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00話 翌檜(あすなろ)

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 タマの第一試合を書こうと思って、古武術の技の名前を考えていたら【翌檜(あすなろ)】というのを思いつきました。あれこれポチポチと思いつくままに書いているとストーリーに関係のない話が3000字ほどかけていましたので投稿します。
 翔吾が凛と付き合う前のお話になります。

~~~~~~~~~~~~~~~~

 まだまだ肌寒い3月の早朝、俺は今日も薄暗い河川敷のサイクリングロードを走っていた。毎日、八キロほど走り、平日は自宅に帰って筋トレとストレッチ、休日は走った後、道場に行き剣術の稽古やサンドバッグを叩く。
 今日は自宅でいつものメニューをこなし、シャワーで汗を流した俺は制服に着替えてリビングにいく。カウンターキッチンの向こうでは、ブレザーの制服にエプロンをつけた女子が楽しそうに弁当を作っている。

「おはよう、タマ」
 並べられた弁当箱には、おにぎりやハンバーグ、玉子焼きなんかが彩り良く詰め込まれている。今日も昼飯が楽しみだ。

「おはよう、翔くん! 寒かったでしょ? コーヒーいれるから。朝御飯はすぐ出来るからちょっと待ってて」
 こっちまでつられて笑顔になってしまうようないつもの笑顔。

「まだ時間は余裕があるから慌てなくっていい」

 幼馴染みの吉田球恵よしだたまえは、仕事が忙しくなかなか家事の時間が取れない俺のお袋からアルバイトとして俺と妹の食事を作ってと雇われている。当初は夕食だけという話がタマの弁当と親父さんの弁当も作っていて2つ作るのも3つ作るのも一緒だからと俺の弁当も作ってもらっていたが、それを聞いたお袋が吉田家分の材料費と追加報酬を出すことにより現在の状況に落ち着いている。

 そんな訳で、俺は何時ものようにリビングのソファーに座ってテレビの占いを眺めながら、朝食が出来るのを待っていた。

* * * * * *

 今日のお弁当はいつもより美味しく出来たと思う。やっぱり愛って最高のスパイス!?
 翔くんの好きなミニハンバーグ、少し甘く味付けした玉子焼き、ポテトサラダ。アスパラやホーレンソウのベーコン巻き。昨日、作っておいたサーモン・ムニエルのホワイトソース。

 翔くんは必ず美味しかったと言って空っぽのお弁当箱を返しに来る。それだけで単純な私は嬉しくってふんわりと幸せな気分になれる。
 幸羽ゆきはさん(翔くんのお母さん)は夫婦でカフェの経営をしてて週に2日位しか帰って来ない。
 冷凍食品やスーパーのお総菜ばかり食べているのを心配した幸羽さんに、料理の出来る私にアルバイトとして夕食を作って欲しいとお願いされた。冷凍食品もお惣菜もなかなか美味しいんだけど。
 アルバイト料と翔くんの家の食材とアルバイト当日の私の家の食材まで支払ってくれるという、かなりの好条件と言うこともあるが、翔くんにご飯を作る。まるで彼女になったみたい! しかも、親公認だよ?
「村上くんとタマって付き合ってるの?」なんて友達にうれしい誤解をされたりして。
 もちろん、私はその話に飛びついた。

 翔くんと妹の美羽ちゃんは私のご飯を文句も言わずにいっぱい食べてくれる。お母さんの料理より美味しいなんて分かりやすいお世辞でも私は嬉しかった。
 毎日、自宅で新しい料理を練習してレパートリーを増やしているのが原因でお父さんと私は体重が増え続けているんだけど。

 サイフォンがこぽこぽと音を立てる。翔くんは両親がカフェを経営してあるだけあってコーヒーにはこだわりがあるみたい。雪羽さんに教えてもらったとおりにコーヒーを淹れて翔くんのテーブルの席におく。今日は寝てしまったのかテーブルにやって来る気配がない。
 ちょっと悪戯したくなる。昨日、道場で習った技を試してみたいな。
「隙あり! えいっ!」
 後ろから翔くんの首を両腕で抱え込んで肩の辺りの服をつかむ。
「うわ!」
 翔くんは私の腕を振りはなそうと手首を極めようとするけどすぐに諦めてぽんぽんと私の腕をタップする。
「参った、降参だ」
「ふっふっふっ、昨日教えてもらった技なんだ。咲耶さくや流体術奥義【翌檜あすなろ】、男の子を落とす必殺技なんだよ!」
 同じ道場に通う咲耶さくちゃんは毎日、この技で先輩の男の子を失神させている。だけど、この技の凄いところは、かけてもかけられても『イイ!』んだって!
