2 / 92
契約結婚・2
しおりを挟む「けっこんけいやく?」
「あぁ。……いや、正確を期すれば婚約契約か」
「……えぇっと、すみません。この鈍い頭では公爵閣下の深遠なるお考えは理解するに及ばないのですが、結婚契約とは、どういうことでしょう?」
「謙遜することはない。シャーロット嬢は頭脳明晰だ。今すぐにでも王宮で仕事ができるだろう」
「あ、はぁ、ありがとうございます?」
貴族令嬢に対して「外でも働けるよ」というのは褒め言葉ではないのだけど……まぁアルバート様に悪気はないのだ。たぶん。
「説明不足だったかな。実を言うと、私の婚約者については以前から父が考えていてね。どうやら複数の候補を選んでいたようなんだ」
「はぁ」
高位貴族としてはずいぶんゆっくりとした婚約者選びだけど、レイガルド公爵家は国王に次ぐ権力を持っているからね。選定作業も慎重にしていたのでしょう。
しかし婚約者候補を複数とは贅沢な……。
まさかその候補の中に私が!? と、夢を見られるほど私は乙女ではない。貴族の結婚とはあくまで政略。今をときめく公爵家と、吹けば飛ぶような木っ端伯爵家では婚姻関係を結ぶ意味が絶無なのだから。
いや伯爵家としては逆転大勝利だから、もしかしたら義妹は申し込んでいたかもしれないけれど。
「しかし父が亡くなったことでどれが正解か分からなくなってね……。現在、「実は私が婚約者候補だったんです!」と主張する女性が山のように押し寄せてきていてね……」
「……ご愁傷様です」
「ありがとう。……問題はここからだ。今はただでさえ公爵としての仕事を覚えなければならない忙しい時期。正直、婚約者を選んだり交際をしたり結婚生活を送っている余裕はないんだ」
「はぁ、そういうことですか」
公爵家の当主ともなれば管理する土地も広大だろうし、雇っている人間も多い。さらには父親の後を継いで国政にも参加しなきゃいけないでしょうから「女に構っている暇はねぇ!」という主張も十分理解できる。
あと、アルバート様は口にしないけれど、婚約者の選定にも時間が掛かるだろうし。なにせ御尊父様の死によって婚約者候補が誰か分からなくなってしまったのだから、公爵家に相応しい家柄の女性を一から調査しなきゃならないだろうし。
いや御尊父様も一人で婚約者候補を調査していたわけじゃなく、家令さんたちを使って調べていたのだろうから、婚約者候補がまるで分からないということはないはずなのだけど……まぁ、穿った見方をすれば、「オヤジの考えなんて知るか! 婚約者は俺が決めるぜ!」という感じなのかもしれない。
で。そんなアルバート様が私に結婚契約を申し込んできたということは……。
「つまり、私を体のいい『盾』にしてしまおうと?」
「……いや、そこまでは言っていないが……」
言い淀むアルバート様だけど、要はそういうことだ。婚約を申し込んでくる女共がウザいから「俺はもう婚約者がいるんだ! 文句があるならこの女に言ってくれ!」というふうに丸投げできる存在が欲しいと。
で、仕事の引き継ぎが終わったら私のことはポイ捨てして、熟考に熟考を重ねて選ばれた真・婚約者と結婚して幸せに暮らすと。
「……なんだかものすごい誤解が進行しているような……?」
アルバート様は不安げだけど、大丈夫です。私は完璧に理解していますから。
「まさか、誤解などありませんよ。アルバート様が公爵としての仕事を習得するまでの間、婚約者のふりをすればいいのですよね? そして契約が終了したらスパッと縁を切り、修道院にでも引っ込めと」
「やはりすごい誤解が進行していたな……」
目が疲れたのか、眼鏡を外して目頭を押さえるアルバート様だった。きっと書類仕事ばかりでお疲れなのでしょう。
「ご安心を。契約期間中は書類仕事もお手伝いしますわ」
「あぁ、それは助かる……ではなくて。契約が終わったあとも修道院に行く必要はない」
