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16話 凛とタマ
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「翔吾くん、吉田さん何かあったのか? さっき道場で泣きそうな顔してたんじゃけど……」
「タマが……」
さっき道場で見かけたときは普段通りだった……
「僕の気のせいじゃったらええんじゃけど」
紺色の道着に着替え颯馬先輩が更衣室から出ていく。俺も慌てて着替えて道場に走っていく。
「おにぃ! 遅い!」
足を前に伸ばしタマに背中を押されて二つ折りになった美羽から抗議の声が上がる。
「すまん! 柔軟が終わったら先にミット打ちから始めててくれ!」
俺はタマをチラチラ見ながら身体を温めていく。
美羽と二人でストレッチを続けていくタマ。
タマの様子は拍子抜けするほどいつも通り。
ミット打ち、シャドウ、マス組手(当てない組手)とサーキットトレーニングのように休みなく稽古が続く。
「この辺で、水分を取って汗を拭こうか」
1時間ほど稽古を続け10分程休憩をはさむ。
タマは黙々と稽古をこなしている。別段、俺には変わった風には見えない……
「タマ、今日は気合入ってるな」
先輩の言葉が気になって声を掛ける。
少し目が赤いような気がする。
「うん、あと大会まで1か月しかないし、翔くんと練習できる時間も限られてるから……」
頬に汗で張り付いた髪をかきあげながら笑うタマ。
「そうだな、それじゃ稽古はうんと厳しくしていくからな!」
普通に接してくれて、内心ホッとする。
「お願いします… ふふ、翔くん嬉しそうだね」
後半からは、大会用の組手を中心とした稽古を始める。
2分1ラウンドを5ラウンドを2セット。
道場の隅で竹刀を振っていた先輩にも手伝ってもらう。
最初の5ラウンドは、先輩とタマ、俺と美羽の組み合わせだ。
まず、美羽と俺が道場の中央で礼を交わす。美羽は大会の対策というよりも、大会のルールになれる事だ。
美羽は河野流体術の構え。俺は空手っぽいオーソドックスに構え摺り足で練るようにリズムを取る。
「美羽、顔面(へのパンチ)は反則だ! 胸から下!」
美羽の鋭いジャブを掌で弾きながら叫ぶ。
「ええ? ダメなん?」
「ルール見たのかよ!? 肘も駄目だ! 関節技も寝技もないんだからな!」
美羽の打ち下ろしの肘打ちを両腕でブロックしながら忠告する。
「おにぃ、身体が勝手に腕を極めようとするんやけど!」
ブロックした腕を極めに来た美羽を足払いでバランスを崩す。
「ダメだって言ってるだろ! 道着を掴むのも駄目だ!」
倒れそうになった美羽が道着を掴んでグランドに持ち込もうとするところにダメ出しする。
「殴る、蹴るだけだ! 貫手は反則! 手刀も使っちゃダメだって!」
美羽の場合は相手をKOしても反則負けって線も濃厚だ。
「じゃあうちはどうすればええんよ!」
「だから! 明日までにルールを暗記して来い! まさかとは思うが、武器も駄目!」
これじゃ、いつもの稽古と変わらない。
「先輩、タマの組手どうでした?」
「あの子、ぶちパンチあるのぉ、マジヤバかった」
結構いいのをボディーにもらったのか腹のあたりを擦りながら先輩が褒める。
「妹は何するか分かりませんから注意してください」
「わかっとる。美羽ちゃんはミニ咲耶じゃけぇ」
ポンと肩を叩かれる。
タマとヘッドギアとグローブを付けて道場の真ん中で対峙する。タイマーの音が鳴るとラウンドがスタート。お互いに拳をチョンと合わせる。俺は美羽のラウンドと同じように空手の組手をする。
「違うだろっ! 相手のミドルキックは無視しろって言ってんだろ! ガードするなら前に出ろって!」
俺の右のミドルキックを足を止めて両手でブロックするタマ。
「だからっ! 相手の突き放しに来るストレート(パンチ)は肘のここを押し上げるようにアッパー打って潜り込めって……」
「そうっ! 相手の懐に入ったらコンパクトに! 早く! 力むな! 今のだ、忘れんなよ!」
「そうっ! タマはパンチがあるんだ、大振りせずに! 相手を逃がすな! 違うって……」
「タマ、感じは掴めてきただろ? あとはスタミナだ。これくらいでヒーヒー言うな!」
タマの顔は真っ赤で顎からは汗が滴る。それでも俺のアドバイスに短く「はいっ!」とだけ答えて休むことなく組手は続く。俺とタマで考えた大会の対策を一つ一つ確認していく。
組手が終わるアラームが鳴ると同時にタマはへたり込んだ。
「おい、大丈夫か?」
肩で大きく息をしているタマの肩を叩く。声を出すのも苦しいのかタマは小さく頷いただけだった。
「タマ立て、まだ挨拶が終わってない」
立ち上がろうとするタマの腕を支える。
タマからシャンプーと女の子特有の甘い匂い。
(……タマの匂いはホッとするんだな)
挨拶を終える。気づかなかったが道場に違う香りが漂っていた。恥ずかしそうに頬を染めてトマトを頬張る女の子の顔が浮かぶ。
道場の入り口の柱に肩を預けて腕組みをしているトレーニングウェア姿の凛。ロードワークの時と同じようにて黒いキャップを目深にかぶっているがミディアムロングの髪はほどいている。
「凛…… どうしたんだ? なんでここが分かった?」
「松山河野流兵法って表に看板が出てたから見学に来たの」
「待ち合わせは1時だっただろ? 入門しに来たのか? 道場破り?」
凛ならやりかねないが、師範は鬼のように強いぞ?
「まさか、翔吾の道着姿を久しぶりに見たくって。それとタマって女の子……」
いつ俺の道着姿を見たんだ。ストーカーかよ? にっこり笑う笑顔が怖い。
「おにぃ、ひょっとしてその人がサムライさん? ……めっちゃ美人さんやねえ」
美羽が俺の隣まで走ってきて興味津々という表情で凛を眺める。
「サムライさん?」
「あ…ああ、いつも凛がつけてるだろ? 香水。あれ、サムライってやつなんだろ?」
「よく知ってるわね。それで『サムライさん』ね。理解したわ」
柱に預けていた身体を起こして美羽の方を向く凛。
「あなたが美羽さんね。私は東雲凛。お兄さんとお付き合いしているの。よろしく」
「村上美羽です」
タマの事もあるし美羽は困ったように俺にチラッと視線を送り頭を下げる。
まあ、どういう態度をとっていいか分からないだろうな。しかし、やっぱり東雲だったのかとぼんやり考えていると、凛は美羽から視線を外して道場の中を覗き込んだ。
不安そうにこっちを見ているタマと杖術の型稽古を始めた先輩。
白い道着のタマの方へ歩いていく凛の肩を慌てて掴む。
「凛、道場に入るときは帽子を取れ! 入るときは神棚と道場に一礼して入るんだ!」
「失礼したわ。兵法って意外と面倒なのね」
入り口まで引き返して帽子をとり礼をして道場に入ってくる。
「意外と素直なんだな。くだらないとか言ってずかずか入ってくると思ったんだが」
そうだったら心置きなくつまみ出せるんだが。
「私も大会前には神社にお参りに行くし、クリスマスにケーキを食べて初詣にも行くもの」
普通の日本人だな。凛はタマから視線を外さず一直線にタマの方へ歩いていく。俺も慌てて後を追う。
「あなたがタマさんね」
形のいい顎を親指と人差し指でつまみ、無遠慮にタマを眺める凛。
「凛…さん?」
すこし怯えたような表情で身体を小さくするタマ
「そう、東雲凛。 翔吾と付き合ってるの。」
凛は俺に腕を絡めると肩にこてんと頭を預けた。
「タマが……」
さっき道場で見かけたときは普段通りだった……
「僕の気のせいじゃったらええんじゃけど」
紺色の道着に着替え颯馬先輩が更衣室から出ていく。俺も慌てて着替えて道場に走っていく。
「おにぃ! 遅い!」
足を前に伸ばしタマに背中を押されて二つ折りになった美羽から抗議の声が上がる。
「すまん! 柔軟が終わったら先にミット打ちから始めててくれ!」
俺はタマをチラチラ見ながら身体を温めていく。
美羽と二人でストレッチを続けていくタマ。
タマの様子は拍子抜けするほどいつも通り。
ミット打ち、シャドウ、マス組手(当てない組手)とサーキットトレーニングのように休みなく稽古が続く。
「この辺で、水分を取って汗を拭こうか」
1時間ほど稽古を続け10分程休憩をはさむ。
タマは黙々と稽古をこなしている。別段、俺には変わった風には見えない……
「タマ、今日は気合入ってるな」
先輩の言葉が気になって声を掛ける。
少し目が赤いような気がする。
「うん、あと大会まで1か月しかないし、翔くんと練習できる時間も限られてるから……」
頬に汗で張り付いた髪をかきあげながら笑うタマ。
「そうだな、それじゃ稽古はうんと厳しくしていくからな!」
普通に接してくれて、内心ホッとする。
「お願いします… ふふ、翔くん嬉しそうだね」
後半からは、大会用の組手を中心とした稽古を始める。
2分1ラウンドを5ラウンドを2セット。
道場の隅で竹刀を振っていた先輩にも手伝ってもらう。
最初の5ラウンドは、先輩とタマ、俺と美羽の組み合わせだ。
まず、美羽と俺が道場の中央で礼を交わす。美羽は大会の対策というよりも、大会のルールになれる事だ。
美羽は河野流体術の構え。俺は空手っぽいオーソドックスに構え摺り足で練るようにリズムを取る。
「美羽、顔面(へのパンチ)は反則だ! 胸から下!」
美羽の鋭いジャブを掌で弾きながら叫ぶ。
「ええ? ダメなん?」
「ルール見たのかよ!? 肘も駄目だ! 関節技も寝技もないんだからな!」
美羽の打ち下ろしの肘打ちを両腕でブロックしながら忠告する。
「おにぃ、身体が勝手に腕を極めようとするんやけど!」
ブロックした腕を極めに来た美羽を足払いでバランスを崩す。
「ダメだって言ってるだろ! 道着を掴むのも駄目だ!」
倒れそうになった美羽が道着を掴んでグランドに持ち込もうとするところにダメ出しする。
「殴る、蹴るだけだ! 貫手は反則! 手刀も使っちゃダメだって!」
美羽の場合は相手をKOしても反則負けって線も濃厚だ。
「じゃあうちはどうすればええんよ!」
「だから! 明日までにルールを暗記して来い! まさかとは思うが、武器も駄目!」
これじゃ、いつもの稽古と変わらない。
「先輩、タマの組手どうでした?」
「あの子、ぶちパンチあるのぉ、マジヤバかった」
結構いいのをボディーにもらったのか腹のあたりを擦りながら先輩が褒める。
「妹は何するか分かりませんから注意してください」
「わかっとる。美羽ちゃんはミニ咲耶じゃけぇ」
ポンと肩を叩かれる。
タマとヘッドギアとグローブを付けて道場の真ん中で対峙する。タイマーの音が鳴るとラウンドがスタート。お互いに拳をチョンと合わせる。俺は美羽のラウンドと同じように空手の組手をする。
「違うだろっ! 相手のミドルキックは無視しろって言ってんだろ! ガードするなら前に出ろって!」
俺の右のミドルキックを足を止めて両手でブロックするタマ。
