような金属製のテーブルの上に、もう一体の怪物が仰向けで、両腕は切断されて、腹が切り開かれていた。
そのテーブルの後ろに隠れるようにして、さっき声をあげた男がビデオカメラを回している。その後ろの壁には、配電盤が埋め込んである。この部屋はレーザーなどを使うので、電圧を増幅していた。
部屋の左奥には、女が一人倒れている。そのすぐ脇は血の海で、両腕と首の無い胴体が、自分の頭を腹の下で抱えるようにして突っ伏していた。
部屋の中程には天井に固定されたウインチがあり、重いものを持ち上げるための頑丈な金属製の輪が連なった鎖が、幾重にも垂れ下がっていた。
天井のウインチが取り付けてある天板は、鉄材で強化されており、それが壁の強化された鉄の柱へと繋がっていた。
「博士、あれは」と、左手の壁際に田辺博士を見つけると、時貞が鎖を指差した。
「ああ、それは、フグの解体の様に、吊るして立たせた状態で解体するものが出て来たときのためじゃ」と、田辺博士が応えた。
「博士、それは?」と、時貞が、田辺博士の手にあるものに気が付いて訊いた。
田辺博士は、大きな爪のようなものを、巨大なペンチで掴み上げていた。
「ああ、これは、そいつの右腕に付いている切断器具と同じもので、石箱から出てきたあれから取ったものだ」と、右奥の仰向けの怪物を目顔で合図した。
「二体、入っていたんですか」
と、時貞が、ゆっくりと自分へ向かってくる怪物を気にしながら云った。
「いいや、入っていたのは、あの死んでいる一体だけで、そいつがどこから来たのか、あと何体いるのかも判らない」と、田辺博士は、怪物の背後に近寄っていった。
鍛冶屋が焼けた刀を挟んでつかむような大きな器具で、剥がした怪物の爪を掴んでいる。
怪物は、どうやら一番大きな源次に狙いを絞ったようであった。
源次の後ろにいる時貞も含めて、他の者は大した戦力では無いと思った。
「博士、それで何を?」
と、テーブルの上についていた金属性の平板を、軽々と振り回している源次の後ろに隠れながら、時貞が声をかけた。怪物が間近まで迫っていた。
田辺博士は顔を向けると、
「こいつらの皮膚は異常なほど硬く、どんなものも歯が立たない。しかし、この爪もそれに劣らないくらいに、鋭利で鋭く、どんなものでも切断できる」
「それで、どっちが強いか試すわけですね。強固な外皮か、鋭利な平爪か」と、時貞は頷いた。
「ほれっ、ほれ」
と、時貞はかけ声を入れながら、源次の後ろで鉄筋を槍のように突き出している。
「ほれっ、ほれ」
「…教授」
「ほれっ、ほれ」
「……教授っ!」
「えっ?」と、源次の声に、時貞が顔を上げた。
「届いてませんよ」
「んっ?」
「棒が全然、届いてませんよ!」と、源次が背中を向けたままで云った。
「ありゃ~、こりゃ、すまん、すまん」と、時貞が頭を掻いた。
さっきから、時貞は鉄筋を使って、源次の後ろで槍のように突いてはいるのだが、掛け声だけで、一度も怪物の体に届いてはいなかった。源次に取っては、邪魔でしかなかった。怪物が思っているように、まったく戦力にはなっていなかった。
源次は、木製の長いテーブルを持ち上げると、力任せに怪物に投げつけた。
しかし、怪物は少しバランスを崩しただけで、益々怒りを露わにした。
「怒らさないでよ。顔が怖いんだから」
と、時貞は、室内を見渡した。部屋の広さは、二〇帖程はあった。
右奥の手術台のような金属製のテーブルの上に、もう一体の怪物が仰向けで、両腕は切断されて、腹が切り開かれていた。
そのテーブルの後ろに隠れるようにして、さっき声をあげた男がビデオカメラを回している。その後ろの壁には、配電盤が埋め込んである。この部屋はレーザーなどを使うので、電圧を増幅していた。
部屋の左奥には、女が一人倒れている。そのすぐ脇は血の海で、両腕と首の無い胴体が、自分の頭を腹の下で抱えるようにして突っ伏していた。
部屋の中程には天井に固定されたウインチがあり、重いものを持ち上げるための頑丈な金属製の輪が連なった鎖が、幾重にも垂れ下がっていた。
天井のウインチが取り付けてある天板は、鉄材で強化されており、それが壁の強化された鉄の柱へと繋がっていた。
「博士、あれは」と、左手の壁際に田辺博士を見つけると、時貞が鎖を指差した。
「ああ、それは、フグの解体の様に、吊るして立たせた状態で解体するものが出て来たときのためじゃ」と、田辺博士が応えた。
「博士、それは?」と、時貞が、田辺博士の手にあるものに気が付いて訊いた。
田辺博士は、大きな爪のようなものを、巨大なペンチで掴み上げていた。
