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19話 オーバーワーク

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 今日も凛からのモーニングコールで目が覚める。
集合場所に着くと今日は凛の方が先に待っていた。
 パープルのランニングウェアーの凛。黒いランニングスカートから伸びる長い足に一瞬視線を奪われてしまう。俺としては誠に遺憾だが、『女の子はそういう視線には敏感なんだよ?』というタマのセリフを思い出して凛の顔に視線を固定してとりあえず謝っておく。
「おはよう、悪い遅くなった」
 ちなみに集合時間の5分前だ。
「私も今来たところ。それより……昨日は練習の邪魔してごめんね」
 凛は少し緊張した様子でこくりと頭を下げる。
「今日は朝からどうしたんだ? 昨日のことなら気にするな。それに、俺も謝る。ごめん、突き飛ばす気はなかった」
「そう…ありがとう。今日も昨日と同じメニューで。じゃあ、行きましょう」
 凛はホッとした様子で笑顔を見せ走り始める。だが、かなりきつそうだ。軽いジョグでも今日は呼吸を乱していたので気になっていたが、インターバルトレーニングに入ると設定タイムも守れない。
 稽古に手を抜いていないのは伝わってくるので何も言わないが明らかに今日の凛はおかしい。最後のジョグで凛に声を掛けた。
「苦しそうだな? 体調が悪いのか?」
「どこをどうみれば体調が悪く見えるのかしら? 私は絶好調よ」
 額の汗をぬぐいながら凛が軽口を叩くが顔色が悪い。
「おい、今日は一日おとなしく寝てろ。疲労が溜まってる。こういう負荷の高いトレーニングは毎日やるもんじゃない。週2回くらいにしておけ」
 毎日、積み重ねるように練習するのは基本の稽古と走り込みだ。強くなりたいからと言って毎日全力で組手をしていればいつか壊れてしまう。壊れないのは一部の選ばれた人間だけ……咲耶のような。
「そういえば、昨日は翔吾のことを考えてたらドキドキしてなかなか寝付けなかったの」
 走りながら胸に手を当てて上目遣いのあざとい表情。……器用だな。
「なるほど、それが原因かって嘘付け! 凛はオーバーワークだ。ろくに飯も食わずに毎日こんな練習してんだろ? 『寝るのも稽古』だ」
「そんな格言、聞いたことがないんだけれど?」
「相撲の稽古は飯を食べずに朝稽古して朝飯を食べて昼寝するんだ。そうすると体がでかくなるらしい」
「サイテー、体重が増えるじゃない」
「寝ている間に効率的に筋肉が作られるんだよ。太るってわけじゃない」
「じゃあ、帰ってお昼まで休むわ。翔吾は今日もタマと練習?」
 へぇ? 意外と素直だ。それだけ疲れているってことか?
「ああ、そうだ。凛はしっかり休め。言っとくが、午後から普通に練習するなよ? ストレッチと軽くシャドー位にしとけ」
「そんなに心配なら今から添い寝してくれてもいいんだけれど?」
「残念だけど、遠慮しとくよ」
「ぜんぜん残念そうじゃないのが気にいらないわね。まあいいわ、ご飯は食べていくでしょ?」
「いいのか? じゃあご馳走になるよ」
 
 朝食は和食。朝からご飯は久しぶりだ。
「……凛、料理上手だったんだな? どれも旨い」
 味噌汁や卵焼きなんかの定番メニュー、どれも旨い。家庭の味なのか意識的にそうしたのか、少し甘めの味付けがトレーニング後の身体にいい感じだ。
「いいお嫁さんになれるでしょう?」
 女の子って料理を褒めると喜ぶのか、凛は嬉しそうにご飯を頬張っている。食事の量も今日は少ないという印象はない。
「そのセリフは男の方が言うもんだって思ってたな。料理は毎日してるのか?」
 空になった茶碗をみて、席を立った凛が『まだ食べるでしょ』といいながらご飯をよそってくれる。

「毎日じゃないけれど、お母さんが夜勤の時は私が晩御飯つくってた。だけど、美味しいって食べてくれる人がいないと料理ってする気が起きないの。ホント、自分しか食べない時なんて空腹さえどうにかなればいいって感じだわ……」
 そうか……こいつも大変だな。親父さんが入院したって言ってたし……
 テーブルの上の小皿になにか違和感を感じる。
「おいっ! なんだこれは?」
 昨日に引き続き食卓に出現した赤い悪魔トマト
 しかも小型でステルス性の高いミニトマトだ。
「梅干し……ね」
「嘘つけ! こんな梅干しがあるか! 小皿に梅干しみたいに沢庵と一緒に置いておけば俺が食べると思ったのかよ! まったくこの程度の擬態で赤い悪魔の払魔師エクソシストの俺が引っかかる訳がないだろ……」
「ミニトマトの浅漬けよ。ジャンル的には沢庵と同じなんだけれど。食わず嫌いはよくないわ。食べてみて」
 ……確かに食わず嫌いはよくない。俺は生のトマトは無理だが加熱したトマトは大丈夫。しかし、浅漬けは食べたことがない。覚悟を決めて口に放り込むが……

「凛、すまない無理だ……」
 口の中に苦い唾液がこみあげてくる。
「ぶふっ! やっやめて! そっそんな顔しないで……あはははははは!!」
 ……凛が味噌汁を噴き出して笑い転げている。
 このままじゃ毎日、凛が悪戯で朝からトマトのフルコースが食卓に並ぶ未来しか見えない……

「うっうるさい! トマトはダメだって言ってるだろ! いい加減にしろよ、昨日今日で1年分位トマト食べさせられてんだ」
 タマならこんなイジメしないのに……。
 そんな俺を満足そうに見ながら食事を終える凛。今日もしっかり食事を取った凛に少しホッとする。
 その後、食事のお礼をいって帰ろうとする俺に凛から声がかかる。

「今日の午後、買い物に付き合ってほしいの」
「昨日、キャンセルになった奴だな。分かった。凛は午前中はしっかり休めよ?」
「わかった、じゃあまた後で」
 玄関先で手を振る凛のはにかんだ笑顔を見てすこし今日の午後が楽しみになった。


 





 

 
 
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