「だからっ! 相手の突き放しに来るストレート(パンチ)は肘のここを押し上げるようにアッパー打って潜り込めって……」
「そうっ! 相手の懐に入ったらコンパクトに! 早く! 力むな! 今のだ、忘れんなよ!」
「そうっ! タマはパンチがあるんだ、大振りせずに! 相手を逃がすな! 違うって……」
「タマ、感じは掴めてきただろ? あとはスタミナだ。これくらいでヒーヒー言うな!」
タマの顔は真っ赤で顎からは汗が滴る。それでも俺のアドバイスに短く「はいっ!」とだけ答えて休むことなく組手は続く。俺とタマで考えた大会の対策を一つ一つ確認していく。
組手が終わるアラームが鳴ると同時にタマはへたり込んだ。
「おい、大丈夫か?」
肩で大きく息をしているタマの肩を叩く。声を出すのも苦しいのかタマは小さく頷いただけだった。
「タマ立て、まだ挨拶が終わってない」
立ち上がろうとするタマの腕を支える。
タマからシャンプーと女の子特有の甘い匂い。
(……タマの匂いはホッとするんだな)
挨拶を終える。気づかなかったが道場に違う香りが漂っていた。恥ずかしそうに頬を染めてトマトを頬張る女の子の顔が浮かぶ。
道場の入り口の柱に肩を預けて腕組みをしているトレーニングウェア姿の凛。ロードワークの時と同じようにて黒いキャップを目深にかぶっているがミディアムロングの髪はほどいている。
「凛…… どうしたんだ? なんでここが分かった?」
「松山河野流兵法って表に看板が出てたから見学に来たの」
「待ち合わせは1時だっただろ? 入門しに来たのか? 道場破り?」
凛ならやりかねないが、師範は鬼のように強いぞ?
「まさか、翔吾の道着姿を久しぶりに見たくって。それとタマって女の子……」
いつ俺の道着姿を見たんだ。ストーカーかよ? にっこり笑う笑顔が怖い。
「おにぃ、ひょっとしてその人がサムライさん? ……めっちゃ美人さんやねえ」
美羽が俺の隣まで走ってきて興味津々という表情で凛を眺める。
「サムライさん?」
「あ…ああ、いつも凛がつけてるだろ? 香水。あれ、サムライってやつなんだろ?」
「よく知ってるわね。それで『サムライさん』ね。理解したわ」
柱に預けていた身体を起こして美羽の方を向く凛。
「あなたが美羽さんね。私は東雲凛。お兄さんとお付き合いしているの。よろしく」
「村上美羽です」
タマの事もあるし美羽は困ったように俺にチラッと視線を送り頭を下げる。
まあ、どういう態度をとっていいか分からないだろうな。しかし、やっぱり東雲だったのかとぼんやり考えていると、凛は美羽から視線を外して道場の中を覗き込んだ。
不安そうにこっちを見ているタマと杖術の型稽古を始めた先輩。
白い道着のタマの方へ歩いていく凛の肩を慌てて掴む。
「凛、道場に入るときは帽子を取れ! 入るときは神棚と道場に一礼して入るんだ!」
「失礼したわ。兵法って意外と面倒なのね」
入り口まで引き返して帽子をとり礼をして道場に入ってくる。
「意外と素直なんだな。くだらないとか言ってずかずか入ってくると思ったんだが」
そうだったら心置きなくつまみ出せるんだが。
「私も大会前には神社にお参りに行くし、クリスマスにケーキを食べて初詣にも行くもの」
普通の日本人だな。凛はタマから視線を外さず一直線にタマの方へ歩いていく。俺も慌てて後を追う。
「あなたがタマさんね」
形のいい顎を親指と人差し指でつまみ、無遠慮にタマを眺める凛。
「凛…さん?」
すこし怯えたような表情で身体を小さくするタマ
「そう、東雲凛。 翔吾と付き合ってるの。」
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