「ああ、これは、そいつの右腕に付いている切断器具と同じもので、石箱から出てきたあれから取ったものだ」と、右奥の仰向けの怪物を目顔で合図した。
「二体、入っていたんですか」
と、時貞が、ゆっくりと自分へ向かってくる怪物を気にしながら云った。
「いいや、入っていたのは、あの死んでいる一体だけで、そいつがどこから来たのか、あと何体いるのかも判らない」と、田辺博士は、怪物の背後に近寄っていった。
鍛冶屋が焼けた刀を挟んでつかむような大きな器具で、剥がした怪物の爪を掴んでいる。
怪物は、どうやら一番大きな源次に狙いを絞ったようであった。
源次の後ろにいる時貞も含めて、他の者は大した戦力では無いと思った。
「博士、それで何を?」
と、テーブルの上についていた金属性の平板を、軽々と振り回している源次の後ろに隠れながら、時貞が声をかけた。怪物が間近まで迫っていた。
田辺博士は顔を向けると、
「こいつらの皮膚は異常なほど硬く、どんなものも歯が立たない。しかし、この爪もそれに劣らないくらいに、鋭利で鋭く、どんなものでも切断できる」
「それで、どっちが強いか試すわけですね。強固な外皮か、鋭利な平爪か」と、時貞は頷いた。
「ほれっ、ほれ」
と、時貞はかけ声を入れながら、源次の後ろで鉄筋を槍のように突き出している。
「ほれっ、ほれ」
「…教授」
「ほれっ、ほれ」
「……教授っ!」
「えっ?」と、源次の声に、時貞が顔を上げた。
「届いてませんよ」
「んっ?」
「棒が全然、届いてませんよ!」と、源次が背中を向けたままで云った。
「ありゃ~、こりゃ、すまん、すまん」と、時貞が頭を掻いた。
さっきから、時貞は鉄筋を使って、源次の後ろで槍のように突いてはいるのだが、掛け声だけで、一度も怪物の体に届いてはいなかった。源次に取っては、邪魔でしかなかった。怪物が思っているように、まったく戦力にはなっていなかった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発
斑鳩陽菜
ミステリー
K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。
遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。
そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。
遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。
臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。
この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。
二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。
彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。
信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。
歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。
幻想、幻影、エンケージ。
魂魄、領域、人類の進化。
802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。
さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。
私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。
【毎日20時更新】怪盗ジェスターと人食い鬼
ユーレカ書房
ミステリー
帝都を騒がす神出鬼没の義賊・怪盗ジェスター。
彼が持つもうひとつの顔こそ、私立探偵の橋本雅文である。
あるとき、帝都で発生した宝石商襲撃事件の犯人としてジェスターの名が挙がっているという話を聞いた雅文は、襲撃された宝石商・宮園家の生き残りである美月の護衛として、彼女が世話になっている小野寺家に潜り込む。〈偽ジェスター〉が彼女にさらなる危害を加えることを危惧する雅文だったが、小野寺家に隠されていたのは彼の懸念を上回るおぞましい秘密だった……。
【登場人物】
橋本雅文/怪盗ジェスター・・・探偵と怪盗の顔を使い分け、理不尽な境遇に陥れられた人々を救い出すことを信条としている青年。義賊として広く知られており、司法の光が届かない難解な事情を抱えた人々からの依頼を請け負うことが多い。自分の名を騙って宮園家の当主夫妻を殺害した〈偽ジェスター〉を追うため、宮園美月の護衛となる。