 翔くんの高めの体温、シャワー後の石鹸の匂い、ゴツゴツした広い背中……胸がドキドキして頭がぼぉ~っとする。

 ソファーから立ち上がり私の後ろに立った翔くんはいきなり体を寄せてくる。
左腕を私の首に回す。ちょうど肘の辺りが私の顎の下にきて、ギュッと抱きしめられる。
(え? うそ、ちょっと待って! 心の準備が……)

「咲耶にしては詰めが甘いな、右手はこうやって相手の頭を押すようにして……だがこれはただの裸締めだな?」
 吐息が耳にかかる位の距離。ゾクゾクする。翔くんの低い声で何かささやかれているけど何を言ってるのか分からないくらいパニックになってる。
(もう、気が遠くなりそぉ……技を掛けられてもイイってホントだ……)
 少しでも長くこの至福の一時を過ごしたいと、気力を振り絞って頑張ったんだけど、あっという間に意識を失った。

* * * * * *

「おいっ! タマ、しっかりしろ!」
 マズイ、少し力を入れすぎたか? 気を失ってぐったりと倒れ込むタマ。支える腕に伝わってくるタマの体温が熱い。裸締めをタマに説明していたが数秒でタマは意識を失った。風邪でも引いているのか顔は真っ赤で高熱があるようだ。
「馬鹿だな、こんなに熱があるのに無理して……」
 慌ててタマを抱き上げる…… くそっベンチプレスで100キロを上げることが出来る俺の両腕が悲鳴をあげている。気を失った人間は重いと言うがこれほどとは……
女子を抱きかかえて重いなんて言えるはずがない。
(気合いだ、広背筋! 根性見せろ俺の上腕二頭筋!)
 ぐったりと気を失っているタマをなるべくそっとソファーに寝かせようとするが俺の大腿四頭筋が音をあげる。バランスを崩して同体になってソファーに倒れ込む。

「おにぃ……朝っぱらからなにやっとるん?」
 リビングのドアのところで冷たい目で俺を見るマイ・シスター、美羽みう
「タマがいきなり倒れたんでとりあえずソファーに運んだんだが……」
「おにぃ、そろそろタマ姉のおっぱいから顔を上げたほうがいいんじゃない?」
「ん? 本当だ。後でタマに謝らないとな」
 ソファーに倒れ込むときサイドテーブルにタマが頭をぶつけないように腕でかばったが、確かにタマの巨大な胸に顔を押し当てるような体制だ。あんまり柔らかいから腹かと思ったのだが。
「これがラッキースケベってやつなん? あらら、タマ姉が幸せそうな顔しとるけど……」
「多分、風邪だな。熱があるみたいだ」

「うっう~ん……」
 鳩尾を手のひらで何度が圧迫してカツをいれるとタマが意識を取り戻す。
「大丈夫か? 風邪をひいてるみたいだから今日は病院に行っておとなしく寝てろ」
「ええ? 大丈夫、風邪なんてひいてないよ。死んじゃうかも?って思ったけど。翔くん、また絞め技をいろいろ教えてね!」
「あ、ああ? 死ぬほど体調が悪いのか?」
「ううん、体調は絶好調だよ! 朝から幸せすぎて死にそうなくらい! 朝ご飯、早く食べよう!」

 俺はパンパンに張りを訴える二の腕をほぐしながら、ご機嫌で朝食を並べるタマの丸い後姿を眺めていた。
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