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契約結婚・2

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「けっこんけいやく?」

「あぁ。……いや、正確を期すれば婚約契約か」

「……えぇっと、すみません。この鈍い頭では公爵閣下の深遠なるお考えは理解するに及ばないのですが、結婚契約とは、どういうことでしょう?」

「謙遜することはない。シャーロット嬢は頭脳明晰だ。今すぐにでも王宮で仕事ができるだろう」

「あ、はぁ、ありがとうございます?」

 貴族令嬢に対して「外でも働けるよ」というのは褒め言葉ではないのだけど……まぁアルバート様に悪気はないのだ。たぶん。

「説明不足だったかな。実を言うと、私の婚約者については以前から父が考えていてね。どうやら複数の候補を選んでいたようなんだ」

「はぁ」

 高位貴族としてはずいぶんゆっくりとした婚約者選びだけど、レイガルド公爵家は国王に次ぐ権力を持っているからね。選定作業も慎重にしていたのでしょう。

 しかし婚約者候補を複数とは贅沢な……。

 まさかその候補の中に私が!? と、夢を見られるほど私は乙女ではない。貴族の結婚とはあくまで政略。今をときめく公爵家と、吹けば飛ぶような木っ端伯爵家では婚姻関係を結ぶ意味が絶無なのだから。
 いや伯爵家うちとしては逆転大勝利だから、もしかしたら義妹は申し込んでいたかもしれないけれど。

「しかし父が亡くなったことでどれが正解・・か分からなくなってね……。現在、「実は私が婚約者候補だったんです!」と主張する女性が山のように押し寄せてきていてね……」

「……ご愁傷様です」

「ありがとう。……問題はここからだ。今はただでさえ公爵としての仕事を覚えなければならない忙しい時期。正直、婚約者を選んだり交際をしたり結婚生活を送っている余裕はないんだ」

「はぁ、そういうことですか」

 公爵家の当主ともなれば管理する土地も広大だろうし、雇っている人間も多い。さらには父親の後を継いで国政にも参加しなきゃいけないでしょうから「女に構っている暇はねぇ!」という主張も十分理解できる。

 あと、アルバート様は口にしないけれど、婚約者の選定にも時間が掛かるだろうし。なにせ御尊父様の死によって婚約者候補が誰か分からなくなってしまったのだから、公爵家に相応しい家柄の女性を一から調査しなきゃならないだろうし。

 いや御尊父様も一人で婚約者候補を調査していたわけじゃなく、家令さんたちを使って調べていたのだろうから、婚約者候補がまるで分からないということはないはずなのだけど……まぁ、穿った見方をすれば、「オヤジの考えなんて知るか! 婚約者は俺が決めるぜ!」という感じなのかもしれない。

 で。そんなアルバート様が私に結婚契約を申し込んできたということは……。

「つまり、私をていのいい『盾』にしてしまおうと?」

「……いや、そこまでは言っていないが……」

 言い淀むアルバート様だけど、要はそういうことだ。婚約を申し込んでくる女共がウザいから「俺はもう婚約者がいるんだ! 文句があるならこの女に言ってくれ!」というふうに丸投げできる存在が欲しいと。

 で、仕事の引き継ぎが終わったら私のことはポイ捨てして、熟考に熟考を重ねて選ばれた真・婚約者と結婚して幸せに暮らすと。

「……なんだかものすごい誤解が進行しているような……?」

 アルバート様は不安げだけど、大丈夫です。私は完璧に理解していますから。

「まさか、誤解などありませんよ。アルバート様が公爵としての仕事を習得するまでの間、婚約者のふりをすればいいのですよね? そして契約が終了したらスパッと縁を切り、修道院にでも引っ込めと」

「やはりすごい誤解が進行していたな……」

 目が疲れたのか、眼鏡を外して目頭を押さえるアルバート様だった。きっと書類仕事ばかりでお疲れなのでしょう。

「ご安心を。契約期間中は書類仕事もお手伝いしますわ」

「あぁ、それは助かる……ではなくて。契約が終わったあとも修道院に行く必要はない」

「……それはつまり「修道院に行く必要などない。証拠隠滅で死んでもらうからな。伯爵令嬢が一人失踪したところで簡単にもみ消せるぜゲヘヘヘヘ」ということですか?」

「だから、シャーロット嬢は私を何だと思っているのだ……。君には『夢』があるのだろう?」

「……えぇ。まぁ、はい」

 夢。
 前世の頃からの夢。

 ――お花屋さんになりたい。

 我ながら何とも乙女な夢だけど、乙女の頃に抱いた夢なのだからしょうがない。
 前世での学生時代に花屋でアルバイトをしながら資格を取って、開業資金を貯めるためにやりたくもない会社員をやって。やっと夢への第一歩を踏み出せるというタイミングで死んでしまって……。

 そういえば。昔そんな話をしたかもしれない。それをこの優秀なる頭脳を持つアルバート閣下は覚えていてくださったと。なるほどこういうところがモテるコツか。

「契約期間中は規定の給金を支払おう。そして、契約終了後は王都に店舗を準備するので、そこで花屋を始めるといい」

「え? 店舗の準備までしてくださるのですか? 私としてはお給金だけで十分ですけど……」

 お花の仕入れについては心配する必要はない・・・・・・・・・し、店舗についても王都以外の都市なら格安で借りられるはずだもの。

 私がそう謙遜すると、アルバート様は再び眼鏡を外し、目頭を押さえたのだった。やはり御尊父様の急な死によってだいぶお疲れのよう。

「……遠慮する必要はない。契約期間は二年を予定しているが、うら若い女性の二年をこちらの都合で浪費させてしまうのだ。さらには『婚約破棄』という形になるのだから、悪評もついてしまうだろう」

「いえお気になさらず。どうせ卒業後は修道院に行くか、途中で逃げ出して冒険者として生きていく予定だったんですし。二年遅くなろうが悪評がつこうが、開業資金が貯まるだけで十分――」

「とにかく、諸々の補填として、給金と契約終了後の店舗の準備。それは約束しよう」

 ズパッと私の話を中断させるアルバート様だった。……あぁ、なるほど。あまりケチケチしていては「今代の公爵はケチくさいな!」と噂になってしまうのか。普通の貴族は名誉を大事にすると聞くし、ここは素直に受け入れておいた方がいいのでしょう。

「では、契約は二年間で、その間は婚約者候補として振る舞えばいいのですね?」

「あぁ、そうなるな」

「なら交渉成立で。これからよろしくお願いしますね」

「……いや、契約内容の確認はまだだが? 給金がいくらになるかすら話していないし、細かい契約内容のすり合わせもしてない。底辺労働者以下の給金かもしれないし、こちらが圧倒的に有利な契約を結ぶ可能性があるというのに……」

「? アルバート様は人を騙すようなことはしないでしょう?」

 なにせ生徒会活動でこの人の真面目さと優しさは理解しているからね。その辺はまったく心配していないのだ。

「…………、……そういうところだよ」

 本日三度目の目頭押さえだった。やはりだいぶお疲れのご様子。これは気合い入れて書類仕事を手伝わないとね!




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