宮園美月・・・・・宝石商・宮園家の令嬢。ある晩突如両親を〈ジェスター〉に殺害されてしまい、家を継ぐには若すぎたため、ひとまず遠縁の小野寺家に引き取られる。読書家で、自分でも探偵小説を書いている。以前から義賊のジェスターに憧れを抱いていたのだが……。
小野寺誠三・・・・小野寺家の当主。画商、画家。両親を失った美月を保護し、養父として養育する。不眠に悩まされているらしい。
小野寺加代・・・・誠三の妻。引き取られてきた美月に対して小野寺家で唯一厳しくあたり、家事を言いつけたり外出を管理したりする厳格な人。
松田晴海・・・・・小野寺家に雇われたばかりの使用人。美月に襲撃事件のことを根掘り葉掘り聞いてしまったため、彼女から敬遠されている。
マチコアイシテル
白河甚平@壺
ミステリー
行きつけのスナックへふらりと寄る大学生の豊(ゆたか)。
常連客の小児科の中田と子犬を抱きかかえた良太くんと話しをしていると
ママが帰ってきたのと同時に、滑り込むように男がドアから入りカウンターへと腰をかけに行った。
見るとその男はサラリーマン風で、胸のワイシャツから真っ赤な血をにじみ出していた。
スナックのママはその血まみれの男を恐れず近寄り、男に慰めの言葉をかける。
豊はママの身が心配になり二人に近づこうとするが、突然、胸が灼けるような痛みを感じ彼は床の上でのた打ち回る。
どうやら豊は血まみれの男と一心同体になってしまったらしい。
さっきまでカウンターにいた男はいつのまにやら消えてしまっていた・・・
さんざめく左手 ― よろず屋・月翔 散冴 ―
流々(るる)
ミステリー
【この男の冷たい左手が胸騒ぎを呼び寄せる。アウトローなヒーロー、登場】
どんな依頼でもお受けします。それがあなたにとっての正義なら
企業が表向きには処理できない事案を引き受けるという「よろず屋」月翔 散冴(つきかけ さんざ)。ある依頼をきっかけに大きな渦へと巻き込まれていく。彼にとっての正義とは。
サスペンスあり、ハードボイルドあり、ミステリーありの痛快エンターテイメント!
※さんざめく:さざめく=胸騒ぎがする(精選版 日本国語大辞典より)、の音変化。
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
わけありのイケメン捜査官は英国名家の御曹司、潜入先のロンドンで絶縁していた家族が事件に
川喜多アンヌ
ミステリー
あのイケメンが捜査官? 話せば長~いわけありで。
もしあなたの同僚が、潜入捜査官だったら? こんな人がいるんです。
ホークは十四歳で家出した。名門の家も学校も捨てた。以来ずっと偽名で生きている。だから他人に化ける演技は超一流。証券会社に潜入するのは問題ない……のはずだったんだけど――。
なりきり過ぎる捜査官の、どっちが本業かわからない潜入捜査。怒涛のような業務と客に振り回されて、任務を遂行できるのか? そんな中、家族を巻き込む事件に遭遇し……。
リアルなオフィスのあるあるに笑ってください。
主人公は4話目から登場します。表紙は自作です。
主な登場人物
ホーク……米国歳入庁(IRS)特別捜査官である主人公の暗号名。今回潜入中の名前はアラン・キャンベル。恋人の前ではデイヴィッド・コリンズ。
トニー・リナルディ……米国歳入庁の主任特別捜査官。ホークの上司。
メイリード・コリンズ……ワシントンでホークが同棲する恋人。
カルロ・バルディーニ……米国歳入庁捜査局ロンドン支部のリーダー。ホークのロンドンでの上司。
アダム・グリーンバーグ……LB証券でのホークの同僚。欧州株式営業部。
イーサン、ライアン、ルパート、ジョルジオ……同。
パメラ……同。営業アシスタント。
レイチェル・ハリー……同。審査部次長。
エディ・ミケルソン……同。株式部COO。
ハル・タキガワ……同。人事部スタッフ。東京支店のリストラでロンドンに転勤中。
ジェイミー・トールマン……LB証券でのホークの上司。株式営業本部長。
トマシュ・レコフ……ロマネスク海運の社長。ホークの客。
アンドレ・ブルラク……ロマネスク海運の財務担当者。
マリー・ラクロワ……トマシュ・レコフの愛人。ホークの客。
マーク・スチュアート……資産運用会社『セブンオークス』の社長。ホークの叔父。
グレン・スチュアート……マークの息子。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる