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□ □ ひとつ目の心の死

 フォーシスが子ども心に、孤独を感じ始めた原因のひとつは、継母に由来している。新王妃との華燭の典を国を挙げて盛大に催した直後に、懐妊が知らされる。やがて、末っ子だったフォーシスに弟が出来た。

「お母さま、わたしも赤ちゃんに触れてもよろしいでしょうか?」

「まだ、小さいから触らないのよ」

 7歳の女の子が産まれ来た弟とのスキンシップを丁寧に懇願しても、懇願しても拒否をされる。

「汚れた手で触ることは出来ないのよ」。まるで汚いバイ菌を見るように拒絶される。

「フォーシスは部屋に帰っていなさい」。父からも邪険な指示が降り注いだ。

「はい、お父様」

 言いつけには逆らわず聞き分けの良い、素直な良い子だった。そうして毎回、可愛い弟に触れ合いたい願いは叶わず、そこから引き下がる。

「はい、おりこうでちゅねぇ~」

 扉越しに楽しげな赤ちゃん言葉で話す会話が漏れ聞こえてきた。

〈寂寞〉

 自分の部屋へと戻る廊下に敷き詰められているモノは、今になって思えばその二文字だった。フォーシスはベッドに伏せてから枕に顔を埋めて泣いた。

「フォーシス、寝ているのかい?」

 感受性の強い妹を気遣って、声を掛けてくれる優しい兄がいた。この3歳年上の長兄・ヨンガルがいなかったら、幼いフォーシスのココロは粉々に砕けてしまっただろう。

「悲しいことがあっても、僕がついているから
きっと大丈夫、大丈夫さ、今は泣きなさい」

 そんな大人ぶった言葉でもフォーシスの干からびる寸前の心は癒されるのであった。

その優しい兄が5年後に亡くなる。

◾️◾️◾️

 ヨンガル・スワッリ・シヨーヌはヨンダル王の長男として生まれた、母親はもちろん放逐される前の王妃・二ノーラである。結ばれたばかりの王と王妃は、心から愛し合っていた、その嫡子としての男の子の誕生に国内外から祝福を受けた。

「この子のために、全てを捧ぐ」

 若きヨンダル王は妻の前で宣言した。その宣言通りに、王子として文武両道をバランス良く吸い込むように身につけた。国民から大いに愛され、家臣団からも一目置かれ大切に扱われた。「あのボククラ息子が」などと言う悪態を聞くこともなく、慈愛に溢れた性格と屈託のない笑顔は無敵の強さを彼に与えている。シヨーヌ家は安泰だと、周囲の国々でさえ羨むほどであった。

 正に、王道を歩く順風満帆なヨンガルが15歳の誕生日の翌々日に、誰もが予想だにしなかった、不幸の黒い羽が彼に舞い降りたのである。

□ □ふたつ目の心の死

「お兄さまが亡くなった?どういうことなの⁈」

 フォーシスは我を忘れて、取り乱し悲報をもたらした世話係・サルエルが悪いかのような勢いで、問い詰めるキツい言い方をしてしまう。

「わたくしは、なにも…」

 詳しい事情など知る由もなく、伝言しただけで強く責め立てられて、サルエルは涙目になった。それを見かねて、侍従のラチョスが割って入り口を開く。

「フォーシス姫。それについての詳細は、わたくしから説明を致しまする」。まだ、信じ難い話に悲しさは湧き上がらず、状況を整理したいフォーシスのためにラチョスがコトの顛末を語り始めた。

「フォレスの森へと弓の鍛錬を兼ねた鹿狩りに3日前に出掛けました。そこでヨンガル王子は森の最深部まで大鹿を追って、踏み込まれした」

ラチョスが身振りを交えて臨場感溢れる説明をしていく、それをフォーシスを始め、周りの部屋付きの者たちが固唾を飲んで聞き入る。

「獲物を仕留めるために抜け駆けされた王子様が落馬をされてしまい、悪い事に毒の塗られた矢先が脇腹に突き刺さり帰らぬ人となってしまいました」。ラチョスの話が進むにつれて、周りの侍女らが堪えきれずに、むせぶように啜り泣き出してしまう。

「王子は落馬され脇に傷を受けても果敢に大鹿を追われた為に手当てが遅れ、我々が追いついた頃には虫の息…
すぐに、すぐに手当てをしておればこのような結果ならずにと、悔やんでも悔やみ足りませぬ」

 そう説明しながら、普段は冷静沈着で定評あるラチョスが珍しく強く拳を握りしめて、悔しさと不甲斐なさを呪うかの如く感情を露わにした。

「何という不運…。して亡骸は、兄の亡骸は何処に?」兄の居場所を聞いて走り出さんとフォーシスが身構えると、それを制してラチョスは続けた。

「王の命により既に荼毘だびに付しました」

 その言葉を聞いたフォーシスは、脱兎の如くヨンダル王の元へと駆け出した。しなやかなケモノが城の廊下を走り抜けていく、怒りの表情をあらわにして。

「お父さま、なぜ、なぜなんです!」

 王の間の重厚な扉を蹴破るような勢いで開け、部屋に飛び込むと同時に、フォーシスは玉座の父に問い掛けた。

「フォーシス姫、下品なマナーですわ」。玉座の脇に立つ継母の王妃・ミツーヌが冷たい表情のまま、怒鳴り込んできた姫の無礼をたしめ、うすら笑いを浮かべた。

「お兄さまは、、、お兄さまは何処に」

大股でツカツカと父へと詰め寄る。

「実に不幸な最後であった…だがなフォーシスよ、安心しなさい。世継ぎは、このヨーンデがおるからの」。聞いてもいない世継ぎの話を、8歳になった腹違いの男の子の頭を、さも愛しそうに撫でてながら王が言葉を続ける。

「ヨンガルは、狩りが好きだったが好きなことの最中に亡くなったのが、せめてもの慰めじゃな」

「ほんとうに、そのとおりです」。王の肩を艶かしく摩りながら、王妃・ミツーヌが大業な仕草で憐れな王をいたわった。
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