「……それはつまり「修道院に行く必要などない。証拠隠滅で死んでもらうからな。伯爵令嬢が一人失踪したところで簡単にもみ消せるぜゲヘヘヘヘ」ということですか?」
「だから、シャーロット嬢は私を何だと思っているのだ……。君には『夢』があるのだろう?」
「……えぇ。まぁ、はい」
夢。
前世の頃からの夢。
――お花屋さんになりたい。
我ながら何とも乙女な夢だけど、乙女の頃に抱いた夢なのだからしょうがない。
前世での学生時代に花屋でアルバイトをしながら資格を取って、開業資金を貯めるためにやりたくもない会社員をやって。やっと夢への第一歩を踏み出せるというタイミングで死んでしまって……。
そういえば。昔そんな話をしたかもしれない。それをこの優秀なる頭脳を持つアルバート閣下は覚えていてくださったと。なるほどこういうところがモテるコツか。
「契約期間中は規定の給金を支払おう。そして、契約終了後は王都に店舗を準備するので、そこで花屋を始めるといい」
「え? 店舗の準備までしてくださるのですか? 私としてはお給金だけで十分ですけど……」
お花の仕入れについては心配する必要はないし、店舗についても王都以外の都市なら格安で借りられるはずだもの。
私がそう謙遜すると、アルバート様は再び眼鏡を外し、目頭を押さえたのだった。やはり御尊父様の急な死によってだいぶお疲れのよう。
「……遠慮する必要はない。契約期間は二年を予定しているが、うら若い女性の二年をこちらの都合で浪費させてしまうのだ。さらには『婚約破棄』という形になるのだから、悪評もついてしまうだろう」
「いえお気になさらず。どうせ卒業後は修道院に行くか、途中で逃げ出して冒険者として生きていく予定だったんですし。二年遅くなろうが悪評がつこうが、開業資金が貯まるだけで十分――」
「とにかく、諸々の補填として、給金と契約終了後の店舗の準備。それは約束しよう」
ズパッと私の話を中断させるアルバート様だった。……あぁ、なるほど。あまりケチケチしていては「今代の公爵はケチくさいな!」と噂になってしまうのか。普通の貴族は名誉を大事にすると聞くし、ここは素直に受け入れておいた方がいいのでしょう。
「では、契約は二年間で、その間は婚約者候補として振る舞えばいいのですね?」
「あぁ、そうなるな」
「なら交渉成立で。これからよろしくお願いしますね」
「……いや、契約内容の確認はまだだが? 給金がいくらになるかすら話していないし、細かい契約内容のすり合わせもしてない。底辺労働者以下の給金かもしれないし、こちらが圧倒的に有利な契約を結ぶ可能性があるというのに……」
「? アルバート様は人を騙すようなことはしないでしょう?」
なにせ生徒会活動でこの人の真面目さと優しさは理解しているからね。その辺はまったく心配していないのだ。
「…………、……そういうところだよ」
本日三度目の目頭押さえだった。やはりだいぶお疲れのご様子。これは気合い入れて書類仕事を手伝わないとね!
1,324
お気に入りに追加
1,963
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
病弱を演じていた性悪な姉は、仮病が原因で大変なことになってしまうようです
柚木ゆず
ファンタジー
優秀で性格の良い妹と比較されるのが嫌で、比較をされなくなる上に心配をしてもらえるようになるから。大嫌いな妹を、召し使いのように扱き使えるから。一日中ゴロゴロできて、なんでも好きな物を買ってもらえるから。
ファデアリア男爵家の長女ジュリアはそんな理由で仮病を使い、可哀想な令嬢を演じて理想的な毎日を過ごしていました。
ですが、そんな幸せな日常は――。これまで彼女が吐いてきた嘘によって、一変してしまうことになるのでした。
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる